止まない雨②
言葉も色彩も失った僕の目には、この町はひどく単調に見える。妻の趣味に合わせて僕自身も小説を書いてみたり絵を描いてみたりしたけれど、妻がいない今となってはそれらは何の意味も持たない。彼女がいない今、僕は置かれている環境の一部に組み込まれてしまった。僕は世界を見る側ではなく、世界と一体になってしまったのだ。
中学校を通り過ぎ、いよいよ学生たちの姿を見かけなくなった頃、先程まで頭上を覆っていた雲はすっかり行方をくらませていた。僕は近くにあった公園のベンチに腰掛け、自らの影を見つめる。僕の手に抱えられたロボットは微動だにしない。
背後では男女の会話が聞こえた。公園に入る際に、その二人の存在は目の端に入っていた。少年の方は手に本を持っていたような気がする。
「主人公が初めて月を認識するのは、三日月のときなんだ。あまりの美しさに、主人公はこれは一生忘れないなんて言うんだけどさ。物語の最後に満月に近い月を見ると、三日月がどんなものだったかは忘れているんだ」
「月は、満月にはならないんだね」
まるで読み上げられるプロローグのように、二人の会話が耳へと入ってくる。今この場所には僕と、会話している二人の男女しかいない。だけれど僕はすっかり空気に埋もれてしまっているものだから、ほぼ二人だけの世界と言ってもいい。
「ああ。最後まで欠けたままだ。でも、海のさざめきが途切れることはない。だから、あとは......」
そのあと暫く会話を楽しんだ二人は、この公園を後にした。再び空を見上げてみればちらほら雲が戻りつつあり、一方向へゆったりと流れる様は海のさざめきを思わせた。最後まで欠けた月とは一体何の比喩だったのだろう。
晴れ渡る空から目に見えるほどの水滴が漏れてきた。これは一雨降られると覚悟した僕だが、とりあえず公園から遠のくことにした。勿論傘など持ち合わせているわけもなく、無計画にも程があるなと僕は一人ごちる。
雲は翳りを増すばかりで、どうやら僕は無意識のうちに雨雲の方へと足を伸ばしているらしかった。
「そちらへ行くと、雨は止みませんよ」
すぐ目の前で声がした。まさか自分に向けられたものではないと思っていたため、声の方を向いて自らの瞳をしかと捉えられたとき、僕は思わずその女性を直視してしまった。流れる黒髪に水滴の翳りはない。女性にしては大きな和柄の傘。
「止まない雨というのがあるのです。どうぞお入りくださいな」
それでは失礼して、と厚意にあずかることにした。とはいえ、傘がなくては歩けないほどの大雨でもない。あくまで女性を傘の内に入れるようにして僕は側面に立った。誰かの隣に立つというのは、久しぶりのことだ。
「あの店をご存知で?」
連れられるままに従う僕の方を見るわけでもなく、女性は僕に問いかけた。ぎぃ、と腕の中のロボットが軋む。何の根拠もなく、僕は女性のいう「あの店」とはこのロボットを貰った店のことなのだなと心の内で感じた。




