53. お前ら 揃いも揃って何にハマってやがんだ
12月13日木曜日。
朝の空気は冷え込んでいるが、その分とても澄んでいる。
「お兄ちゃん! 樹里ちゃん! サクラ! 行ってきまーす!」
「おう、気をつけて行けよ」
『 行ってらっしゃいませ可乃子様! 』
「行ってらっしゃい可乃子。忘れ物はない?」
今朝も元気に登校する可乃子を玄関先で見送るのが、現在の廻堂家の新しいルールになっていた。
「大丈夫! 行ってきまーす!」
三つ編みを元気に揺らし、可乃子が走り去ってゆく。
妹を小学校へと送り出し、店を開ける準備を始めようとした薫を、先ほどまで浮かべていた笑顔を消した樹里が呼び止めた。
「薫」
「あ? 何だよ」
「ごめん、ちょっと居間に来てくれるかな」
それだけしか伝えず、いくぶん硬い表情で樹里が先に家の中に入ってゆく。そんな樹里の様子に、サクラが薫の耳元でこそこそと話しかけた。
『 Myマスター、あなたはまた何か樹里様を苛めるような真似をなさいましたね? 前回は蜘蛛でしたから、今回は百足か毛虫辺りをご用意して樹里様の脚をお責めになったのですか? 』
「あぁ!? 勝手に決めつけんじゃねぇ!! 何もしてねーよ!!」
『 昨日は二人っきりで川原にお散歩に出かけたばかりだというのに……。Myマスター、あなたは樹里様のことがお好きなくせに、どうしてもっとご自分のお気持ちに素直にならないのですか? サクラにはあなたのお気持ちが理解不能です 』
「うるせぇ! 余計な世話だっつーの! おいサクラ! んなくだらねぇ事あいつの前で絶対に言うなよ!? 言いやがったら久々に完落ち喰らわしてやっからな!?」
そう厳しく牽制をし、サクラをむんずと掴んで家の中に入る。
あいつの様子がおかしいのは、昨日携帯の動画で親父のあんな映像を見せちまったせいかと心配した薫は、急いで樹里の後を追った。
居間に足を踏み入れ、
「おい、気分でも悪いのか? 具合が悪いなら横になってろよ」
と声をかけた薫の顔面が盛大に強張ったのと、樹里が「これのことなんだけど」と食卓を指さしたのはほぼ同時だった。朝食を片付け終わった食卓の上にうずたかく積まれていたのは薫秘蔵のコレクション。── エロDVDである。
「おま、何勝手に俺のモンに触ってんだよっ!?」
どうやら樹里は薫の部屋にあった淫欲コレクションをすべて持ち出してきたようだ。
樹里は硬い表情で積み上げた猥褻塔の頂上にそっと手を置くと、
「薫。このグロテスク、捨てよう?」
と提案する。
それは決して追い立てるような強い言い方ではなかったが、どう見てもこのタワーを丸ごと全部捨てる気満々である。
「捨てるだと!? なんで捨てなきゃなんねーんだよ!? それは俺んだぞ!?」
自室に隠匿していた秘蔵コレクションを勝手に日の当たる場所に晒された薫は声を荒げた。
当然だ。ここは無断で踏み込まれた己の聖域を守るために身を賭して戦わねばならぬ大事な場面である。すると樹里はその細く整った眉をわずかに寄せ、これ以上ないくらいの正論を説いてくる。
「だって可乃子もこのDVDの存在を知ってるでしょ? 教育によくないと思う」
「何が教育だ!! いいから黙って元に戻しとけっつーの!!」
しかし樹里は柔らかく長い鳶色の髪を左右に揺らし、わずかに憂いのある顔で珍しく薫の命令を拒否してきた。
「ごめんなさい、可乃子を理由にしてしまって。本当は私が嫌なの。薫が他の女の人の裸を見るのはいい気持ちがしないの。だから捨ててほしい……」
「う……」
樹里のその素直な嫉妬に、チクショウ、可愛い所があるじゃねぇかと思わず意志がぐらついた。
だが続けて言われた指摘がこの短気男を激昂させる。
「それに他人の夫婦生活を覗き見するなんてあまり褒められた趣味ではないと思うよ薫」
「バッバカ野郎! 覗き見なんて胸クソ悪い言い方すんじゃねぇ!! それはちゃんと金を出して買った商品だ! 見せるために作ってる作品を観て何が悪い!」
正論には正論で。攻守交替だ。
だが樹里は薫のその正論を受け流し、
「薫、私、このたくさんのパッケージを見て不思議なことに気付いたの。だから私の世間知らずを治すためにも教えてほしい」
と別方向からの攻撃を開始し出した。
「な、なんだよ」
「薫は前にこれに出てくる人たちって夫婦だって言ってたでしょ? なのに、このパッケージには 【 Viva! 100人斬り!! 】 って書いてあって意味が分からないし、こっちは 【 今日もナンパで入り乱れカーニバル! 】 って書いてる。でも夫婦なのに100人とかナンパって何? おかしいと思うんだけど……」
「う、うっせーな! 世間知らずは黙ってろ! 夫婦だって100人でナンパプレイをする時があるんだよ!!」
── もはや言ってる意味が分からない。
「いいから戻せっ! いややっぱ俺が戻すからいいっ! もう触んな!!」
食卓の上に厳かに建設されたこのエロタワーを自力で撤去しようとした薫の手を樹里がそっと押し留める。
細く綺麗な指が自分の無骨な手を触っている。
自分とは明らかに違うその滑らかな肌の感触に、心拍数がまた勝手に上がり始めていた。
「男の人って時々ああいうグロテスクなことをしないとダメなものなんでしょ? ガマンできないものなんでしょ? 薫もそうなの?」
「ぐ……」
薫は口中で言葉にならない唸り声をあげる。
── 可乃子が成人するか、ボアンジュの経営が軌道に乗るまでは樹里とは籍を入れないと半月前に決めた。
だがそれは同時に “ 性交は籍を入れてからするもんだ ” と自分がついた下らない嘘のせいで、樹里に手を出せないという事にもなる。しかしこの先ずっと何年も、同じ屋根の下でこのまま樹里に手を出さずに暮らし続けていくことなど出来るはずも無い。本当ならば今すぐにでもこの場で樹里に手を出したいほどなのだ。
「が、我慢できねぇっつったらどうすんだよ?」
カラカラに乾いた口中を飲み込んだ唾で強引に湿らせて探るように尋ねると、樹里は恥ずかしそうに頬を染めて薫を見上げた。
「私はいいよ、薫がガマンできないのであれば……。だっていつかは君と結婚するんだし、順番がちょっとだけ逆になったと考えればいいことだと思う。それに薫の赤ちゃんもほしいから、グロテスクの回数を上げるためにも先に少し慣れておきたいし」
樹里の言っている事は非常に健気だ。
ただし、間違っても可乃子には聞かせられない内容である。
しかしなぜか妙な胸騒ぎがした薫は樹里をギロリと睨みつけた。
「……おい、さっきの男がガマンできねぇとかいう台詞、何から得た知識だ?」
まさかな、と思いながら念のために確認すると、え、と小首を傾げた樹里から返ってきたのは薫の怒髪天を衝くような答え。
「“ モテる悪女の作り方 ” だけど……」
「なにいぃっ!? バカ野郎ッ!! お前もあれにがっつりハマッてんのかよ!?」
── あの番組の魔力に取りつかれた者がまた一人。
思わず樹里を怒鳴りつけた薫だが、実はこの番組の隠れ信者はまだ残っていた。
『 お言葉ですがMyマスター、あの番組結構面白いですよ? 』
薫の後方でふよふよと浮いていたサクラが口を挟んでくる。
「なにぃ!? お前も観てんのかサクラ!?」
『 ハイ、Myマスター! あなたのご入浴時に樹里様や可乃子様と毎週楽しく観ていますっ!』
「何やってんだテメェらはあああああああっ!!」
今日一番の大音量で廻堂家から薫の怒声が響き渡っていった。
しかしここで空気を読めない電脳巻尺が己の負の真価を存分に発揮してくる。
『 それよりもMyマスター! 樹里様から愛の営みの許可をいただけておめでとうございます! 今夜はお祝いですね! 』
「もうサクラってば……」
頬に手を当て、樹里が恥ずかしがっている。そして控えめだが潤んだような瞳で、薫に思慕の視線をチラチラと送ってきた。
照れ臭さでつい樹里から顔を背けた薫にサクラがまたしても余計なことを進言する。
『 でもMyマスター、夜は可乃子様のお部屋で三人でお休みになっておられますから愛の営みを行うのは難しいのでは? 可乃子様が眠られてからお二人で別のお部屋に移動なさるか、ボアンジュの定休日である水曜日の日中が狙い目だと思います! 』
調子に乗ったサクラに情交の企画まで提案された薫は、鼻の頭を赤らめて「下衆なこと言ってんじゃねぇサクラ!!」と相棒を怒鳴りつけた。
しかしサクラはまったく堪えていない。
廻堂家の女性陣は全員、薫に怒鳴られることに慣れきっているのだ。
『 あ、お二人が営みをなさる時はサクラはちゃんと省電力機能に入りますのでご安心くださいませ! 見ざる言わざる聞かざるに徹しますMyマスター! 』
それを聞いた薫は忌々しげに舌打ちをした。
電脳巻尺の省電力機能はあくまでも自分のエネルギーを極力使用しないようにするというだけなので、周囲の様子は見えているし、聞こえてもいる。
つまり、人間の行動を認識するセンサネットワークや、動きを精密に計測するモーションキャプチャーはセーブモード中でもきちんと動作しているのだ。
それを知っている薫は、この嘘つき巻尺め、あいつとヤる時には絶対にテメェを即行で完落ちさせてやっからな、と心の中で固く決意したのだった。




