忘却スイサイド②
ーー私という人間は昔から何もかもを疑うことなく信じてしまう節がありまして、冗談の一つも通じないような女でございました。彼女はそんな私を見ては、大層面白いことであるかのように声を立てて笑いを向けてきたものです。そういう経緯があったものですから、私は彼女の死を信じることはしなかったのでした。もし私が信じでもして彼女がその身をむっくり起こそうものなら、それはとてもいけないことだと思ったからなのです。
ですからあなたもこのような話をどうぞ真に受けないでくださいね。信じてしまっては、彼女の思うつぼなのです。
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「あなた」とは一体誰に対しての呼びかけだろうかと彼は首を傾げた。まさか自分が読むことになるとは書いたその人も思ってはいないだろうと、そう思ったのだ。ふと思い立ったように彼は部屋の窓を開ける。一度外との境界をなくせば、凍てつく夜風に月のまわりでは寄り付く雲もない。
「小説ではないみたいだな......」
店の主人から初めてこのノートを受け取った折には、所狭しと文字で覆われたページを垣間見て、彼は即座にそれを小説だと思い込んでしまったのだった。ところがよくよくページの扉を開けば、どうにも生々しい現実の風化の跡のようにも思えてきたのである。
店主は、このノートの持ち主について一つの情報も彼に与えなかった。無論店主にしたところで故意にそうしたわけではない。知り得る情報と共に、あくまで受け渡しの場に介在する。店主の役目はそれだけなのだ。
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ーー彼女の死から、もう四年が経とうとしています。未だ彼女の死の話題に触れようとする人はいません。そうして私は、彼女がまだ現世にいる気がしてならないのです。もし彼女が現世にとどまったままであったとしても、私は彼女に声をかけることはないでしょう。
今こうしている間にもどこかで誰かが一つの生命を終え、それでも時間は流れ続けます。何故彼女だったのか。それは誠に愚問でございます。彼女でなくとも本題は何ら変わりはしないのです。彼女に限ったことでは到底ないのですから。かくいう私も明日が来るという絶対的な保証はありません。
この文字列が意識を持つことはありません。あなたがこの文章を読んで頭に思い描く光景は、きっと美しい時のままでごく自然に静止していることでありましょう。私は全てがこのまま止まってしまえばいいのにと、そんなことをつい思ってしまうのです。過ぎたことをなかったことにすることも、明日が来ることに何の抵抗ができないことも、そんなことすら考えなくていいほどに、ピンと張られた糸の上で一人ゆっくりと眠りたいのです。その下で待ち受けているものは
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そこでぱったりと文章は途切れ、その後に続いていたであろう数ページが剥ぎ取られていた。段々と加速する筆跡である。四年前......と彼は口にして、何やら考え込む様子になり、それでも思い当たる節があるわけではなかったようであった。彼は剥ぎ取られたページの跡をしばらくの間指でなぞると、次なるページへとさらに捲り進めていった。
長い間空白のページが続き、文面という文面はこれで最後なのかとそう思いかけた時、彼は剥ぎ取られた後で唯一文字の記されたページを目にしたのだった。そこには飛び飛びで数行ほどの字面が並び、先の続きにしてはあまり脈絡のないものであるように見受けられた。
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ーーあなたの望む通りにはならないよ。傷つきたくないだけでしょう。
いつだって現状は打開できるのに。逃げているのはあなたの方なのに。逃げて逃げて振り返ったって、そこには誰もいないのに。
それでもまだ逃げるというのなら、私はどこまでもついていこう。
あのときのまま、書き出せば存在する。実体と成り得る。
何度だってあなたに言葉を届けよう。




