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海と三日月  作者: 桧山いちか
人形生劇
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人形生劇

いつもの放課後の寄り道。今日の行く先は、「先輩」のいう「何でも屋」。そこで手に入れることになる生きた人形と、そこから起こる物語の連鎖。

 可能性はいつだって僕を裏切る。だから僕は、何事にも期待をしないことにした。

 生まれてこのかた16年間。実にテンプレートな人生だった。人並みに学校生活を送り、人並みに友達を持ち、家庭環境があって。結局のところ僕は一人だと思う。僕に限ったことじゃない。みんなそうだろう。「時間」の存在を認識してしまってからというもの、僕は日常に生かされているような気がしてならない。そうしてーー......。


「なあ、少年。面白いことしようぜ」

「勝手にしてください、先輩。僕は自分語りで忙しいんです」

「お前の脳内の自己語りなんて知るか。そもそも、語るほどのことなんてあったか?」

「人並みにありますよ」

「お前よくできた人間だな」

「いやぁ......それほどでも」

「お前、相変わらず冗談の通じない奴だな」

 僕らは、ほぼ毎日の帰路を共にしている。それというのも、先輩の家が僕の隣近所であるからだ。そうして。

 僕らがまっすぐに家に帰ることはまずない。


「先輩。その口調、いい加減やめた方がいいんじゃないですか。仮にも女性なんですから」

「私はルールだか建前だかというやつが一番気に入らないんだ。好きにさせてくれ」

「ルールとも建前とも違う気がするんですが......。ええと、それで? 今日はどこに行くんですか?」

「ああ。前に言っていた何でも屋、ようやく見つけたんだよ! 長かったぜ......私にここまでさせるなんて、中々のものだな」

「すみません、初耳です」

 先輩のいう「前に言っていた」はてんであてにならない。よくよく話を聞いてみればこういうことらしい。何でも先輩は子供の頃、その何でも屋というところへ赴いた挙句、タイムカプセルを預けてきたという。何でも屋という呼び名は、きっと先輩の幼心が名付け親なのだろう。そんな名前で罷り通っている店を僕は見たことがない。

 先輩は想定した未来の日付に再びその店へ向かった。しかし、あったはずの場所に店の姿はなかった......とまあ、こういうわけだ。それから先輩はくまなく情報網を張り巡らせ、躍起になっていたというのだ。


「預けるっていうのはどういうことなんですか? 下手したら、誰かが先輩のタイムカプセルを既に買ってしまったとか、そういう......」

「預けたんだ、売り物じゃない。交換するんだよ」

「交換?」

  雨上がりの空を、忘れてくれるなよとばかりに入道雲が覆う。冴え渡る空気に、風はひんやりと心地よい。

  裏路地の一角にその店はあった。僕らの家からはお世辞にも近所とは言えない立地だ。思ったよりもこじんまりとしている。先輩の誘いがなければ、まず来ることはなかっただろう。

「親父さん、久しぶりー!」

  意気揚々と片手をあげる先輩。久しぶりと言うものの、先輩の記憶が正しければ小学生以来ということになる。

 店内は様々なもので溢れていた。高校生の僕でも、何でも屋と名付けかねない有様だ。

「遅かったじゃないか。まぁ、わかってはいたが」

 奥に人影が一つ。この人が店主なのだと一目でわかった。年は50後半だろうか、その身に纏っているくたびれたシャツを僕は前から知っているような気がした。そんなはずはないのだけれど。

「だって場所変わってるじゃん。わかんないよ」

「場所は変わっていない。お前の記憶がおかしいんだ」

  明らかに僕は場違いではないだろうか。このまま人知れず退場することも可能な気もする。そんなことを思っていた最中、先輩に肩を掴まれた。

「修介も預けなよ。思い出」

「は?」

「ここでは、あらゆる人の思い出を預かっている。そして、その思い出を別の人へと受け渡すのが私の役目だ」

「それって商売になるんですか」

「商売ではない。思い出に価値は付けられないさ」

「私には何をくれるの?」

「自分で見つけな。相手はもうお前を見つけている」

「えー? んーと......」


  まずい。先輩がもので溢れる陳列棚が並ぶ場所へ颯爽と姿を消してしまった。「親父さん」と呼ばれるこの人物と二人きりだ。さっきから考えを見透かされているようでどこか怖い。


「合点がいかないようだな、君」

「はぁ」

「何も難しいことではない。君も他人に自分のことを知って欲しいと思うだろう。単純なことだ。それが形を変えて、ここで眠っている」

「僕は......」

「ん?」

「僕は、自分のことを誰かに知って欲しいなんて思いません。僕もその他大勢と変わりはないですし」

 ああ、何だって僕は初対面の人に向かってこんなことを話しているのだろう。滅多に人に言うことでもないだろうに。「親父さん」の瞳に映る僕の目が、僕自身を捉えた。

「君は、何かを失ったんじゃないのか。君が求めているものがこの店にある。でも、無償ってわけにはいかないな。君の思い出と引き換えだ」

「僕が求めているものを、まるで何か知っているかのようですね」

  どうせ差し障りのないことを言っているだけだ、こいつは。どんな人間にでも当てはまる......そう、バーナム効果ってやつに違いない。

 僕を不安がらせてどうしようというのか。その手にはのらないぞという意思のもと、あくまで落ち着いた姿勢で相手を見やる。

「私にはわからんよ。だが......君に呼応しているものがある」

「それは何です」

「君の目で確かめることだ。さっきの女子生徒が行った方へ行ってごらん」

 ちらと視線を向けて、僕は目を伏せる。馬鹿馬鹿しい。先輩もよくこんな得体の知れない輩にタイムカプセルなんぞ預けたものだ。僕だったらこんな奴には預けるものか。

「あー! わかった! この子ね!」

  奥で先輩の声が響く。この店、見かけによらずかなりの広さである。一体何を探し出したのやら。

「先輩? この子ってどういう......」

「じゃん!」

「日本人形?」

「可愛い! 髪型が特に! 右と左で長さが違うって珍しいなぁ。しかも切り揃えられていないのがお洒落」

 切り揃えられていない? いや、違う。そんなことは職人が許すわけがないはずだ。

「生きているんだ、そいつは。髪が伸びているだろう」

「へ?」

「そいつの持ち主は、しばらく前に他界したがな。その人形は、いわばそいつの魂の一部なんだ」

 いくら変わり者の先輩だからとはいえ、限度がある。明らかに展開が変だ。商売にもならない「思い出」とやらの受け渡しをしていると言い出すかと思えば、今度は生きた日本人形だと? 先輩も先輩だ。あんなに嬉々とされても困る。

「行きますよ、先輩。こんなところ早く出てしまいましょう」

「えっ、待て待て! 思い出の経緯を聞かないと出られないだろ!」

「経緯なんてどうでもいいです!」

 静かながら鈍い音とともに、目の前が真っ白になった。一瞬のことで何が何やら理解が遅れたが、来る痛みにことの次第を知る。

 先輩が僕の頬を本気で殴ったらしい。これは相当な怒りと見える。

「お前にとってはどうでもいいことかもしれないけどな、私には大切なことなんだ。お前、いつまでも意地はってると、本当に誰も寄り付かなくなるぞ」

「最近の女の子はすごいねぇ、こんな場面早々拝めないな」

 ここで感動を露わにしているこいつの神経を疑う。先輩の本気は、地獄を見るほどのものなのだ。気を失っていないだけ幸運と思うべきだ。

「君も聞いておいて損はないぞ。明日は我が身っていうやつさ」

「そうだぞ、修介。お前だっていつか世話になるかもしれないんだぜ」

「こんな時だけ名前で呼ぶのはやめてくださいよ......」

 今日という日はとりわけついていない。尤も、何にも期待していなかったわけだから何の思い入れもない一日に変わりはないけれど。

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