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海と三日月  作者: 桧山いちか
止まない雨
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止まない雨

侵食される身体。静止した視界。流される命。

 道すがら偶々通りかかった店で、錆びたロボットをもらった。三頭身ほどの無機質な表情のもので、手足を動かすにはぎこちない音を発する。この様子では一人で立たせることもままならないだろう。そういえば店の名前を聞かなかったと、来た道を振り返る。しかしそれも僅かの間だ。すぐに僕は思い直して前を向く。二度目に立ち寄ることは多分にないだろう。今旅行で立ち寄っているこの場所は、亡き妻の故郷の地である。僕はふと思い立って足を運んだだけなのだ。

 吐き出す息が曇り空へと吸い込まれていく。妻もこの空を見て生きていたのだろうかと、そんなことをつい思った。ロボットの赤い両目の焦点は定まらない。何だってこんなものを受け取ってしまったのだろう。僕は小さく苦笑する。ロボットといえば、昔妻が話をしてくれたことがある。


「最後にはね、植物に埋もれて死んでしまうのよ」

「ロボットでも死ぬのかい」

「ロボットだから死ぬのよ」


 ところで今は何時だろうかと、僕は時計を弄るも、ああそういえばと姿勢を戻す。長年愛用していた時計がいざ家を出るというときに止まってしまったのだ。仕方がないので置いていくことにしたのだった。

 失ってすぐというのは本当に実感がなくて困る。場所にも時間にも縛られない今は、何が無くて何が必要なのかもまるで定かではない。


「どういう経緯だったか忘れてしまったけれど、あるときロボットの頭から植物の芽が出てしまうのよ。最初は可愛い程度で収まるのだけど、それが次第に蔦のように絡まって」

「侵食していくのか」


 妻の死因は癌だった。気付いたときにはかなり進行していた状態で、本人は貴方がそこまで落ち込んでどうするのと穏やかでいたが、僕は中々気持ちを切り替えられなかった。最後まで僕は成す術もなく、ただただ隣にいることしかできなかった。


「植物に覆われていくロボットはね、とうとう植物が地に根を張り出してしまうから動けなくなってしまうの」

「そんな植物、切ってしまえばいいじゃないか」

「ええ。あるときそんなロボットを見かねた少女が鋏を片手に植物を断ち切ろうと試みたわ」

「それで?」

「ロボットは悲鳴をあげて痛い痛いと叫んだの」


 ざらっとした金属特有の感覚に、現実に引き戻される。幻覚のように血の流れる跡を見た。男の僕が両手でもってやっとの大きさ、しまいどころに窮してしまう。かなり身軽な格好で来てしまったものだから、このように手で持つしかないのだった。

 坂をゆるりと下っていけば、すれ違う中学生の姿がちらほら目立つ。そろそろ下校時間であるらしい。

「......帰る場所を決めるのを忘れていたな」

 これといって行く宛てのないままに歩みを進める。ロボットの影が僕の影に重なって、まるで二人で歩いているかのような影姿を作り出していた。

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