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海と三日月  作者: 桧山いちか
海と三日月
18/28

海と三日月②

 今日に限って用事があるからとよそよそしい修介を学校に残し、私は件の彼ーー萩原蓮(はぎわられん)と二人で会うことになった。陽のもとにいても吹き抜ける風に体温を奪われる。

 まもなくして彼が到着する。人形のことがあったからだろうか、どこか懐かしく感じる。


「いきなり呼び出してすまない。ええと......その、とある本を探しているんだが、それで......って、何で笑うんだ」

「ごめん、ごめん。いつからそんな話し方になったんだろうなって」

「それを言うならそっちだって敬語じゃないじゃないか」

 わずかに口角を上げ、それもそうだと微笑する姿を前にして、全くペースが掴めない。

「それで? 本? どうして俺に本探しの依頼が?」

「修介が、お前に相談してみるよう勧めてきたんだ」

「『お前』じゃなくて『蓮くん』」

「え?」

「俺の名前」

「それはわかっている! ......何でくん付けなんだ」

「呼び始めたのは三咲の方なんだけどな?」

 修介といいこの男といい、どうして何かを知っているかのような顔で話をするのだろう。私だけが当事者でないような気分で、あまり気持ちのいいものではない。

 少しばかりの威圧を込めて相手を見やるも、何の効果もなかった。むしろ立ち話もなんだからと近くの書店へと誘導される始末である。


「見た所手がかりもなさそうだね」

「どうしてわかるんだ」

「三咲は忘れっぽいから。すぐに見つかるか中々見つからないかの二択だろ?」

「......」

 果たしてこの男に記憶の引き出しを覗かせていいものだろうか。断片的に覚えてはいるものの、夢のように不確かなイメージばかりだ。笑われるのが目に見えている。

「ここらにはないぞ。絵本だからな」

「絵本か......。挿絵じゃなくて? ああでも......三咲は文章を読むのはあまり好きじゃないって言っていたからそうかもしれなーー」

「言っていない!」

 相手が言い終える前に声を張り上げてしまっていた。確かに私は文章を読むのはあまり好きではないが、この男にそのことを言った覚えはない。

「前に一度会っているからとはいえ、変に馴れ馴れしくしないでくれ。帰る」

 穏やかな微笑しか見せなかった相手の顔が、一瞬にして強張る。少し言い過ぎたと内心思ったが、言ってしまった以上は後に引けない。

「......ごめん。俺が悪かった。あのさ、本だけど、もしかして......。ああいや、何でもない......本当にごめん」

「......」

 すっかり距離ができてしまったと私は思った。謝られてみれば何てことはない、非難するほどのことではなかったのではないか......そう思い始めていた。些細なことだ。本当に。私はいつも些細なことを気にかけて、大きくて大切なものを見逃しがちで。

「此方こそ、すまない。びっくりしたんだ。あんまり私のことを知っているかのような物言いだったものだから......」

「そうだね。そっちの気持ちを考えずに、ごめん」


✳︎  ✳︎  ✳︎

 あの日は結局、そのまま帰ることになってしまった。言い出したのは自分であるとはいえ、どうにも気まずい。翌日の放課後、私は修介少年を訪ねた。

「え......蓮さんと喧嘩ってどういうことですか......」

 少年の本を捲る手が止まる。いつもより呆れ顔が真に迫っているばかりか、迷惑そうな顔つきでもある。

「喧嘩というか、その......向こうは悪くないんだが......」

「それはわかりますよ」

 こうも即答されてはかなわない。私はことの次第をありのままに伝える。

「そうなんですね。ああ蓮さんが可哀想」

「わ、私は悪くないだろ」

「失くしもの、ですよ。探してきてください。見つからなかったら先輩が困りますよ」

 そう言って何事もなかったかのように少年は本に目を戻した。失くしものとはどういうことだと問うも、それを含めて探してきてくださいと一蹴される有り様である。仕方がないので、私は一人で帰ることにした。こんなことがあっては店に顔を出す気にもなれない。

 

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