【 11 】 絶対に着せねぇぞ お前には100万年早い
可乃子に “ もう一人の奥さんみたい ” と言われたサクラが軽くパニックになっている。
「なんてことを仰るんですか可乃子様!?」
「だってそんな風に見えるんだもんっ」
「サクラがMyマスターの奥様だなんてとんでもないですよぅ! Myマスターの奥様は何があろうとここにおられる樹里様お一人だけですっ! もうサクラなんてですねっ、Myマスターにこき使われるだけのただの奴隷さんみたいなものですから!!」
「どっ、奴隷だとっ!? おいサクラッ!! 可乃子の前でそういう言葉は使うんじゃねぇ!! また完落ちさせられてぇのか!?」
「あわわわっ!! もうフェイントはイヤですぅ~~!!」
本日二度目となる強制終了を喰らわされそうになったサクラはものすごい勢いで自分の頭を抱え、平身低頭の体勢を取った。
「すみませんっ!! お許しくださいMyマスター!!」
「じゃあ黙れや!!」
「了解ですMyマスター!! サクラ、これからしばらく黙ります!!」
「ったくどいつもこいつも……」
苦々しい顔で愚痴を吐く薫に、樹里が水が入ったグラスを横から差し出す。
「はい薫。そんなに怒鳴ってたら喉乾いたでしょ」
「おうサンキュ」
「さっすがお姉ちゃんっ、気がきくねっ!」
可乃子は樹里を褒めると、テーブルに頬杖をつき、ごくごくと一気に冷水を飲み干している兄を面白そうに眺めた。
「あっそーだ思いだした! ねぇお兄ちゃん、お父さんとお母さんのお墓参りはいつ行くの? そろそろ行く頃だよね?」
水を飲み終えた薫は「あぁ、来週か再来週の定休日だな。天気のいい方で行くぞ」と今年の墓参りの予定を答え、空になったグラスをほらよ、と樹里に押しつける。
「はーい。じゃあ来週と再来週の水曜日は予定を入れないようにしておくね!」
「おう、そうしとけ」
普段も時間があれば時折足を運んでいるが、廻堂家は毎年八月は何があっても亡き両親の墓を訪れることにしている。唯一行けなかった年は、薫がマスターファンデになるための必死に受験勉強をした四年前だけだ。
「漸次おじさんも来るの?」
「来んじゃねぇか? 親父の墓に行くなら俺にも声かけろって言われてるしな」
「じゃあきっと来てくれるね! あの人は? あの人もまた来る?」
可乃子の言葉の中に具体的な人物名は無かったにもかかわらず、薫の眉根は過敏な動きを見せた。
「……お前、コウの兄貴のことを言ってんのか?」
探るように尋ねると、可乃子は少しはにかんだ表情でコクリと首を縦に振る。
「うんっ。だって去年来てくれたよね、あの人」
「さぁな。仕事が忙しそうだから来るか分かんねぇよ」
「お仕事が忙しいのかぁ……。でも来てくれるといいなぁ。あの人カッコいいから好きなんだっ」
「なっ…!?」
もじもじと身体をくねらし、ほんのりとピンク色に頬を染めた可乃子を見た薫はぎょっとした顔で何かを言いかけたが、結局言葉には出さずに顔を横に背けて舌打ちをする。樹里はそんな薫の肩にそっと手を置き、労わるように優しくさすった。
「さぁ樹里様っ、あとはこのサクラにどうかお任せをっ! 明日の朝食の下準備だってしちゃいますからねっ!! Myマスターとそちらで休んでいてください!」
「でも……」
サクラに家事を任せて自分は楽をしてしまうことにまだためらっている樹里に、「そこはサクラにやらせてやれ。お前には別の事をやってもらうからよ」と薫が口を出した。
「別の事って?」
「客の依頼でユニフォームを作ってんだけどよ、サンプルが出来たんでお前に試着してほしいんだ。付け心地に問題なさそうならこのデザインで依頼を受けた数全部を作っちまってもいいか客に確認する」
「分かったわ」
するとここ最近ファッションに強い興味が出てきている可乃子が会話に割り込んできた。
「へー、ブラじゃなくてユニフォームのデザインの依頼なんかもくるんだね! 依頼を受けたユニフォームって何のユニフォームなのー?」
「……」
「なんで黙るのお兄ちゃん? もしかして守秘義務ってやつ? でもそれぐらい教えてくれたっていいじゃない」
薫はしばらく渋い顔をしていたが、やがて「チアリーダーだ」とだけ答えた。
「チアリーダー!?」
「あぁ」
「わぁいいなぁ! お兄ちゃん、可乃子もそのユニフォーム着てみたーい!! お姉ちゃんの次に着させてよ!」
「あぁ!? 何言い出してやがんだお前は!!」
突然薫はカッと目を剥き、期待に満ちた瞳を輝かせだしている妹を全力で怒鳴りつける。
「バカ野郎っ!! 絶対に着せねーぞ!? お前にあんなエロい衣装は百万年早いっつーの!!」
「えええ~! 別にチアリーダーの服はエッチじゃないでしょっ!? だって一生懸命頑張る人を応援するために着るユニフォームなんだよ? お兄ちゃんみたいにそーいうヘンな気持ちで見る男の人の方がおかしいんだよ!」
「うっうるせぇ!! 兄貴に対してつべこべ言うんじゃねぇ!! おい樹里!! 準備できたら後で店の方に来い!! 俺は先に行ってるからな!!」
「えぇ、すぐに行くわ」
「い、いや駄目だ! やっておきたいことがあっから30分後に来いや! 絶対にすぐに来んなよ!? いいな!?」
えぇ、と樹里が頷く。
数時間前に特別仕置きをその身に受けたせいなのか、今夜はその貞淑さに一段と磨きがかかっているようだ。
「お姉ちゃん、寝不足で疲れてるのに今からモデルのお仕事して大丈夫?」
「えぇ大丈夫よ。ほんとになんでもないから」
「では樹里様はしばらくそちらのソファでお休みください!」
「そーそー、お姉ちゃんは疲れてるんだからそこで休んでて! サクラ、可乃子も後片付け手伝ってあげる!」
「でもそろそろ可乃子様はご入浴のお時間ではないですか?」
「いいの手伝う! だって早くサクラと遊びたいもん!」
「ありがとうございます! では後でサクラが可乃子様のお背中を流して差し上げますね!」
「ええっ、アンドロイドなのにお風呂場なんかに入って大丈夫なの!? 水気で壊れちゃうんじゃない!?」
「エッヘン! ご安心してくださいませ可乃子様! そんなご心配は無用ですっ!」
鼻高々なサクラがどうだ! と言わんばかりに大きく胸を張る。
そして意気揚々とこう告げた。
「だって今のサクラはアンドロイドの中でも最高級スペックの愛玩少女なんですよ~? チェリッシュの主な活動場所の一つがお風呂場なんですから、防水機能に関してはそりゃあもう万全に作られているのですっ!! はっきり言って超がつくぐらいに完璧なのですっ!!」
このサクラのドヤ顔説明に、あごが外れそうな勢いで驚いたのはもちろん薫だ。しかしこの商品のことを知らない可乃子は首を傾げている。
「チェリッシュ? なーにそれ? 可乃子初めて聞いた! それにお風呂場が活動場所の一つってどういうこと?」
「ぬわんでもねえええええええええええええええぇぇぇぇぇっっ!! おいサクラあああああっ!! テメェッ可乃子の前でなんてこと言いだしやがんだああああぁぁぁぁ!!」
「あわわわわわわっ、もももももももうしわけありませんMyマスタあああー!! ついうっかりなんですうううぅぅぅー!!」
「ねーねー、なんでお兄ちゃんがそんなに必死になってるの? そうやって隠されると可乃子、もっと気になるんだけど? 教えて教えて~!!」
「うっ、うるせぇっ!! たっ、ただの水陸両用だっ!! こいつは水でも陸でも活動できるタイプのアンドロイドだっつーだけだっての!! なぁそうだよなサクラ!? なんとか言いやがれ!!」
大事な妹に下方面の余計な知識を付けさせたくない過保護兄の渾身のスリーパーホールドが相棒の喉元に見事に決まる。首元をロックされたサクラが「そそそそそその通りですぅっ!!」と青くなって追随した。
「あーっ!! またお兄ちゃんってばサクラにそんな乱暴して!! アンドロイドだからってそういうことやっちゃダメだってば!! まだお仕事あるんでしょっ!? そうやってサクラに意地悪ばかりするならもうあっちに行って!!」
「イテッ!!」
怒った可乃子に思いっきり向う脛を蹴られた薫は顔をしかめた。
渋々サクラを解放すると、「これ以上可乃子に余計なことを言ったら許さねぇぞ!?」と小声でがっちり脅しを入れてから一足先に菩庵寿内へと向かう。
一人になった店内で薫がすぐに取った行動は愛用の作業台、“ Goldfinger-X ” の起動だ。
次に通信機能を使用して漸次を呼び出す指示を Goldfinger-X に出した。
数秒後、その呼び出しに応じた漸次がディスプレイ上にのっそりと顔を現す。
「おいおい、こんな時間に誰かと思えばお前さんか……。なんだよルーキー、まだ俺に文句を言い足りないってかぁ?」
憮然とした顔で鈍く輝く己のスキンヘッドをツルリとなで上げた漸次は相当うんざりしている様子だ。
「だからこれはお前の貸しにしといてくれていいっつってんだろ? この恩はそのうち何倍にもしてお前さんにどっさり返してやっからよ、一週間だけこのままサクラをあれに繋がせてくれって。マジで頼むぜ」
「あんたまで早とちりすんなっつーの。文句を言うためにまたあんたに連絡したんじゃねーよ」
「ほう、今回の文句じゃないならなんの用事だ?」
「おう。実はよ…」
薫は次の言葉を口にする前に一度素早く後ろを振り返る。
「どうしたルーキー? お前さんの後ろに誰かいるのか?」
「いやなんでもねぇ」
背後に樹里はいなかった。
先ほど下した自分の命令を素直に守り、まだ居間に残っているようだ。
樹里が菩庵寿内にまだ来ていないことを確かめた薫は再び台面に向き直り、硬い声で漸次に重大な用件を伝える。
「あのアンドロイドの件であんたに頼みたいことがある」




