【 10 】 お前のそれは多少どころの騒ぎじゃねぇだろ
夕食という名の宴が終わった。
普段よりもこの日の廻堂家の食事が早く終わったのは、可乃子はサクラと遊びたく、薫と樹里はそれぞれの胸に思うことがあったためだ。
「樹里様! 後片付けはサクラがやります!!」
夕食が終わるタイミングを見計らっていたサクラが元気よく食卓の椅子から立ち上がる。しかし樹里は「いいのよサクラ。私がやるから」とその申し出をやんわりと断った。
「お姉ちゃん、遠慮しないでせっかくだからやってもらいなよ! だってサクラがお手伝いできるのって一週間しかないんだよ? サクラだっておうちのお手伝いをしてみたいんだよ!」
「その通りです可乃子様! サクラはこのアンドロイドの身体でいる間は巻尺のボディではできないいろんなことをしてみたいんです! 先ほどもMyマスターとどっちが先に菩庵寿に着くか走って競争したんですから!」
「えーっお兄ちゃんと競争!?」
「ハイ!」
「で、サクラは勝ったの!? 負けたの!?」
「サクラが一等でゴールインです!!」
「わぁうちのお兄ちゃんって結構足速いのにすごいねサクラ!! きっと今のサクラはエスカルゴの中で最強だね!」
「それは無いですよ可乃子様。最強の方は他にいらっしゃいます」
そう答えたサクラはちょっぴり残念そうだ。
「最強って誰?」
「武蔵さんです。あの方は一時的に繋いでもらっているサクラとは違ってエスカルゴ本体をアンドロイドに完全結合なされてるのでパワーも尋常じゃないくらいのレベルで出せると聞いてますし、サクラとは比べ物にならないと思います」
「武蔵って漸次おじさんのところのエスカルゴでしょ? 男の子の姿をした方のアンドロイドだよね確か」
「はい、そうです」
「あのエスカルゴってお兄ちゃんと一緒ですごく口が悪いんだよねー! 可乃子思うんだけど、お兄ちゃんが次の人生で生まれ変わってもしエスカルゴになったらさ、きっと武蔵そっくりなエスカルゴになるんじゃないかなぁ?」
それを聞いた樹里がこらえきれずにクスッと吹き出した。すかさず薫が失笑した樹里を横目で睨む。
「なに笑ってやがんだお前は」
「だ、だって可乃子がいきなり面白いことを言い出したから……」
「チッ、亭主が馬鹿にされて一緒になって笑うやつがあるかっつーの」
ごめんなさい、と樹里が素直に謝る。
「確かに武蔵さんはMyマスターに似て少々強引な性格の方ですが、サクラにとっては大先輩のエスカルゴさんです。サクラが知りうる限り、おそらくあの方が最強のエスカルゴさんですよ」
「ねぇねぇ、サクラが好きなエスカルゴさんは? その人は強くないの?」
「雷太さんですか? 分かりません。だって雷太さんはアンドロイドを持ってませんもん」
「あ、そっか。でもサクラが一番じゃないのが残念だなぁ……。そういえばサクラ、漸次おじさんってもう一つエスカルゴを持ってるでしょ?」
「琥珀さんのことですか?」
「うん、女の子の方! あのね、可乃子前から気になってたんだけど、どうしておじさんは二つもエスカルゴを持ってるのかな? だって普通は職人さんにはエスカルゴは一つしかもらえないよね」
「あ……、そ、そうですね。確かに可乃子様の仰る通りです」
「だよね! 大体エスカルゴって二つも要らないと思うんだけど? どうしておじさんは二つ持ってるのかサクラは知ってる?」
「マ、Myマスター?」
この中で唯一この辺りの事情を知らない可乃子になんと答えるべきか迷ったサクラが、隣の薫に救いの視線を送る。すると薫は表情を変えないままで「昔マスター・ファンデだった奴が廃業したからあのオッサンが引き取ったんだよ」と素っ気ない声で答えた。
「それってどっち? 武蔵? 琥珀?」
「武蔵よ」
次に代わりに答えたのは樹里だ。
「じゃあ辞めた人から武蔵を譲ってもらったから、漸次おじさんは結果的に二つエスカルゴを持ってるってことなんだ?」
「えぇそうよ」
「ふーん。でも可乃子の勘違いかもしれないけど、マスターファンデを辞めちゃったらエスカルゴは使えないようにしないといけないんじゃなかったっけ?」
突然可乃子がマスター・ファンデの豆知識を披露してきたので、樹里が感心したように何度も目を瞬かせる。
「あら、よく知ってるわね可乃子」
「うんっ! 昔お兄ちゃんがマスター・ファンデになるために一生懸命勉強していた時期があったでしょ? ほら、お姉ちゃんが蕪利から家出してきて、うちに来たばかり頃!」
「えぇ、あったわね。懐かしいわ」
「あの頃お兄ちゃんの参考書をちょっとだけ読んでみたことがあったの。そしたらそこに 【 女性下着職人の仕事を引退、もしくは何らかの理由で廃業する時は、電脳巻尺内のデータは完全初期化し、本体は女性下着縫製協会に返却しなければならない 】 って書いてあったよ? ねぇお兄ちゃん、どうして武蔵を協会に返さないで漸次おじさんが持っていられるの?」
薫は片目だけを若干細め、手元の湯飲みを掴む。そして中身を啜る前にその理由を教えてやった。
「武蔵の専属操作者だった奴はとっくにマスター・ファンデを廃業しているが、協会に辞める手続きを取ってねぇんだよ。だから形式上はそいつは今もマスター・ファンデだからだ」
「その人、どうしてマスター・ファンデのお仕事をしていないのに辞める手続きをしないの?」
「武蔵を手放したくないからよ」
空いた食器をまとめ出しながらまた樹里が代わりに答える。
「だってもし薫が何かの理由でマスター・ファンデのお仕事を辞めることになったとしても、可乃子だってサクラを手放したくないでしょ?」
可乃子があっと息を飲む。
自分の身に置き換えることによってその理由をよく理解できたようだ。
「そんなの当たり前だよ! だってサクラは大切な家族だもん!!」
「それと同じよ。きっとその人も武蔵がとても大切なの。たとえマスター・ファンデのお仕事ができなくなっても武蔵を手放したくなかったのよ。だから辞める手続きを取らないで漸次さんに預けたんだと思うわ」
「武蔵を預けたそのマスターさんって今はどこにいるの?」
「さぁどこかしら。でも漸次さんに預けているのだからきっと簡単には会えないような遠いところにいるんでしょうね」
「ふぅ~ん……。じゃあ武蔵は自分の本当のご主人さまと離れて暮らしているのかぁ。きっとさみしいだろうね……。ねぇサクラ、もしサクラがお兄ちゃんと離れて暮らすことになったらどうする?」
「エエッ!?」
思ってもいなかったその質問にサクラが大きく動揺する。
そして思慕の感情を最高潮にまで高めて隣に座る薫にヒシッとしがみついた。
「Myマスターと離れるだなんてそんなこと絶対に考えられません!! もしそうなったらサクラはさみしさでおかしくなっちゃいますよぅー!! Myマスター!! たとえMyマスターがマスター・ファンデのお仕事をなさらなくなってもサクラは一生Myマスターのお側にいますからね!!」
「ヘッ、よく言うぜ! お前さっきは俺からヒマをもらうとか言ってここから飛び出そうとしてたじゃねーか! よくもまぁこの短時間でコロコロと言うことが目まぐるしく変わりやがるもんだな!」
「またそんな意地の悪いことを仰ってー!!」
天の邪鬼な薫に思いきり嫌味を言われたサクラはムゥッと両頬を膨らませ、敬愛する操作主に食ってかかる。
「あれは仕方ないじゃないですかぁー! Myマスターがこの身体の中にサクラがいるってことに全然気づいてくださらないから悪いんですよぅ!」
「んなこと分かるかっつーの!」
「いーえ! サクラのことを大事な相棒とちゃんと思っていてくださるのであれば絶対にあそこですぐにお気づきになるべきですよぅ!! Myマスターが鈍すぎなのです!」
「主に向かって鈍いとは言ってくれるじゃねぇかサクラ!!」
「当然ですっ! サクラ、言っちゃいますっ!! だってMyマスターはさっきサクラをギューッって思いっ切り抱きしめて仰ってくれたじゃないですか! “ お前は俺の大事な分身だ ” って!!」
「ドアホ!! 分身じゃねぇよ! 俺から分裂してどうすんだっつーの! 半身だ半身!」
「いーえ! “ 半身だ ” とも仰いましたけど、“ 分身だ ” とも仰いましたよ!? その時のMyマスターのお声、まだサクラの内部記録に残ってますから間違いありません! それに半身ってことはサクラはMyマスターの一部ってことですよね!? ならサクラはあなたの一部なのに姿形が多少変わろうと見分けられないなんておかしいですよぅー!!」
「バカ野郎!! テメェのその変化は多少どころの騒ぎじゃねぇだろうが!!」
「だからサクラは女の子だから野郎ってお呼びになるのはおかしいって何度申し上げたら分かるんですかぁー!」
ぎゃあぎゃあと騒がしい口喧嘩が止まらない。
お互いの顔を直近まで近づけて盛大に文句を言い合う薫とサクラを半ば呆然と見ていた可乃子が、
「なんかお兄ちゃん、まるでもう一人奥さんをもらったみたいだね」
とこの場で発言するにはあまりに危険すぎる感想をポツリと漏らしたのだった。




