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海と三日月  作者: 桧山いちか
止まない雨
23/28

止まない雨③

「僕はこの町に来ようと思って来たわけではないのです」

 傘を伝って幾多の雫が地に引き付けられていく。その一つ一つを見分ける術を、僕は知らない。

「このロボットも、偶然に立ち寄った店でいただいたものですから、僕はその店については何も」

「ご存知なくて?」

「はい」


 足元を掻き分けるように進む水の流れを見つめながら、僕は流れに逆走しているような気がした。何処へ向かっているのだろう、ふとそんな考えが脳裏に浮かんだが、行かなければならない場所など最初からないのだ。何処に行こうと同じことだ。

「ところで貴女は何かご存知なのですか。その......店について」

 横顔すら見るのも躊躇われ、僕は前を向いたまま言葉をかける。知らない町に、知らない人間。異様な空間だとうっすら思った。

「知っているというほどではないのです。私が存じ上げておりますのは、店といいますよりむしろ......貴方が抱えているそれですの」

 今まで後生大事に抱えていたロボットが急に異質なもののように思えた僕は、思うより先に腕の力を緩ませてしまった。その間にも水滴はなだらかに滑り込み、湿りを帯びたシャツが自然と金属の塊に吸い付けられる。



 痛いと叫んだロボットを見た少女は、鋏を投げ捨て泣いてその身体を抱きしめるのよ。

 頭の奥で在りし日の妻の声がした。

 ずっと一緒にいたいという少女の願いをロボットは跳ね除けるの。既に植物はロボットの身体を覆い尽くして、残りは目がやっと見える状態。その日少女は泣く泣く家に帰るのだけれど、翌日ロボットの元を訪れたらね。

 そう言って妻は薄い唇を緩やかに上げ、静かな微笑を湛えたのだった。

 ロボットの目の色はすっかり色褪せていて、そう......もぬけの殻ってあんなことを言うんだわ、きっと。それを見た瞬間、少女はロボットが死んだことを悟るの。ロボットがいなくなってしまったことを知るの。ロボットがもう戻ってこなくなることをーー。



 がしゃん、と音を立てて抱えていたロボットが落下した。容赦なく振り付ける雨に、ロボットの目からは大粒の涙が溢れ出す。

「......すみません、少し考え事を」

「大丈夫ですの?」

「このロボットは、貴女のものなのですか」

 段々に小降りになる雨の音に吐息が混じる。女性はゆっくりと首を振った。

「故人の、遺物ですわ」

 互いにロボットを拾うわけでもなくその場に立ち尽くした。ロボットの上で雨粒は大きく膨らみ、限界を迎えると地上を流れる水面に同化していった。

 我に返って水溜りからロボットを引き上げる。生温かい感触に、自らの体温を忘れそうになった。小さく突き出た鳶色の瞳に触れれば突起の存在こそあるものの、雨空を見上げる瞳に光はない。

「すみません、落としてしまって。さぞ大事なものなのでしょう、すっかり濡らしてしまって、本当に何と言えばいいのか......」

「いいえ、構わないのです。誰かの手に渡るものとして店に預けてきたものですから」

 その瞬間、何かが鈍く漏れ落ちる音がした。水ですっかり緩くなってしまったのかロボットの片足がぱっくりと割れ、その裂け目から暗褐色の液体が流れ出ていた。金属の錆びた匂いが鼻を突く。魂が流れ出るとすればこんな感じなのだろうか、そんなことを心の奥底で思った。

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