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65.  受け取ってくれ これがお前への気持ちだ



「薫っ!!」


 樹里が薫の身体に抱きつく。


「……来るの遅くなって(わり)ィ」


 自分の胸に飛び込んできた細い身体を受け止めてもう一度謝ると、薫にしがみついた樹里が激しく首を振る。


「来てくれるなんて思ってなかった……! もう薫とは二度と会えないものだと思っていたから……。今こうしていても信じられない……!」


 そこへ漸次が「おいお二人さん」と口を挟む。


「感動の再会中に水を差すようで悪いんだが時間がねぇぞ。二時間以内にお前らをこの区画(エリア)から外に出してやらなくちゃいけねぇからな」


封鎖門(ゲート)にはコウとこのネーチャンを外に出さないよう、六万坂側から緊急電送(シージ)はとっくにいってるとみていいッスよね 』


 武蔵の予測に、漸次もコウも一様に頷く。


「おそらくはな。別のルートで逃がしてやるしかねぇだろうよ」


「なら僕が手配します。シュウさんに頼めば何とかしてくれると思いますから」


 自分と樹里を逃がす相談をしている三名に、思いつめた顔で薫は声を低めた。



「……いや、それはしないでくれ」



『 あ? どういうことだヒヨッ子? お前さん、この美人ネーチャンを連れ戻しにきたんだろ? 』


 薫は武蔵のその問いには答えずに、チノパンツの尻ポケットに無造作に入れていたICチップを取り出すと、それを樹里の顔の前にかざした。



「これ見ろ」



 樹里は薫の手の中にある物に目を凝らす。


「なんだろうそれは? ICチップのようだけど……」


「千人分の女の顧客データがここには入ってる。お前を居候させてやってた礼としてお前のところの関係者って奴に渡されたチップだ。このデータがあればしばらくは店の経営にも困らねぇと思う」


 するとこのチップの中身の話を知っていた樹里が安心したように笑う。


「あぁそれが……。ならそのデータは存分に活用すべきだよ薫。君が一番大切な可乃子をそれで守っていけるんだからね」


「あぁ、確かにそうだな。その通りだよ。このデータがあればどれだけ助かるか分からねぇ。でもよ…」


 薫はチップを手の中にグッと握りこみ、全ての指に余すことなく全力で力をこめる。

 パキッ、というかすかな儚い音と共に、樹里の目の前でICチップは無残にも破壊された。


「薫!? なぜチップを!?」


「樹里、よく聞け」


 手の平の中にある真っ二つに折れてしまったチップを大理石の床に乱暴に投げ捨て、薫は樹里の肩を正面から掴む。


「いいか、親が死んだばかりのお前にはやらなければならないことがある。だがお前はそれをしないで逃げ出したからこうして連れ戻されちまった。たぶんここで逃げてもまた同じことの繰り返しだ。だからお前はお前がやらなければいけないことをきっちりやれ。いいな?」


 予想外のその無情な言葉に樹里は一瞬絶句する。



「薫……。私を連れ出しに来てくれたのではないの……?」



 樹里の声は囁き声ではあったが、その言葉は明瞭に聞き分けられた。

 発した言葉の一つ一つに、深い哀しみが滲んでいる。



「あぁ、お前を連れては帰らねぇ」



 どちらにも行けない二方向。

 心がねじ切れるようなジレンマに挟まれた薫は、強い苦渋の色をその顔に浮かべて樹里から視線を逸らせた。


「……お前には試験勉強を見てもらったり、婆さんたちの採寸を手伝ってもらったり、可乃子の面倒も見てもらった。俺の専属型式(バインドモデル)にもなってくれたな。ここまで色々助けてもらったお前に今度は俺が助けてやる番なのは分かってる。でも俺は今のお前を助けてはやれない」


「薫……」


 樹里の瞳に堪えきれないような哀しみに閉ざされた影が見えた。そんな絶望の感情を漂わせる樹里に、薫は肩を掴んでいた手に力をこめる。


「自分は助けてもらったのにお前にはてめぇで何とかしろというのは卑怯なのもよく分かってる。だからこれからは俺もお前と同じように一人で頑張る。こんな腐ったデータなんか無くても一からやってみせる。だからお前も辛いだろうが頑張れ」


 樹里の肩を掴んでいる自分の手がかすかに震えているのが分かった。

 そんな無力で不甲斐ない自分を弾き飛ばすように薫は強く頭を振ると、樹里の肩を摑み直し、その哀しみで透き通った美しい瞳を力強い眼差しで覗き込む。


「樹里。この間俺はお前に、俺の嫁になるには時間がかかるだろうが待てと言ったな? あれは取り消しだ。俺がお前を待つ。あの場所でお前をいつまでも待っててやるよ。だからお前はお前がやらなければいけない事を全部終わらせて来い。それが何年先になるのかは知らねぇが、もしその時変わり者のお前がまだこんな乱暴者の俺の所に来たいというんならよ…」


 薫は初めて自分から樹里を抱きしめた。

 その目にはもう樹里しか映っていない。

 強く、強く、全力でかき(いだ)く。

 そして樹里の心臓の鼓動が身体越しにかすかに伝わってくるのを心の底から愛おしいと感じながら、その耳元でぶっきらぼうに告げた。



「その時は身一つで来い。俺らで四人で家族になろうぜ」



 素っ気なくはあるが、何よりも家族を大切にするその薫らしい求婚(プロポーズ)に、樹里が腕の中で一度だけ震えた。


「……うん、分かった……。必ず行くよ……。君と可乃子とサクラのいるあの家に、いつか必ず……必ず戻るよ……。それまで待っていてほしい……」


「あぁ。待ってるぜ。いつまでもな」


 二人はしばらくの間身じろぎもせずに抱き合った後、ゆっくりと抱擁を外した。

 そして薫は持参していた包みをボディバッグから取り出す。


「ほら、これ持ってけ」


「これは何…?」


「少し遅れちまったが俺からお前に誕生日プレゼントだ。受け取ってくれ」


 樹里が封を開ける。



「薫、これは……!」



 中身を見た樹里がその名前を言う前に、漸次たちが順番に口を挟み出した。


「ほう、婚礼用(ウィディング)下着(ビスチェ)じゃないか」


「素晴らしい出来ですね……。樹里さんへの真剣な真心がこもってるのがよく分かりますよ」


『 しかも白のガーターベルトまで付いてるとは至れり尽くせりだなおい! エロさ満点じゃねぇか! なぁ、未来の新郎さんよ? 』


「う、うるせぇ!! あんたら変な茶々入れるんじゃねぇよ!!」


 後方で事の成り行きを見守っていた野次馬メンバーに顔を赤らめてそう突っ込んだ後、薫は再び樹里に向き直る。


「ホントはよ、指輪を買ってやるべきだとは思ったんだが用意できなかった。悪ィ」


 樹里は目を閉じ、静かに首を振る。


「ううん、指輪なんかより薫が作ってくれたこのビスチェの方がずっとずっと嬉しい……。早くこの下着が着られるように頑張ろうという気持ちが湧いてくるよ。ありがとう薫……」


 樹里はビスチェを大切そうにその胸に抱きしめた。そして、「そうだ薫、サクラは置いてきてしまったの?」と尋ねる。


「んなわけねぇだろ。俺らは一心同体の関係なんだぜ? おいサクラ、出て来いよ」


 するとボディバッグの中で自分の飛び出るタイミングをいまや遅しと待っていたサクラがひょこっと顔をのぞかせた。


『 お久しぶりです樹里様っ! 』


 パールピンクに輝くサクラを見た武蔵の体内から甲高い起動音が鳴る。


『 ヒューッ!! いい巻尺(おんな)じゃねぇか! おいそこの女! 名前なんつーんだ!? 識別伝送路(チャネル・コード)を教えろや! 』


「怒られても知りませんよ武蔵」


 サクラを見て色めき立つ武蔵をコウがたしなめている。

 しかしサクラは武蔵を無視して樹里の元へと飛び込んでいった。


『 樹里様! 』


「サクラ!」


 樹里はサクラをしっかりと両手の中に抱きしめる。


「サクラ、あの時はありがとう……、私を助けようとあんなに頑張ってくれて……。壁にぶつけられてケガはしなかった? どこか壊れなかった?」


『 あんなの大したことありません! ちょっと硬殻(カバー)がへこんだだけです! 』


「えっどこ!?」


 慌ててパールピンクの本体をチェックする樹里に、サクラは桃色の巻尺をほんの少しだけ出し、その先端で漸次をピッと指した。


『 大丈夫です! さっきもう直してもらいました! あそこにいる禿げた野獣の人に! 』


「お、おいサクラ! お前オッサンに直してもらったのにそういう事言うなって! 俺の立場が無くなるじゃねぇか!」


 慌てた薫が相棒を注意をする。

 すると今のサクラの言葉を聞いた武蔵が大爆笑を始める。


『 はははははは!! おいおい聞いたかコウ!? すげーなあの女! うちの漸次さんに向かって禿げた野獣、だとよ!! 』


「ダ、ダメですよ武蔵、そんなに笑ったら……。父さんが傷つきますから……」


 しかしそうたしなめているコウの両肩も笑いを堪えようと大きく震えている。

 大ウケしている二人の横で一人ムスッとした顔をしているのは浅黒い肌のハゲ野獣だけだ。


「おい、オッサンに謝っとけってサクラ」


『 ハイ! 了解ですっMyマスター! 野獣さん、失礼なことを言ってスミマセンでした!! それとサクラの傷を直してくれてありがとうございました!! 』


「ちぇっ、取れたのはハゲだけじゃねぇか。野獣は据え置きかよ」


 ますます不貞腐れた漸次に、武蔵はさらに爆笑し、コウは下を向いて必死に笑いを堪えている。そんな茶目っ気たっぷりな所を見せたサクラはまた樹里の方にファインダを向けると、『 樹里様っ 』と名を呼んだ。


「なぁにサクラ?」


『 あなたにお見せしたいものがあります! 』


 そう言うとサクラは自分の液晶画面を樹里に向けた。


『 現在のあなたのデータです! 見てみてください! 』


 サクラの液晶に映し出された自分の名前を樹里は眺める。

 そしてそこに表示されている自分のデータが大きく書き換わっている事に気付くと、幸福感に包まれた満ち足りた表情で薫に視線を向けた。


「……薫。いつも君は私に、一番大切なのは可乃子だと何度も言っていたよね。私はそんな妹思いの君が心の底から大好きだよ。だからこれからも私は一番じゃなくていい。この欄にこうして私の名前を登録してくれていただけで、もうそれだけで充分だよ……ありがとう……」



 樹里が指し示したサクラのディスプレイには、


 【 型式No,0(モデルナンバー・ゼロ) : 廻堂 樹里 】


 という名前が表示されていた。



『 おいおいマジかよ! 未婚でそこに名前を入れちまうなんてチャレンジャーだなおい! 』


 樹里の登録データを後方からちゃっかり覗いた武蔵がそう茶化すと、No,0(ナンバー・ゼロ)に関するルールが曖昧になってきている漸次が額をかく。


「おい武蔵、No,0の登録は一旦登録すると簡単に書き換えできねぇんだったか?」


『 そうっス! その欄だけは俺らエスカルゴ側で勝手に書き換えられないんですよ! もし変更や削除が必要であればFSSに持ち込んでの上書き処理になるんで結構な手間になっちまうんですよね。だから未婚のくせにわざわざこんな無謀な真似するのはうちのコウくらいかと思ってたが、まさかヒヨッ子、お前さんもやってるとはな……。世の中には結構奇特な奴が多いんだなぁ。驚きだぜ 』


 それを聞いた薫は若干驚いた様子でコウに視線を移した。


「あんたもやってんのか!?」


「えぇ。僕も未婚ですがすでにNo,0登録はしていますよ? 僕にとって誰よりも大切な人はその方だけなので」


 穏やかな笑顔でコウが頷いたその時、「チッ、見つかっちまったか。あいつら立ち去ってなかったみてぇだ」と漸次が呟いた。

 Casquette Walk の中に樹里の姿を見つけたSPがこちらに向かってくるのが見える。


「薫……」


 樹里が薫を見上げる。

 だがもうその瞳は不安で揺らいでいない。

 薫は身をかがめると樹里の顔を両手で挟み、お互いの額をぴったりと付き合わせ、「行ってこい」とだけ言葉を発した。


 自動扉が開き、SPたちが店内に突入してくる足音を背中で聞いた樹里は凛とした声で、「すぐに戻る。車の用意をしてきてほしい」と薫と額を付き合わせたままで命令を下した。

 SPは一礼をすると、逃走監視用の一名だけを残し、再び店外へと出て行く。

 二人に残された時間はあとわずかだ。


「薫。今はまだ私への監視がきつくて自由に連絡が取れないけど、落ち着いたら必ず連絡するよ」


「あぁ、夜中でもいい。これからは時間が取れたら電話でもメールでも何でも寄越せ。たぶん俺からじゃ繋いでもらえねぇだろうしな」


「うん、必ず連絡するよ。そしてすべてに片をつけたら婚姻届を持参で帰らせていただくからそのつもりでいてほしい」


「おう上等だ。10枚くらい持って帰ってこいや」


 二人は至近距離で笑いあう。



「樹里様、お車の用意ができました」



 と店内に残っていたSPが告げた。


「今すぐ行く。全員外で待っていてほしい」


「承知しました」


 店内に残っていたSPも外へと出た。


「薫」


 薫を見上げ、樹里がねだる。


「キスして」


「い゛!? こ、ここでかよ!?」 


「うん。してほしい。お願い」


「だ、だってよ……」


 薫は口を思い切り尖らせ、チラリと背後を振り返る。

 途端に興味津々の視線の嵐に自分たちが晒されていたことを知った。なにせ二人の後ろには野次馬が三名もいるのだ。


「さっさとやれよルーキー! ぶちゅううっと景気良くぶちかませや! 野獣のオッサンがこっから見ててやっからよ!」


(ベロ)入れんの忘れんじゃねーぞヒヨッ子!! やり方分かるか!? なんなら俺様が教えてやるぜ!? 』


「早くしないとまた外の方たちがここに入ってきてしまいますよ? さぁどうぞ、僕らのことはお気になさらずに」


「う、うっせーな!! 見せモンじゃねーんだよ!! てめぇら全員向こう向いてろや!!」


『 ガキな奴だな! 俺なんかギャラリーが見ているほうが断然燃えるぜー? 』


「父さん、武蔵、ここはおとなしく向こうを向きましょう。この方たちには時間がないのですから」


「しゃーねーなぁ。……おら、これでいいかルーキー!?」


 野次馬が全員背を向ける。


「チッ、この出歯亀集団が!」


 忌々しげに吐き捨てると樹里がクスクスと笑っている。


「お前も笑うなっつーの!」


 滑らかな額を軽く指で押して仏頂面で叱ると、 


「ごめんなさい。だってあまりにも今の皆のやり取りがおかしかったから」


 と樹里が微笑む。

 そして薫の大きな右手を自分の手に取ると、そのまま愛おしそうに自分の頬にそっと当て、


「薫。大好き……」


 と潤んだ眼差しで見つめた。


「お、おう」


 俺もだ、と言いたかったが、後ろの野次馬衆が気になって結局どもりがちの相槌だけで終わってしまった。

 代わりに樹里の顔をその手で挟み、自分の側に引き寄せる。

 身をかがめて唇を落とすと、樹里が顔を上げ、そっと目を閉じた。


 顔と顔を寄せ合い吐息を重ね、愛おしいお互いの感触をその身にしっかりと刻み込む。

 たとえ遠く離れてもいつでも思い出せるように。



 やがて薫が挟んでいた手をゆっくりと外すと樹里は名残惜しそうに身体を離しかけたが、思い直したように一瞬爪先立ちをして薫の首に腕を絡め、もう一度軽く口付けをする。

 そして小さく微笑み、「行って来るね」と告げると振り返らずに店を出て行った。




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★ http://www.nicovideo.jp/watch/sm21777409

【 ★「いいから黙って俺のブラジャーをつけやがれ」作品の、歌入り動画UP場所です ↑: 4分44秒 】


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