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決して戦ってはいけません。  作者: グリーンティ
第二章『猶予編』
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平穏の七歩目

「お待ちどうさま!」


「おう、あんがとよ。」


目線の高さほどあるテーブルに腕一杯のトレーに乗せられた料理を置く。

待ってましたとばかりに満面の笑みを浮かべ、ついでとばかりに俺の頭をひと撫でする。


思わず顔を顰めてしまったが、当人は悪戯っぽくニヤニヤと笑っている。どうやら、嫌がることを分かってやってるらしい。


逃げるようにその場を後にして、注文を待っている別のお客さんの元へ駆け寄った。



「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりでしょうか。」


ここは食事処『ミリス』。

自称、町一番の庶民派料理店だ。





「あんたも随分人気者だねぇ。」


夕刻。

今日最後の客の食器を洗っていると、後ろから呆れたような声をかけられる。

お客さんのいないこの時間にいるのは、俺と店主であるマーサのみである。


「そんなの全然嬉しくないよ。子供扱いされて困ってるんだ。」


今日はお客さんの数だけ頭を撫でられた気がする。嬉しくないコンプリートもあったものだ。


「ちょこちょこ近寄ってきて一生懸命給仕してくれたら、可愛くも思えるさ。それに、ちやほやされるのは子供の特権だよ。今の内に満喫しときな。」


・・・子供。

言っておくが、俺は大学生としてそれなりに背はある。顔つきが子供っぽいとはよく言われたが、流石に中学、高校生と思われることはなかったし、コンビニでタバコを買ってもスルーされる程度には年齢を重ねていたつもりだ。


それなのに、なぜこうまで子供扱いされるというのか。

答えは簡単だ。

『俺が10歳くらいの子供になっている。』それだけだ。


何を言っているのか分からねぇと思うが、つまり、あのショタ仙人のせいでこんな事になっているわけだ。

曰く。

『役目を放棄されたり、帰る方法を見つけたら勝手に帰るなんてことをされたら困るんだよ。だから、これは神獣の復活まで君を縛る枷だと思ってほしい。君に本気で抵抗されたら、僕なんかじゃ太刀打ち出来ないからね。』


だそうだ。

逆らったら元に戻さねぇぞと脅されている気がするが、仙人からしたら当然のことなのかもしれない。関わりの薄い人間を信用するのは難しい上に、自分より強い相手なのだから予防線は貼っておきたいだろう。


俺が、もし約束を守らない奔放な奴なら、強い力に物を言わせて好き勝手していただろうし、帰る方法が見つかったら無責任に全てを放りだして帰るはずだ。


だから、これに関しては納得するしかなかった。ちゃんと元に戻す方法もあると言うし、役目の期間も決まっている。街中で侮られることはあるかもしれないが、それほど不便はないだろう。多分。


まぁ、それはいい。ただ、子供になっているというのはまだいいのだ。

問題なのは・・・


「若さとは言え、同じ女としては少し嫉妬しちゃうよ。顔立ちも悪くないし、ユーキはきっと将来美人になるんだろうねぇ。」


「・・・・・・」


大問題なのは、『俺が女になっていること』だ。男のまま子供になるなら、まだ良かったが、性別が変わるとなれば話が変わる。

男と女では色々違う。それは特に生理現象や身の守り方など。

性の違いは文化の違いに匹敵するのだ。

その違いを知らず、男達は女性に不快な思いをさせていることも少なくない。


俺がそれを知っているのは、ひとえに妹の存在があるからなのだけれど、それは割愛しよう。

俺が問題視しているのはそこではない。


異世界転生モノの小説などでは、転生し肉体的には女性で精神が男性。みたいな場合があるが、それは成長の過程で性の違いを家族から学んでいるという前提がある。それなら全然問題がない。


ただ、俺の場合はいきなり性別が変わり、さらにはこの世界におけるそういった知識がない。

知っている人マーサがいるが、精神の方で羞恥心と言う名のプライドが邪魔をして聞くことが躊躇われるのだ。


肉体的には10歳程度の女の子。

そろそろ初潮を迎えてもおかしくない年齢だったはずだ。たしか、妹はこの年だった。



盛大に初生理を迎えてマーサに泣きつくか、マーサに泣きついて、落ち着いた初生理を迎えるか。

順序が違うだけで、これほど大きな違いはない。


体が変化し、この店にきて1ヶ月。

ずっとその心配ばかりしている気がする。




そもそも、なぜ女にしたのかと仙人に聞くと。

『魔力の制御は女性の方が優れているんだ。魔力を操れる者に男性はいるけれど、実力を持ち、且つ数多くいるのは女性が大半と言っていい。』


と合理的な回答が返ってきたのだ。

実際、この体になってからほぼ全ての魔力を手足のように扱えるようになった。

俺の中にある濃すぎる魔力は、魔力の発生源である魂に押し込め、空気中に漏れ出ないようにしている。いわば、タンクの状態だ。

自分で解放しようと思わなければ、漏れることはないだろう。

使用することも、もちろん問題はない。



「お皿洗い終わったよ。」


水魔法で最後の水洗いを終え、マーサに伝えると、彼女は満足そうに頷いて手際よく食器乾燥用の棚へ仕舞っていく。


背が足らないと、こういう時不便である。


食器洗いのため、洗い場に俺専用として作られた足場。マーサの手作りである。

子供扱いされたくない俺としては、足場は使いたくないものなのだが、これに関しては使わないと申し訳ない気持ちになるのだから仕方ない。



仙人に眠らされ、町外れの森でマーサに拾われ、介抱された。店員の失踪で店の手が足らないからと住み込みで手伝いを始めたこの仕事は、もはや、役目があるからと、いずれやめるなどと言える雰囲気ではない。


俺が働くためにしつらえられた数々の段差や取り除かれた角。給仕の最中に感じる厳しくも心配しているような視線や、オフの時に時折見せる慈愛に満ちた表情。さらには「もうすぐ旦那が帰って来るんだ。紹介するよ。」と、まるで養子として紹介するかのような口調で語りかけられる事もあった。


そういえば、旦那さんとの間に子宝が恵まれなかった。あんたみたいな子供が欲しかった。などと雑談として話していたけれど・・・


あれ?もしかして、養子として紹介されたら、断ることできないんじゃないか?


場を整えられたら最後、NOと言えない日本人のさが

意図して利用されたわけではないと思うが、マーサの外堀を埋める手際に、冷や汗を拭えなかった。


「さて、そろそろ湯浴みにしようかねぇ。あんたも、身綺麗にしときなよ。明日あたりには旦那も戻ってくるだろうしねぇ。」


嬉しそうに口元を緩め、彼女は俺の頭を撫でる。これで店員含め、コンプリートしてしまった。


あと、どうやら、本気で逃げ場はないらしい。

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