【 12 】 頼んだぜ オッサン
“ あのアンドロイドの件で頼みがある ”
薫がそう切り出した直後、ディスプレイに映る漸次が曰くありげな薄笑いを浮かべた。
こちらは真剣な頼み事をしようとしているのにそのような態度を取られれば、やはり薫としては面白くない。
「なにニヤニヤしてんだよ。気色悪ィな」
「済まん済まん、気を悪くすんなよ。やっぱお前さんも男なんだなぁと思っただけだ」
「あ? どういう意味だよ」
「隠さなくてもいいぜルーキー。実際にヤッてみたら思ったより具合がいいもんだから気が変わってあれが欲しくなっちまったんだろ? そういう事情なら遠慮せずもらっとけよ。俺から向こうに話は通しておいてやっから」
「なんだとっ!? 勝手に決め付けんじゃねぇよオッサン!!」
樹里から須藤ヒナ代、そしてとどめは漸次と、本日三度目となる勘違いを喰らった薫は当然のごとく激昂する。
「話は最後まで聞けや!! あんたに頼みってのはよ、その製作会社とやらに別のアンドロイドをもらえねぇか聞いてもらいたいんだっつーの!!」
「別の? つまりは違う穴が欲しいってことか? おいおい、若いとはいえ、いくらなんでも飽きんの早すぎねぇかお前」
どう力説しても下半身方面にすべて曲解され、ついに怒りが頂点に達した薫のこめかみに青く太い血管がビキビキと縦横無尽に浮かび上がる。
「だから違うっつってんだろっっ!? あんなモンがついてねぇ普通の奴が欲しいんだっつーの!!」
「なんであれじゃダメなんだよ? サクラに繋ぐ前にあのアンドロイドの内部を見てみたが、あれは相当よく出来たブツだぜ?」
「あぁ!? な、なんでって、んなこと言われてもよ……」
チェリッシュを頑なに拒否する理由を問われ、急に威勢が悪くなった薫が言葉を詰まらせる。拒否する理由は出来ることであれば言いたくないが、ここは漸次の問いに答えないと話が進みそうにない。
苛立ちの治まらない中、薫は忌々しそうに荒い鼻息をつき、チェリッシュを断固拒絶する理由を渋々と答える。
「……あの奉仕機能がついてっとカミさんがうるせーんだよ」
それを聞いた途端に漸次が大笑いを始めた。
「ははははははは!! なんだなんだそんな理由なのかよ!? まさか女房怖さからのチェンジ要求とは思わなかったぜ!! しかしお前の嫁さんはおとなしい女だと思ってたが、なんだかんだいってお前さんもしっかり嫁さんの尻に敷かれてんだな! 笑えるぜ!」
「ふっ、ふざけんな!! 敷かれてなんかねーよ!! 俺もあんなモンは必要ねぇと思ってるからだっつーの!!」
「ほうほう、自分には別嬪女房様がいるから情交の方はそっちで充分に間に合ってるってかぁ? いやはや羨ましいもんだ! 独り身のこの侘しいオッサンにずいぶんと当てつけてくれんじゃんかよ!」
「からかうんじゃねぇっ!! で、聞いてくれんのかくれねぇのかどっちなんだよ!?」
「なら別にアンドロイドをもらわなきゃいいじゃねぇか。なんでそこまで欲しがるんだよ?」
「サクラがあれを気に入っちまってよ、できればあいつにくれてやりてぇんだ」
「ほう…」
薫がオーソドックスなアンドロイドを手に入れたがる理由を知った漸次は、合点がいったかのように何度も頷きだす。
「分かるぜルーキー。相棒を女にした下着職人特有の悩みってとこだよなぁ。うちの琥珀もアンドロイドが欲しいってギャーギャーうるさくて困ってんだよ」
「は? 琥珀はもう持ってんじゃねぇか」
「うちの娘は若い女の型が欲しくてジタバタしてんのさ。昔、琥珀に買ってやった奴はずいぶん以前の型でしかも子供タイプなもんでな。あいつはそれが気に入らねぇのよ」
「へぇ……やっぱ変わってんな、あんたんとこのエスカルゴは」
「あぁ、エロ過ぎて困ってるぜ。それよりせっかくのお前さんのその頼みだが、きいてやるのはちょいと難しそうだな。今回試動の依頼をしてきた製作会社ってのは愛玩少女専門の企業でよ、だから普通のアンドロイドをくれと言ってもおそらくそのリクエストにはこたえられねぇと思うぜ?」
「そうか……。やっぱ買えば結構するよな?」
「そりゃあそうだ。アンドロイドって奴は価格が性能にきっちりと反映している商品の一つとして有名なのはお前さんだって知ってんだろ? だから値段が高けりゃ高い分だけ高度な動きや様々な思考ができる。もしサクラに繋いでるあの個体並みの動きを要求してぇなら、かなり金額は張ると思うぜ?」
そうだよな、と呟くと薫は険しい表情で腕を組む。
ある程度予想はしていたが、オーソドックスなアンドロイドを手に入れるというミッションをクリアするには金銭的な障壁を乗り越えなければならないようだ。
出費を抑えるために敢えてアンドロイドの性能を落とす、という選択肢もある。
だがサクラが今ぐらいの動きが常時可能なのであれば家の中の手伝いだけではなく、今後は菩庵寿内の接客や客の試着の手伝いなどもおそらく出来るだろう。
それに人型で色んなことをしてみたいと願っているサクラの気持ちも考えると、もしアンドロイドを与えてやるとすればやはり今ぐらいのレベルは欲しいところだ。
「おいルーキー、新品がキツいなら中古で探すのはどうだ? あれぐらいの高機能の物で中古を探すなら物件はそう多くないだろうが、探してみる価値はあるだろうよ。俺もツテを当たってやるぜ」
眉間に皺を寄せて考え込んでいる薫に、漸次が別の解決方法を出してくる。若き下着職人はその提案にすぐに食いついた。
「マジか!? 頼む!」
「いいぜ。あまり過大な期待をしないで待っててくれや。それと話は変わるがあいつの墓参りはいつ行くつもりなんだ?」
「そうだ、それもあんたに連絡するつもりだった。来週の定休日に行く予定だが都合はつくか?」
「行くに決まってんだろ? 置いてったりしたら俺はたぶん泣くぜ?」
「分かった。でよ、来るのはあんただけだよな?」
「何言ってんだ、ボケんなよルーキー。俺だけのはずがねぇだろ?」
漸次の即答に、緊張に似た感情が薫の中を走る。
しかし漸次が口にした名は、薫の予想した名前とは一致しなかった。
「武蔵と琥珀も連れてくぜ? 女性下着請負人ならあいつらと常に行動を共にすんのが当たり前だろうが。お前だってサクラを連れていくんだろ?」
「いや、そういう意味じゃなくてよ……」
「あ? なんだよ、男なら言いたいことはズバッと言えや。お前さんらしくねぇぜ?」
しかしこの人物の名を言う前には必ず一呼吸を取る必要がある。
今回もその動作を行った上で、薫はそれまでの歯切れの悪い口調を通常のものに戻してその名を口にした。
「コウの兄貴は今年は来んのか?」
「なんだ、幸之進のことを言いたかったのかよ? だったらすぐにそう言やぁいいじゃねぇか。ヘンに勿体つけんなよ」
「悪ィ。で、来るのか?」
「どうだろうなぁ、でかいヤマを抱えてるって話を聞いてるぜ? つーか俺に聞かないで直接あいつに聞けよ。お前さんだってあいつの連絡先知ってんだろうが」
「いやいい。忙しくて来られねぇなら仕方ねぇよ」
「おいルーキー。まさかお前さん、まだあいつに妙なわだかまりがあるんじゃねぇだろうな?」
それまで温厚だった漸次の顔と声が急に硬くなる。Goldfinger-Xでの表示をフルサイズにしているため、その強張りは容易に見て取れた。
「無ぇよ」
薫は台面に身体をグイと近づけ、かけられたその疑惑を完全に否定する。
「親父の墓の前で兄貴もけじめつけたんだし、もう一切あの件を蒸し返す気持ちはねぇさ」
「ならいいけどよ。ハッ、しかしすごかったよな、去年の墓参りはよ! お前のカミさんと可乃子をあの場から外させて墓の前でお前があいつをぶん殴った時はどうなるかと思ったぜ。あの時のお前、鬼のような形相をしてたぞ」
「…………」
「なぁルーキー、たまにはお前からあいつに連絡してやれや。あいつの方こそお前に連絡を取りづらいはずだぜ? なんせ負い目がある側なんだからよ」
漸次に諭された薫はガシガシと鶏冠頭を掻き、「分かったよ。近いうちに兄貴に連絡を取る」とだけ答えた。
「あぁそうしてやってくれ。話は終わったな? 中古の件は情報が入り次第連絡するから待っとけ。じゃあな」
「ま、待てよ!」
このままだと通信をカットされてしまうので薫は慌てて漸次を引き止める。
「まだなんかあんのか?」
「あんたにもう一つ教えてほしいことがあんだけどよ」
「ほう。なんだ?」
「……お、女が喜びそうなキザな台詞って知ってるか?」
口を尖らせてつっけんどんに尋ねた薫のその質問がよほどの予想外だったのか、漸次が一瞬呆気に取られる。
「なんだそりゃ?」
「い、いいじゃねーか! 知ってんなら教えてくれ!」
「女が喜ぶようなキザな台詞ねぇ……」
漸次は思考を巡らし始めたがその途中で不意にニヤリと口角を上げた。
「おいルーキー、お前昔、俺の店に初めて来た時によ、“ オッサンのカビの生えたような恋愛話なんて聞きたくもねぇ ” ってのたまったことあったよな? まさか言った本人がきれいさっぱり忘れちまったってことはねぇだろ?」
「いや覚えてるぜ。あんたオッサンの癖に記憶力いいじゃねぇか」
「へっ覚えとけやルーキー。人間、年を取るとな、昨日のことはすぐに忘れちまうが、過去のことは鮮明に覚えてるもんなんだよ。で、カビの生えたこの苔むしオヤジに女が喜びそうなキザな台詞を聞いてどうすんだ? それを誰に言うつもりだよ?」
「だ、誰だっていいじゃねーかっ!」
「ん? 待てよ、そういや今日お前の店に行った時、樹里に優しい言葉をかけてやれとかそんなような忠言をサクラがお前にしてなかったか? …………あぁなるほどな! そういうことかよ! お前そのキザな台詞をカミさんに言ってやるつもりなんだろ!? ははは! 女房孝行、大いに結構結構! そうだよなぁ、やっぱ釣った魚にもたまにはドカンとデカい馳走をくれてやらんといかんよなぁ! いい心がけじゃねぇか!」
「う、うっせーな!! もういい! あんたには聞かねーよ! じゃあアンドロイドの件頼むぜ!」
つい先ほどと逆のパターンだ。
今度はこちらから通信を切ろうとしたが、漸次に引き止められる。
「そういきり立つなって! いい台詞を思いつかないなら幸之進に聞いたらどうだ? あいつならそういう台詞のストックは腐るほど持ってると思うからよ」
「……確かにコウの兄貴ならそういう類のことは得意そうだよな」
「そういうこった。ま、だがあいつを信じるのもほどほどにしといた方がいいぜ? 過信しすぎたら痛い目をみるかもしれんぞ?」
「なんでだよ?」
「幸之進の奴、マスターファンデをやってた時は内心ではクソも思ってねぇ甘言を抵抗なく口にして客たちを夢中にさせてたけどよ、本命には失敗こいてんだよ。武蔵から聞いた話だが、夫婦の契りの時に満を持してここ一番の口説き文句を決めたつもりらしいんだが、思い切り横っ面を引っぱたかれたらしいぜ?」
「マジか!? 兄貴が女に引っぱたかれるなんて想像できねぇな……。一体兄貴は何て言ったんだよ?」
「だからあいつに直接聞いてみろって。笑えるからよ。それとよ、女房が大事なら余所から又聞きした浮っついた台詞を無理して使おうとしねぇで自分の頭で考えてみた方がいいんじゃねぇか? たとえそれがどんなに不格好な台詞でもその方がきっと樹里だって嬉しいだろうよ。俺はそう思うぜ? じゃあなルーキー、来週会おうや」
「あ、あぁ、分かった。また連絡する」
「おう」
漸次との通信を終え、薫は椅子に腰を下ろした。
そしてふぅと重い溜息をつくと、ある一つのデータをGoldfinger-Xの台面上に呼び出す。
菩庵寿内は必要最小限のライトしか付けていないため店内は薄暗い。
そんな採光の足りない場所でGoldfinger-Xは自らの台面を青白く光らせ、薫の指示通りにプライバシー情報を一気に吐き出した。
するとそれを見た薫が驚いた顔で独り言を呟く。
「なんだよ、思ってたよりありやがるじゃねぇか」
知りたかった情報は、予想していた数値よりも遥かに大きな値で薫の両目に映りこんできた。
青い電光をまとったそのデータを薫はしばらくの間無言で見つめ、真剣な表情でひたすらに考える。
どれぐらいの間ディスプレイをじっと眺めていたのか薫自身も良く分からなかった。
だが樹里が足早にこちらに向かっている音で集中していた意識が脳内から現実に戻る。
足音がどんどんと近くなってくる。あと数秒で樹里がこの店内に姿を現すことだろう。
―― あいつに話してみるしかねぇな
そう決めた薫はGoldfinger-Xを右の掌で強めに叩く。
乱暴なその指示に従い、薫の愛機はディスプレイ上に表示していたデータを漆黒の画面の中に飲み込み、樹里が来る前にすべての痕跡を強制的に消したのだった。




