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9. この爆弾を食えというのか



 朝六時。


 少々寝不足気味の薫は大きな欠伸を噛み殺し、布団から無理やり身体を剥ぐように起き上がる。

 横を見ると三人いるはずの人数が一人欠けていて、布団がきちんと畳まれている。

 ボリボリと身体をかきながら台所をのぞいてみると、そこにはすでに先に起きていた樹里がいた。


「おはよう薫」


 髪を後ろで一つに縛り、一生懸命何かを作っていたようだ。


「何作ってんだお前?」


「君の朝御飯だよ。もう出来るから洗顔を済ませたらそこに座ってくれるかな?」


 台所の窓硝子から差し込む黄色がかった朝日が、得意そうに微笑む樹里の顔を際立たせるように照らしていた。


「……お前、顔に飯粒ついてんぞ」


 顔を洗ってきた薫は樹里の笑顔から意図的に目を逸らし、そうぶっきらぼうに教えると食卓の椅子にドサリと座る。

 本当は今朝のメニューは決まっていたのだが、樹里が早起きをして自分の朝食の用意をしてくれたことを考えるとそのことは言い出せなかった。

 朝に出すはずだった惣菜の一部は晩に回すか、と考えていると、自分の顔に米粒がついていると教えられた樹里は顔を赤らめている。


「本当か? 薫、どこについている?」


「ここだ、ここ」


 樹里にも分かるように自分の顔を使って薫は米粒がついている場所を教える。左の頬についていたそれを取ると、赤い顔のままで樹里がいそいそと朝食を運んできた。


「君の口に合うと嬉しいのだが……」


 目の前にそっと置かれた大皿の中身を見た薫の眠気が一気に吹っ飛んだのはその時だ。


「なんだこれっ!? 爆弾かよっ!?」


 食卓の上に置かれた大皿の上には、直径十五センチはあろうかという超特大の艶々とした真っ黒い球体が一つ、ゴロンと鎮座している。


「ば、爆弾とは少し失礼すぎないか?」


 薫のその反応に、自分の用意した朝食はどうやら異質の産物だったらしいと知った樹里のテンションが急降下する。


「どうしてもうまく三角に握れなくて、どんどんご飯を足していたらここまで育ってしまっただけだぞ」


「なに!? つーことはもしかして握り飯かこれ!?」


 異様なデカさに仰天してすぐに気付かなかったが、どうやら外側の真っ黒い部分は海苔らしい。


「おにぎりを三角に握るのがこんなに難しいとは知らなかったよ。でも初めて作った割にはうまく出来たと思うんだ。よければ食べてみてほしい」


「初めてって……、いやもったいねぇから食べるけどよ、朝からこれはボリュームありすぎんだろ……。こんなにでけぇ握り飯、見たことねぇよ」


 樹里の奮闘のせいでのびのびとよく育った特大爆弾むすびを手に取ってみる。


「重てっ」


 黒爆弾の恐ろしいまでの圧倒的な存在感とその重量に、思わず本音が漏れた。

 だが自分のすぐ横で申し訳なさそうに立っている樹里の顔が視界に入り、「いや、でも美味そうじゃん」と一言フォローを入れた後で大きくかぶりついた。

 そしてがぶりと大きく齧り取った後、口の中に今まで体験したことのないミラクル・ワールドが広がる。


「ぶはっ!!」


 あまりにもマジカルなその味に、口にした一部を思わず噴き出してしまった。


 握り飯の中身なら、梅、鮭、おかか、明太子、ツナなどが定番だが、今薫が口にしたのはどれでもない。

 しかも握り飯の具は大抵は塩気があるものが多いが、これは甘い。驚くぐらいに甘い。

 とりあえず口中にあるものを無理やり飲み込み、齧り取った切り口を覗き込んでみると、そこには茶褐色をした大量の粉末が見えた。


「……おい」


「な、なにかな?」


「中身は分かったがあえて聞く。この握り飯の具に何を入れた?」


 すると樹里はもじもじと身体を小さく揺らしながら言いにくそうに答えを口にした。


「く、黒砂糖……、だが?」


「アホかてめぇ!!」


 握り飯を持っていない方の手で食卓を豪快にぶっ叩き、薫が吼える。


「だ、だが君は昨日あんなに必死に勉強をしていたからさぞ疲れているだろうと思ったんだ。黒砂糖は疲れを取るアイテムなんだぞ?」


「だからってどこの世界に握り飯の具に黒砂糖をそのままぶち込むヤツがいるんだよ!!」


「そ、そういうものなのか……。おにぎりを作ったのが初めてだったので済まない……」


 心底申し訳無さそうに謝る樹里に、怒るのがバカらしくなった薫は手にしていた黒砂糖入り爆弾を樹里の顔の前にズイと差し出す。


「謝る前にお前もこれを食ってみろ。そうすれば俺がキレた理由を身体で理解できるはずだ」


 だが樹里はなかなかこの問題作品を受け取ろうとしない。そこで薫は更に追い討ちをかける。


「てめーが作ったもんだろ。いいから食え」


「た、食べるのはいいのだが……」


 先ほど顔に米粒がついていると指摘された時よりも顔を赤らめ、樹里が答える。


「それだと君と間接的にキスすることになってしまうのだが……。わ、私は構わないのだが、君はいいのだろうか?」


「くっくだらねぇことを言ってんじゃねーよ!! てめぇ食いたくないからってそんなくだらねぇことを言ってんだろ!? なら反対側から食えばいいだろうが!!」


「わ、分かった。では私もいただくとしよう」


 薫の手から特大握り飯を受け取ると、薫がかぶりついてえぐれた部分をおずおずと下に向ける。


「あっ黒砂糖がこぼれてきた」


「いいから食え早く!!」


「い、いただきます……」


 樹里は黒爆弾を一口分、口に含んだ。


「どうだ?」


「ご飯と海苔の味しかしないのだが……」


「もっとガバッと食えよ! 具が出てくるまで食え!」


「わ、分かった」


 また一口。さらにもう一口。

 薫の命令におとなしく従い、樹里は口中で握り飯を味わう。そして四口目で樹里の顔色が変わったのを確認した薫が「ちゃんと噛めよ? よーく味わって食え」と止めの台詞を言い放つ。


「う、うむ」


 まるで咀嚼健康法を実践しているかのような回数で、樹里は何度も何度も口中の握り飯を噛み締める。そして噛み締めるごとにその表情がどんどんと暗くなっていくのを薫は呆れた表情で見ていた。

 たった一口分にしてはかなり長い時間をかけ、ようやく口中にあったすべての米飯を樹里がゴクリと飲み込む。


「ったく、声も出ねぇようだな」


 言葉を発しない樹里の手から薫は握り飯を奪い取った。


「そ、それをどうするつもりだ?」


 自分がこの爆弾の処理を最後までさせられると思っていた樹里が驚いて目を見開く。


「あぁ? 食うに決まってんじゃん」


 薫は当然、といた様子であっさりと答えた。


「だがそれは……」


「あぁ、超クソまずい握り飯だよ。今まで生きていて一番ありえねぇぐらいのマズい握り飯だ」


「……本当に済まない……」


「だけどよ、こうも考えられるじゃねーか。 “ 少なくとも次はこれよりもマシな握り飯を作れるはずだ ” ってな。そうだろ?」


 しゅんとした様子で落ち込む姿にそう素っ気無く言い捨てると、樹里は感動したような面持ちでその場に立ち尽くしている。


「バカ、何感動してんだよ? お前が昨日俺に言ったことじゃねぇか。何事もポジティブに考えろってな」


「そ、そうだな。その通りだ」


「とにかく握り飯に砂糖をぶち込むのは二度と止めろ。カルチャーショックどころの騒ぎじゃねーぞ」


 モグモグと残りの黒爆弾をがっつきながら薫が「茶くれ」とぶっきらぼうに告げる。


「あぁ、すぐに淹れる!」


 笑顔を取り戻した樹里が台所に飛び込んでいった。その後ろ姿に向かって


「可乃子の握り飯は俺がやるから余計な事すんなよ!」


 と釘を刺し、薫は黙々と爆弾処理に励む。

 そしてようやく半分までその解体作業が終わったところで樹里に聞こえないように「マズすぎだろ」と一言呟いた。




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