【 9 】 お前ら 随分と楽しそうだな
その日の廻堂家の夕食はいつもより人数が多かった。
普段は電脳巻尺の丸いフォルムで食卓の隅にちょこんと鎮座しているサクラがアンドロイドの身体を手に入れているためである。
「こうしてうちの椅子が四ついっぺんに埋まるなんてすっごく久しぶりだよね!」
箸を片手に妹の可乃子が明るく笑う。
帰宅してメイド服姿の少女型アンドロイドを初めて見たときは目を丸くしていたが、サクラが人型になったと知って一番喜んでいるのは可乃子だ。
サクラの横にぴったりと張り付いてあれこれと世話を焼き続けているせいで、メイド服だったサクラの恰好は大きく変わっている。白のロンTにカーキ色のショーパン、横縞ボーダーのハイソックスを身に付けさせられ、ストレートの黒髪も高い位置でツインテールに結われている有様だ。
四人掛けの食卓ではいつも以上に会話が弾んでいるが、喋っているのは専ら可乃子とサクラである。
「ねぇサクラ、その恰好にはポニーテールの方がいいような気がしてきちゃったかも!」
「そうでしょうか? サクラはこの髪型もとても気に入ってますが……。だって、このヘアスタイルとても可愛いですもんっ」
この髪型が気に入っている証拠にサクラが二度頭をふりふりしてみせたのでその勢いでツインテールの片側先端が薫の左上腕部にバシッと当たった。
しなやかな黒い鞭で腕を叩かれたような気持ちになった薫は、渋い顔で目の前の惣菜に箸を伸ばしている。
「ううん! やっぱここはポニテだよ! 絶対そっちの方が似合うって! ご飯が終わったら可乃子が結い直してあげるね!!」
「はいっ、そこまで仰ってくださるのならぜひお願いいたします!」
「うんっ、任せておいて! そんで明日はまた違う髪型にしてあげる!」
「ありがとうございます可乃子様! サクラ、楽しみです!!」
盛り上がるガールズトークを仏頂面で聞いていた薫がここでついにキレた。
空いた左手で隣に座っているサクラの頭を上からわしっと力任せに掴み、可乃子に向かって怒鳴りつける。
「可乃子!! サクラで遊ぶんじゃねぇ!! こいつはお前の着せ替え人形じゃねぇんだぞ!?」
しかしそんな兄の行動にすかさず妹が反論だ。
「お兄ちゃん!! 女の子の頭をそんな乱暴に掴んだらダメでしょ!! お兄ちゃんは口が悪いんだからせめて行動くらいはもっと紳士的にしてよねっ!」
「可乃子様、サクラは全然痛くありませんのでどうぞお気遣いなく! だってアンドロイドですもんっ」
頭を掴まれているサクラは痛くも痒くもないため本当に平気そうだ。
「ううん、痛くないからいいっていうわけじゃないんだよサクラ! 可乃子は前からお兄ちゃんのこういうガサツな所を直した方がいいってずーっとずーっと思ってたんだから!」
「余計な世話だっつーの!! ほっとけや!!」
「ほっとかない!! ねっ、お姉ちゃんもそう思うよねっ!?」
味方を増やそうと可乃子が樹里に同意を求める。しかし箸が止まっている樹里はぼんやりとした表情で返事をしない。
「樹里お姉ちゃん?」
再度呼びかけられた樹里が我を取り戻す。そして「な、なにかしら可乃子?」と慌てたように可乃子に顔を向けた。
「大丈夫お姉ちゃん? なんか今日すごく疲れた顔してるよ。もしかして具合悪いの?」
「本当ですね。いつもよりお顔の色が優れませんよ樹里様」
「だ、大丈夫よ。なんでもないわ。昨日すぐに寝付けなくて寝不足だったせいかも」
樹里は慌てて首を振り、その場をごまかすことに精一杯だ。
疲れてしまっている理由が、先ほど薫からかなりハードな仕置きを受けたせいだとは間違っても言えないためである。
「なら今日は早く寝たほうがいいよ。体調崩して夏風邪を引いちゃったら大変だもん!」
「ううん、本当に大丈夫よ。ありがとう可乃子」
「いえ樹里様、可乃子様の仰る通り、今日は早くお休みになるべきです! ですからお夕飯の後片付けなどはサクラにお任せくださいね! 今まで樹里様をあまりお手伝いできませんでしたが今のサクラなら簡単です! もうなんでもどんと来いなのです!」
アンドロイドに繋がれ、様々な動きが出来るようになったサクラは自信満々だ。怖いものなし、といった様子である。
「そっか、今のサクラならなーんでもできるよね!」
「ハイ可乃子様! 今のサクラは万能少女です!! お料理やお洗濯、お掃除だってなーんでもできちゃいますっ!!」
「頼もしいねサクラ! 可乃子、サクラがこうやってずっと女の子になっていてくれる方がいいな! ねーお兄ちゃんっ! サクラをこのままにしておけないの? 可乃子、サクラはこのままがいいー!!」
―― 途端に食卓に妙な緊張感が走った。
可乃子の発言はまったく他意のないものではある。
だがそのおねだりの内容が内容なだけに食卓上にはなんとも形容しがたい重めの空気が漂った。
そしてこの異様な緊張感に気づいた可乃子が、薫、樹里、サクラの順番で家族の顔を不安そうに見回す。
「みんな急に黙りこんでどうしたの……? 可乃子、なにか悪いこと言った?」
「いっいえいえ! 可乃子様は何も悪いことなど仰ってませんよ!?」
「じゃあなんでお兄ちゃんはそんなに怖い顔してるの?」
「別に怖い顔なんてしてねーだろ。元々こういう顔だっつーの」
可乃子から視線を逸らし、薫は茶碗に盛られている白米を口中にかきこんだ。しかし可乃子はそれを真っ向から否定する。
「ううん、お兄ちゃんは強面だけどいつもと違うよっ! 可乃子には分かるもん!」
「あわわわっ、え、えっとですね可乃子様! おそらくMyマスターが険しい顔をなされているのは可乃子様のそのご希望を叶えることができなくて心苦しさを感じてらっしゃるからだと思います! このアンドロイドは一週間という期間限定でお預かりしているものですからいただくことはできないのですっ」
若干の嘘を適度に混ぜてサクラが可乃子をなだめるが、少女の姿になったサクラを気に入ってしまった可乃子はまだ引きさがらない。
「じゃあこのアンドロイドじゃなくてもいいから別のやつをサクラに買ってあげてよっお兄ちゃん!」
「気軽に言ってくれるがよ、お前アンドロイドが幾らするか知ってんのか? そこらの駄菓子を買うような値段じゃ買えねーんだぞ?」
「どれくらい? 車を買うぐらいの値段?」
「全然足りねーよ」
薫にあっさりと否定され、「うわぁそんなに高いんだアンドロイドって……」と可乃子が残念そうに呟く。
「じゃあうちでは買えないよね……?」
「当たり前だっつーの」
「あーあ、可乃子、妹ができたみたいで嬉しかったのになぁ……」
「あら可乃子様、それでしたらサクラは可乃子様の姉になりますよ? だってこのアンドロイドの設定年齢って19歳ですもの。可乃子様は15歳ですからサクラの方が年上ですっ」
「えぇーっ、サクラが可乃子のお姉ちゃんなんてなんかしっくりこないよー! 可乃子のお姉ちゃんは樹里お姉ちゃんだけっ! だからサクラは妹!」
「かしこまりました! ではこの姿でいる間、サクラは可乃子様の妹です!」
「やったぁ!!」
「どっちでもいいっつーの!! 可乃子もくだらねぇこと言ってねぇでさっさと飯を食えや!」
「んもぅ、そんなに怒鳴んなくてもいいじゃないっ。急いで食べますよーだ!! 早くサクラと遊びたいもんっ」
サクラ以外の全員の箸がまた動き出す。
食べ物を摂取することができないサクラは椅子に座っていることしかすることが無いので、「お前やることなくてヒマじゃねぇか?」と薫が声をかけた。しかしサクラは嬉しそうに首を横に振る。
「いいえ! こうして食卓に座っていられるだけで幸せです! だって今のサクラは皆さまと同じ目線を得ることができているんですもの!」
「同じ目線だと?」
「はい! サクラは毎日このテーブルの端で皆さまのお食事のご様子を見てまいりましたが、人型でこうしてここに座ってこの高さから見る風景がなぜかいつもと全然違って見えるんです! 皆さまのお顔も、テーブルの上のお料理も、いつもと何も変わらないはずなのになぜか違って見えるんです! それがなんだか不思議で、そしてすごく楽しいんです! ふふっ、サクラってばおかしいこと言ってますよねMyマスター?」
「…………」
廻堂家の気短な長はただ黙って湯呑を手にすると音を立てて茶を啜る。
薫が最後の呼びかけにわざと相槌を打たなかったのは、このアンドロイドに繋がれたことによってどれだけサクラが幸せな気持ちになっているのかが痛いほど伝わってきているせいだった。




