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64.  悪ィ 待たせた



 薫が発した起動用単語(ワード)により、サクラはすぐに目覚めた。


『 Myマスター!? 』


 今回は専属操作者(マスター)が自分の正面にいてくれたことに、サクラは安堵の光をその身に何度も灯して喜びを存分に表す。薫はそんな自分の相棒を手の中にしっかりと握りしめると、「さっきは驚かせちまって悪かったな」と優しい言葉をかけた。


『 マッ、Myマスター!! さっきサクラを触っていたあの禿()げた野獣みたいな男の人は誰ですか!? 』


「野獣ハゲとは言ってくれるじゃねぇかサクラ」


 分厚い下唇を突き出し、相当に不貞腐れた様子の漸次が薫の背後からヌッと顔を覗かせる。



『 キャアアアアッ!? 出たああああああああ!! 』



 漸次に脅えたサクラが脱兎の勢いでボディバッグの中に潜り込む。

 薫はバッグの間口をグイと引き上げ、中に隠れてしまったサクラに、「おいサクラ。怖がんなくてもいいって。このオッサンはお前の傷を直してくれたんだぞ? 出て来てお前もちゃんと礼を言えよ」と促した。

 しかしサクラは主のその命令に激しく抵抗する。


『 イヤです!! またその人に触られるのは耐えられません!! サクラはここにいます!! 』


「どえらく嫌われたもんだなおい」


「わ、(わり)ィ」


「なぁに、気にすんな! 俺の娘もお前に粗相をしちまったし、これでチャラってことにしようぜ? ハゲ茶瓶(チャビン)と言われなかっただけ良しとしておくさ!」


 白い歯を見せ、漸次がグッと親指を立てる。

 今しがたまで不貞腐れていた表情がとっくに消えているところを見ると、元々大して気分は害していなかったようだ。



 琥珀が落とされ、サクラも隠れてしまった Casquette Walk 内にまた束の間の静けさが流れた。

 再び淹れてきた二杯目の茶も飲み干してしまった漸次は、今ふと思い出した、という様子で横に顔を向ける。


「ところでルーキーよ、六万坂の嬢ちゃんをここに呼んでその後どうするつもりだ? お前さんたち、なんだか曰くのありそうな関係みたいだが、まさかその嬢ちゃんと一緒に手に手を取って世界の果てまで逃げるつもりか?」


「…………」


「ここから外の区画(エリア)に逃がしてやるぐらいなら俺らで手伝える。だが嬢ちゃんがここに無理やり連れ戻されたってんなら、またすぐに追っ手がかかるぜ?」


「……あぁ、それは分かってる」


 口をへの字にして大理石の床に視線を落とした薫に、漸次は「なぁ」と軽い調子で呼びかけると自分のスキンヘッドを片手で撫でた。



「お前、もう六万坂の嬢ちゃんを抱いたか?」



「あぁん!? あっ、悪趣味な事聞くんじゃねーよ!! なんでそんなことをあんたに言わなきゃなんねーんだ!?」


 下世話なことを訊かれ、いいようのない不快さが沸き上がった薫はそう吐き捨てる。しかし漸次は憤る薫を意にも介さない様子で淡々と諭した。


「もしまだなら早めに抱いとけ。惚れた女にはすぐに手を出しておいた方がいい。そうしないと後悔することになるぜ。俺みたいにな」


「チッ、オッサンのカビの生えたような恋愛話なんて聞きたくもねぇぜ! 大体あんた今は女房がいるんだろうが! 色ボケしてんじゃねぇよ!」


 ムカつきで更に語気を強めた薫に、漸次は感情を押し殺すような低い声で「とっくの昔に死んだよ」と告げる。


「女房っていうより、女房になるはずだった女、と言ったほうが正しいがな。そいつに惚れて一緒になろうと思ったが、その前に死んじまった。俺なんてよ、そいつを抱くどころか、結局生きてる間に手を握ることすらも出来なかったよ」


「何!?」


 漸次の告白に、薫は驚きで目を見張った。


「ちょ、ちょっと待てよ! じゃあ あのコウってあんたの子どもじゃないのかよ!?」


「あぁ。あいつはその女の忘れ形見だ」


「あんた、自分の子じゃない奴を養子にして育てたのか!?」


「惚れた女の血が入った子どもだ。だからあいつは俺の息子だよ」


 力強くそう断言すると、漸次は不器用に肩を竦める。


「だから俺みたいに後悔しないようによ、惚れた女にはきっちりと唾つけとくんだな。失ってから後悔したって遅いん…」


『 漸次さん! すんません! 今ここに面倒な連中が来ますんで対応お願いしてもいいっスか!? 』


 漸次の話の途中で別の声が重なる。

 店の入り口から飛び込んできた武蔵に、漸次が意外そうな声を上げた。


「なんだ、お前ら しくじっちまったのかよ?」


『 まぁそんなところですね 』


 それを聞いた薫の血相が変わる。


「お前らあいつに会えなかったのかよっ!?」


『 ヒヨッ子は黙ってろっつーの! 今マジでヤベーんだよ! 』


 武蔵は薫の口を封じ、漸次に事の顛末をかいつまんで話し出した。


『 あのネーチャンには比較的簡単に会えたんですが、スケジュールがビッシリで勝手に出歩くことができないらしいんですよ。そんでコウの奴、ならこのまま連れ出しちまおうって思ったらしいんですよね。そこからはあっという間ですよ。ビックリしているネーチャンを抱えて、SPの包囲網を強引に突破してきちまったんですから。一応追っ手を巻くことは出来たんですが、(さら)ったのはコウだってのは当然向こうも分かってるんで、まもなくここに六万坂のSPどもが来ます。うまく追っ払ってくれますかね? 』


 その報告を聞いた漸次が唖然とした様子で呟く。


「あいつ、腹に大ケガしてんのに何ムチャなことやってんだ?」


『 最初はネーチャンと少しだけ外を散歩させてくれとかコウもテキトーなことを言ってたんですが、スケジュールが詰まってるから無理だとか今こうしてわざわざお前に時間を割いてやっただけでもありがたいと思えとか、ネーチャンの腰巾着どもがギャーギャー言い出して、それでコウもブチ切れちまったんです。最後には「あなた達と話している方が時間の無駄です! 樹里お嬢様はいただいていきます!」って叫んでそのままネーチャンを抱きかかえて逃避行を開始しやがりましたからね。あ、ちなみに六万坂内の施設も結構派手にぶっ壊して逃げてます。あとで損害請求がくるかもしれません 』


「あいつもキレると途端に大胆になる奴だからなぁ……。俺、今あまり金ねーんだぞ? 支払いはローンで頼めねぇか聞いてみっか」


『 俺の人造人間(アンドロイド)なんか買うからっスよ! もし六万坂から請求が来ちまったらコウに払わせればいいんじゃないですかね? てめぇの不始末はてめぇで拭かせればいいんですよ。あいつだっていい年こいた大人なんですから 』


 まるで他人事のように事の顛末を報告し終えた武蔵が、薫にファインダを向け、『おいヒヨッ子! 』と荒々しく呼ぶ。


『 テメーは店の奥に隠れてろ! 漸次さんがSPどもを追っ払ったらコウもネーチャン連れてここに戻ってくるからよ! 今は俺の言う事を聞けや! 』


「あ、あぁ分かった!」


 サクラが入ったボディバッグを抱え、薫が店の奥に身を潜めてすぐのことだった。六万坂が雇っているSP数名が店内になだれ込むように入ってくる。

 その内の一人が漸次に向かって一礼した。


「突然失礼いたします。こちらにコウという職人さんがいらっしゃると思うのですが、今はどこにいるのかお分かりでしょうか?」


「あぁ、知ってるぜ。さっき連絡があったよ。うちの息子が六万坂の嬢ちゃんを連れ去っちまったみたいだな」


 漸次のこの言葉にSPたちの表情が変わる。

 全員が同じ表情を見せたことで、「おいおい、お前さんたちそんなに気色ばむなよ!」と、ニヤつく漸次の顔は、すでにこの状況を面白がっているようだ。


「若いモン同士、たまには乳繰り合いたい時もあるんじゃねぇのか? 二時間後には間違いなく嬢ちゃんを返すって言ってるから、今回はうちの息子の不始末(フライング)を大目に見てやってくれよ」


「で、ではお嬢様は……!?」


 SPの一人が呆然とした顔で呟いた。


「ハハハッ、今頃二人でどっかのホテルにでもしけこんでんだろうよ!」


 漸次は硬直しているSPたちをその豪快な声で一網打尽に笑い飛ばした。


「しかたねぇだろ? 若いってのはそういう欲求で生きてるところがあるんだしよ。だからそうあんまり目くじら立てんなって。二時間後には事も済んでるだろうから嬢ちゃんは必ず返させる。この俺が保証するよ。お前ら、SPなら俺の過去の経歴は知ってんだろ?」


 SPの一人が緊張した面持ちで頷き、敬礼をした。


「はいっ、もちろん存じ上げております! 特別任務遂行部隊(タスク・フォース)だったあなたのご高名を知らない者など、我らの仲間の中にはただの一人もおりません!」


「結構だ。なら今は引き取ってくれ。嬢ちゃんは後で必ず届ける」


「わ、分かりました……。では失礼いたします」


「おう、迷惑かけて悪かったな。ご苦労さん」


 SPたちが一斉に店内から出て行くと、奥に隠れていた薫は店の中に飛び出し、逆上した様子で武蔵に食ってかかった。


「おい武蔵! あいつはあのスカした野郎にホテルに連れ込まれてんのか!?」


『 馬鹿かお前!? 今のは漸次さんが咄嗟に作った(フェイク)じゃねぇか! 何マジ切れ一歩手前になってんだよ! いくらネーチャンに会いたいからって頭冷やせやボケ!! 』


「おい武蔵。あいつにすぐ連絡してやれ。これ以上ニワトリルーキーの血管が切れないように、早く嬢ちゃんをここに連れてこいってな。それとさっきの奴らがまだ外で張ってるかもしれねぇから、念のために裏から入るようにとも言っとけ」


『 うーす、了解です! 』


 とりあえずは危機を脱したようだ。

 緊張モードを解いた武蔵は間延びした音声でそう答えると、逃亡中のコウへと連絡を取り始めた。





 武蔵が連絡をしてすぐにコウが戻ってきた。

 どうやら店の近くで気配を潜めていたようだ。


 シスル色のYシャツの腹部分にじんわりと赤い色が滲み出している。


 ── 血だ。


 裏口から樹里を抱えて店内に入ってきたコウは、すでに薫しか見ていない樹里を下に降ろした後、上着の前ボタンを片手でさりげなく止め、開いてしまったその傷口を隠す。



「さぁどうぞ。あなたにお会いするために蕪利にいらしたあの方のところへ行ってあげてください」



 柔らかな物腰でコウが樹里の背中をそっと押した。

 滲む涙でその瞳を揺らしていた樹里は、背中を押されたその瞬間、硬直する魔法が解けたかのように走り出す。



「薫……!!」



 樹里が薫に向かって駆けて来る。


「悪ィ 待たせた」


「薫…っ!!」


 鳶色の長い髪を大きく揺らし、今にも泣き出しそうな顔で自分の元に駆け寄って来る樹里の姿に、薫の胸の中に決して言葉では言い表せない、熱いものがこみ上げてきていた。





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★ http://www.nicovideo.jp/watch/sm21777409

【 ★「いいから黙って俺のブラジャーをつけやがれ」作品の、歌入り動画UP場所です ↑: 4分44秒 】


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