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58.  頼む あんたならそれが出来るはずだ



 ── 12月26日水曜日。


 ボアンジュは定休日だ。

 元気のない可乃子を学校へと送り出し、10月下旬に一度訪れた御子舞(みすまい)区画(エリア)に薫は再び足を運んでいた。長次郎の店へ入ると、あの時と同じように雷太(ライタ)がハスキーボイスで出迎えてくれる。



『 ようこそ 清水長次郎の乳当て工房へ。 廻堂様、お久しぶりです 』



「雷太。そいつに様なんてつけなくてもいい」


 竹の椅子に座り、店内で何やら書き物をしていた長次郎は側に近づいてきた薫を厄介者を見るような視線で見上げる。


「あんたが指定した時間ちょうどに来たぜ爺さん」


「ふん、今回は事前に打診(アポ)を取ってきた事は褒めてやる。……ん? ほう、今日はちゃんと己の半身(はんみ)を連れて来おったか」


 薫の着ている黒のトラックジャケットの肩章(エポレット)に乗っていたサクラを見た長次郎が、満足そうに眼を細めた。


「良い心がけだ。それでいい。昨今の若い職人はエスカルゴをただの計測機械としか見ていない馬鹿者どもが多いが、下着職人である我らにとって、電脳巻尺は人間と同じでまさに己の分身。こやつ等は機械であって機械ではない。それぞれの心の鏡に映したもう一人の自分自身なのだ。(わし)の言っている意味が分かるか薫?」


 長次郎にそう問われ、薫は左の肩口に乗っているサクラに顔を向ける。


「……あぁ、その通りだよ爺さん。今はあんたの言いたい事がよく分かる。こいつはもう一人の俺だ。いや、こんな俺よりも全然立派な奴だぜ」


「ほう……」


 薫のその返答に、長次郎はかなり意外そうな顔で目の前の鶏冠頭の新米職人とパールピンクの電脳巻尺を見る。しかし老齢でたるんだ頬は、嬉しさで更に緩んでいた。


「ふむ、女子(おなご)のエスカルゴなのか。お前なら男の巻尺を選ぶと思ってたがな。その(むすめ)っ子の名はなんと言う?」


「サクラだ」


「ほう、日本の花の名をつけたのか。良い名ではないか。どれサクラ、こっちに来てお前さんの顔を見せてみろ」


 長次郎はサクラに向かってその皺だらけの片手を差し出す。

 しかしサクラは慌てたように肩章の上を素早く移動して薫の首の後ろに隠れると、そこからわずかにファインダを覗かせて長次郎をじっと見ているだけだ。

 そんなサクラの警戒ぶりに、「おい薫、お前の娘っ子は相当な人見知りのようだな」と長次郎が快活な声で笑った。


「おいサクラ。清水の爺さんが来いって言ってんだ。行けよ」


 長次郎の元に行かせようと、薫は首を後ろに回してサクラを急かした。

 しかしサクラはその命令に反してさらに薫の後ろに隠れてしまう。


『 だ、だってサクラはMyマスター以外の男の人に触られたくありません…… 』


 その返事に長次郎はさらにご満悦な表情になった。


「結構結構! その娘、大事にしてやるんだぞ薫。お前には勿体ないほどの出来たエスカルゴだ」


「あぁ分かってるぜ爺さん」


「今時自分の(あるじ)にだけ操を立てるなど泣かせるわい。のう雷太?」


『 ハイMyマスター。私もこのような純粋なエスカルゴは初めて見ました。とても魅力的なお嬢さんだと思います 』


 漆黒(ピュアブラック)のエスカルゴは胸の中にストレートに響いてくるような重厚なハスキーボイスでサクラを見た感想を述べると、空中を軽やかに移動してパールピンクのエスカルゴの側に近づく。


『 サクラさん、初めまして。私は国宝下着職人、清水長次郎のエスカルゴを務める雷太と申します。以後、お見知りおきを 』


 すると喋り方は初期設定(デフォルト)に戻していないのにもかかわらず、サクラは素っ頓狂な片言で雷太に返事をした。


『 ハッ、ハジメマシテ デス!! サクラ デス!! 』


 挙動不審モードになっているサクラに、思わず薫は「……お前何照れてんだ?」と突っ込みを入れた。そして今のやり取りを見ていた長次郎が曲がった背筋をほぼ垂直にまで立て直して大笑いをする。


「はっはっは! サクラ、うちの雷太には惚れんほうがいいぞ? 何せこいつは名うての遊び人だからのう」


 その長次郎の言葉に、雷太がレッドランプの点滅と共に異を唱えた。


『 Myマスター。お言葉ですが、いつ私がプレイボーイになったのでしょうか? 』


「しらばっくれるな雷太。儂が何も知らんと思ってるのか? お主が儂と 女性下着会談(ブラサミット) に度々

出席しとる時、儂の目を盗んでは女子(おなご)のエスカルゴに声を掛け捲っている事は知っとるんじゃぞ?」


 自分の操作者から己の所業をズバリと切り捨てられた雷太は慌てたようにその本体(ボディ)を前傾させ、謝罪した。


『 さ、さすがですMyマスター。ご存知ないとばかり思っておりました 』


「フン、この儂の地獄耳を舐めないことだな。だが雷太、巻尺(おんな)遊びはほどほどにしておけよ。世の中には遊びと本気の区別が出来ん厄介な気質の女子(おなご)も中にはおるものだからな。痛い目に遭ってからでは遅いのだぞ」


『 はっ、肝に銘じておきますMyマスター 』


 そう己を戒めた雷太は、薫の側にスゥッと近づき、『 廻堂様、温かいコーヒーでもお飲みになりますか 』と尋ねた。


「いや要らねぇ。時間がねぇんだ。これから行かなきゃならねぇ所がある」


『 かしこまりました 』


 雷太は一礼すると自分の操作者のところへと戻った。

 長次郎は戻ってきた雷太を愛おしげに撫でながら、薫が乳当て工房を再び訪れた理由を話しだす前に先に釘を刺す。


「オープン記念をやっている間はそれなりに注文があったようだが、今は相変わらず悪戦苦闘しているようだな。今日はまた泣きつきにきたのか? もうお前に手助けしてやれることは無いと前回言うたはずだが?」


 しかし薫はその刺された釘を引き抜いて、長次郎に直訴した。


「爺さん頼む! もう一度だけあんたの力を貸してくれ!」


「駄目だな。18…、いやもう間もなく19になるのか。お前ももう大人だろうが。いつまでも誰かに手を引いてもらえるとは思わないことだ」


「んなことは分かってる! でもどうしてもあんたの力が必要なんだ!」


 薫の剣幕に、身体を横に向けた長次郎は黒目だけを動かす。


「……えらくどシリアスだな。お前らしくなくて気色悪いわ。ま、聞くだけは聞いてやろう。今回は儂に何をしてほしいんだ?」


 薫は告げる。

 この国宝職人になら出来ると思われることを。



蕪利(かぶり)の中に入りたい。あんたの名前で通れるようにしてほしいんだ」



「蕪利だと?」


 また店の経営についての助言や助力を乞うてきたとばかり思っていた長次郎は、薫のその頼みに不思議そうに問い返した。


「なぜあんな鎖国エリアに行きたがる? 儂も国宝級の腕があるばかりに昔はあそこに隔離されとったことがあるが、あんな場所、二度と行きたいとは思わんな。しかしお前がそこに行きたがる訳にはとても興味がある。すべて話せ。場合によっては力を貸してやってもいい」


「あのエリアに連れ去られちまった奴に会いたいんだ」


 薫はかいつまんで状況を説明した。

 すべてを聞き終わった長次郎は思案気な顔で雷太を撫で続けている。


「可乃子が連れて来た家出人に会いに行く、か……。しかしあの六万坂(むつまざか)グループの娘ともなればこれは容易に会える環境ではないぞ薫。あの企業は次元転移装置(DMD)を所持している。儂が仄聞(そくぶん)したところでは、時空事故が起きないよう今は国家警察がDMDを監理しとるらしいから、おそらくは警備のセキュリティも最高レベルだろう。しかも儂は六万坂と付き合いはないから口は利いてやれん」


「いや、蕪利の中に入れればいい。俺にも考えがあるから後は自分でなんとかする」


「ただの徒労に終わるだけだと思うがな……。フン、まぁいいだろう。たとえ無駄と分かっていても足掻かなければ諦める境地にも至らないだろうからな。あの区画に入るだけなら力にはなってやれる」


「マジか爺さん!?」


封鎖門(ゲート)を通る時にこの清水長次郎の名を出せ。おそらく照会で儂に連絡がくると思うから、何を聞かれてもYESで答えておいてやる」


「恩に切るぜ爺さん!!」


「爺さんじゃない。長次郎だと言うとるだろうが。今回の貸しは例の春画の新ヴァージョンで手を打っておくからな」


「おう! 次に来るときに持ってくる!」


 乳当て工房を飛び出した薫の背後で、


『 蕪利区画は特殊な区域です。どうかお気をつけて 廻堂様 』


 と雷太が見送りの言葉をかけた。





 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇





 蕪利区画はそのエリア周囲に強固な防壁が張り巡らされている。

 中に入るためには幾つかある封鎖門の内のいずれかを通らなければならない。

 区画内住人専用のゲートと一般用のゲートは別だ。


 薫は一般用の封鎖門に並び、ゲートを潜り抜けるための手続きを待った。

 自分の前にいた人間は郵便配達人だったため身分証を出すだけですぐに通過を許可されたが、薫には二名の門衛(ゲートキーパー)が付いた。


 右側の筋骨隆々で屈強な門衛は何かあった場合にすぐに相手を取り押さえる鎮圧担当(サプレスチャージ)で、左の普通体型の男は事務処理(オフィスワーク)を行うゲートキーパーのようだ。


 左のゲートキーパーに蕪利の中に入りたい旨を伝える。

 普通体型の門衛は値踏みをするように薫の全身に視線を向け、自身に割り当てられている決められた台詞を機械よりも抑揚の無い口調で問う。


「では身分証明書(IDカード)の提示を。どのようなご用事で蕪利区画に入るのかもお答えください」


「あぁ」


 まずは目の前のゲートキーパー。

 次に屈強なゲートキーパーにマスター・ファンデの資格認可証(ライセンス)をズイと突き出す。

 そして薫は物怖じなど全く無い、堂々とした態度でその理由を答えた。



女性下着請負人(マスター・ファンデ)、廻堂 薫だ。ファンデNO,はBRD_017415。国宝下着職人、清水長次郎の使いで来た。蕪利区画の 『 Casquette(キャスケット) Walk(ウォーク) 』 でマスター・ブラをしているコウって奴に用事がある。ここを通してくれ」




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★ http://www.nicovideo.jp/watch/sm21777409

【 ★「いいから黙って俺のブラジャーをつけやがれ」作品の、歌入り動画UP場所です ↑: 4分44秒 】


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