35. 男ならてめぇの仕事に気合入れろや
── 9月7日。
ボアンジュの再始動まで残り一日。
店内の片付けやレイアウトもほぼ終わり、準備も最終段階に入っている。
薫は今日も自分の手伝いをしようとしていた樹里を呼びつけ、二時間ばかり外出しているように命令した。
「おい、お前二時間ぐらい外に出てろ。茶を飲んだり買い物でもしてこいよ。ほらこれ使え」
理由が分からない樹里は、渡された紙幣と薫の顔を代わる代わる見る。
「どうして外に出ていなくてはならないのだろう?」
「もうちょいしたら取材が来るんだよ」
頭をがしがしと掻きながらそう答えた薫は心底面倒くさそうな態度を隠そうともしていない。
「取材?」
「あぁ。女性下着縫製協会で今年職人になった奴らを取材してそれをマガジンに載せるんだとよ。で、俺んとこに今日その担当者が来るんだ」
「では私は人払いされているということなのかな?」
「しゃあねぇだろ。お前との関係とか聞かれたら面倒だしよ、二時間ばかし外に出ててくれ」
「未来の妻です、と言えばいいじゃないか」
「い゛っ!? い、言えるかそんなこと!!」
「どうして? だって私たちの関係は隠すようなものではないんだし」
「だからいちいち口答えすんじゃねぇ!! 俺がしろっつったらお前は従ってりゃいいんだよ!」
「だってお店の経営が軌道にのったら薫は私との結婚を考えてくれるんでしょ? なら私がこの場にいてもいいじゃないか。あぁ、ではこうしよう。私は君と将来を誓い合った許婚ということでその取材の方に紹介してほしい」
「バ、バカだろお前!?」
「何度も言わせないでほしい。私は世間知らずだがバカではないと自負していると前にも言ったと思うが?」
そのやり取りを見かねたサクラが、『 Myマスター。差し出がましいようですが、マスター・ファンデたるもの、いつ何時も女性には優しくせねばなりません 』 とたしなめた。
本来は自分を補佐する役目の電脳巻尺に注意されてしまったことにムカついた薫は、今度はサクラを怒鳴りつける。
「うっせぇな!! 黙ってろサクラ!!」
『 しかしMyマスター… 』
「いいんだよサクラ。ありがとう」
自分を庇ってくれたサクラに樹里は笑いかける。
「薫の邪魔になってしまっては私がこの家にいる意味がないからね。薫、言いつけ通りにしばらく外に出てくるよ。二時間でいいのかな?」
「お、おう。悪ぃな」
「いいんだ。これもボアンジュの経営を軌道に乗せるためだよ。では出かけてくる」
樹里が外出し、一人になった薫はザッと店舗内を見渡して取材の人間に見られてマズいようなものは無いかをチェックした。そして大丈夫だなと判断すると、唯一見られてはマズいと思っている物体の隠蔽工作に入る。
「おいサクラ。お前そこに入ってろ」
薫はサクラを呼びつけ、作業台の引き出しを顎でしゃくった。
本体脇のレッドランプを激しく点灯させ、サクラはその命令に異を唱える。
『 Myマスター、あなたのご命令であれば従いますが、なぜサクラがその引き出しの中に入れられなければならないのでしょうか?』
「お前を見られたくねぇからに決まってんだろ」
『 なぜでしょうか? サクラには今のマスターのお言葉の真意が理解出来ません。理由を教えていただけますでしょうか? 』
「だっ、だからよ、お前は女じゃねぇか」
『 サクラが女だとマスターにご不便をおかけすることになるのですか? 』
「不便っつーんじゃなくてよ、とにかく側にいられると困るんだっての」
『 Myマスター。マスターはサクラのレーゾンデートルをきちんとお考え下さってますか?』
「れぞで……、なんだって?」
『 レーゾンデートル。存在理由です。いいですか Myマスター。電脳巻尺はいつも主のすぐお側で待機しているものですよ。ですからサクラがそこに入れられるのはおかしいと思います 』
先ほどの樹里に続いてサクラにも反論を浴びせられた薫がここで完全にキレる。
「サクラ! お前もごちゃごちゃうるせぇんだよ! ったくどいつもこいつも俺に口答えばかりしやがって!! いいからそこに入ってろや!!」
宙に浮いていたサクラをガシリと捕まえると、そのまま引き出しに乱暴に放り込む。強引に閉じ込めたので騒ぎ出すかと警戒したが、予想に反して引き出しの中はシンと静まり返った。
「ど~も~! 廻堂 薫さんはいらっしゃいますかぁ~!?」
店のオートドアが開き、黒のアフロヘアにスモークブルーの細身のスーツを着た、ひょろりとした珍妙な男が現れたのはその隠蔽工作の直後だ。
「俺だ」
今時アフロかよ、と内心で思いながら薫が立ち上がると、その男はすかさず右手を差し出してくる。
「おお! あなたが廻堂 薫さんですね! 今回のFSSの試験で合格した唯一の男性職人!! というか男性のマスター・ファンデ誕生がマジで久々っスからね! 今回の取材はスパークさせていただきますよおお~! よろしくっス!」
「あんたがFSS広報部の人間か?」
差し出された手を嫌々握ると、モヤシ体型のアフロは名刺を片手にハイテンションで自己紹介を始める。
「ご挨拶を飛ばしてしまうとはとんだ失礼をいたしました! 申し遅れましたがワタクシ、FSSの広報部に籍を置く、芝桜 林太郎と申します! FSSに入社して二年目の花の24歳! 雑用はすべて新人に丸投げし、ちょっとは上司に隠れて羽伸ばしができるようになってきたところでございます! どうぞお見知りおきを!」
「騒がしい男だなアンタ」
「そう言わないでくださいよ~! これもすべては次号の広報誌の目玉ページ、【 見よ! 今年のフレッシュなマスター・ファンデの卵たちを!! 】の担当を任されたからです! 与えられた責任の重さに思わず仮病を使いたくなるのを堪え、うぇ~面倒くさいなぁ~と思ったのをひた隠し、テンションを無理やり上げようとしているからっス!」
「バカな事言ってねぇでちゃんと仕事しろよ。そのカラスの巣みたいな頭にだけ気合入れてんじゃねぇのか?」
「おお~! いきなりビシバシと鋭い突っ込みをくれる職人さんですね! さすがは男性のマスター・ファンデ!! FSS期待の超新星っス!! で、薫さん、試験に合格して一ヶ月が経ちましたが今のお気持ちをカマン!!」
「……気安く名前を呼ぶんじゃねぇ。なんなんだアンタは」
「僕はいつもフレンドリーな取材を心がけておりますので!」
ひょろりとした体躯でくねくねと動く芝桜に、薫は次第に苛つき始めてきた。
しかしこのアフロヘアーの軟体動物は、目の前の新人職人がイライラし始めていることに気付いていない。薫が作業台の椅子に座ったのでその向かいの椅子に勝手に腰をかけ、早速インタビューを開始する。
「もう店内のディスプレイもほぼ終わったようですね! おおっこの壁紙……! ブラウンをベースとしたシックな色合いの中にハッとさせる鮮やかなオレンジを時折紛れ込ませることでお客様を心からリラックスをさせつつ、でも完全には気を抜かせない、買う物はちゃんと買っていけよコラ! ……そんな薫さんの鋼のような強い意志が込められている絶妙な壁紙ですね!」
「アホかてめぇ!!」
「アレ、僕の見立て、間違ってましたかね?」
「そんなメッセージは込めてねぇよ!」
「これは失礼いたしました! では薫さんはこれからマスター・ファンデとして女性下着を製作していくわけですが、どのような抱負をお持ちですか? あとブラを作る上でこれだけは譲れないぜ! と言ったポリシーがあれば教えてください!」
「……抱負? 知るかそんなもん。大体そういうもんはてめぇの胸の内にしまっとくもんだ。気安く他人にペラペラ喋るもんじゃねぇだろ」
「ハイイイッ!! そのお言葉、サックリいただきましたあああぁぁ~!!!!」
芝桜が一際大きく叫んだ声が鼓膜を直撃し、薫は眉間に皺を寄せて不快感を露にする。
「うるせぇな てめぇ……!」
「カッコイイっすよ今の!! 薫さんの顔写真の下はその決めゼリフでいかせていただきますんで!」
「なに!? んな小っ恥ずかしいことを載せるんじゃねぇ!!」
「いえいえ、これはもう決定っス! えーとこれでキャッチコピーはオッケーだから……、あ、次はエスカルゴを見せてください! Myエスカルゴちゃんを!」
ギクリとした薫は背筋を伸ばす。
サクラを見られないように作業台の引き出しに放りこんだのに、これでは意味が無い。
「薫さん、僕最近気付いたんですけど、職人さんの性格とは正反対の性格のエスカルゴが皆さんのお手元に支給されていることが多いような気がするんですよね~。真面目なマスターさんにはひょうきんなエスカルゴ、熱血なマスターさんには冷静なエスカルゴ、ってな感じで! まさか事前にFSSが各新米職人の性格を事前に身辺調査していて、わざと真逆の性格のエスカルゴを支給しているわけじゃないと思うんスけど……。で、薫さんのはどれですかね? 見せてください! 薫さんの性格と正反対ならチョー堅物なエスカルゴですかね、やっぱ!」
「どういう意味だそりゃあ!?」
「まぁまぁ、さぁ早く見せてくださいよ! カマン! エスカルゴゥ!!」
渋々薫は引き出しを開けて幽閉状態のサクラを取り出した。
ようやく狭いところから出してもらえたサクラは、嬉しそうにすかさず宙に舞い上がる。
『 Myマスター、こちらはお客さまですか? 』
パールピンクに輝くサクラを見た芝桜はやはり意表をつかれたようだ。
「か、薫さん、このエスカルゴって、女の子、ですよね……?」
「あぁ!? なんか悪いのかよっ!?」
三白眼でギロリと睨みつけられ、芝桜が大いに震え上がる。
「いえいえいえいえ! 薫さんなら渋~い男のエスカルゴだと思っていたんで、ちょいビックリしただけっす! いやぁ~なかなか可愛いエスカルゴをお持ちですね~! はははははははは……。えーと、このプリティベイビーのお名前は?」
「サクラだ」
「おぉ! 僕の名字と一部が同じっスね! なんか急に親近感が湧いてきたっス! でも薫さんのような迫力のある人がこういうキュートなエスカルゴを持つとある意味いいギャップが生まれるかもっスね!」
お世辞を言っても自分への突き刺すような視線が変わらないため、芝桜は慌てて次のインタビューへと移った。
「つ、次はご家族について教えてください! まず家族構成からっス! ご両親の他にご家族はいらっしゃるんですか?」
「……両親は死んだよ。親父は事故でおふくろは病気だ」
「え」
よく声が録れるようにと、薫の方に向けていたペン型ICレコーダーのヘッド部分が急激に下がる。
「す、すんません……。なんか僕、空気読めてなかったっスね……」
「おう、見事なくらいにな」
薫は芝桜に向けていた威嚇の視線を侮蔑の視線に変え、冷たい口調で言い放つ。
「つーか取材すんなら相手の家族構成ぐらいは最低調べておけよ。お前仕事が適当すぎんぞ。やる気あんのかよ?」
「返す言葉もないっス……。では薫さんはお一人に?」
「妹がいる。小学四年生だ」
「そんな小さい妹さんがいるんスか? じゃあ親戚かどこかに預けて……」
「いや、ここで暮らしてる。俺が妹の保護者だ」
「マジっスか!? 俺と同じくらいの年齢なのに偉いっス!」
「あぁ!? お前と同じだと!?」
薫はチッと舌打ちをしながら芝桜に再確認をする。
「おい芝エビ。お前さっき24て言ったよな?」
「芝エビじゃないっス! 花の24歳、芝桜っスよ!」
その抗議を完全に無視し、薫は自分の年齢を告げた。
「俺は18だ」
「えええええええええええええ──!!!!」
芝桜が椅子から立ち上がる。
「まだ18!? なに君、僕より六つも年下なの!?」
「……なんだよ急にタメ口になりやがって。ムカつくなお前……!」
こめかみの血管をくっきりと浮き上がらせ、薫が作業台の椅子からゆらりと立ち上がる。
薫の背後から発する威圧のオーラと鋭い三白眼に上段から睨みつけられた芝桜は再び震え上がった。
「いえいえっ! りりっ、凛々しいお顔立ちですしっ、エラく貫禄あるなぁと思ってたんで、俺より1~2コ上かと思ってたんス!」
「だから取材する相手の年齢程度は調べとけや!!」
「き、気をつけますっ!」
「もういいだろ!? 明日店を開く予定だから忙しいんだよ!」
「そ、そうですね。決めゼリフはしっかりいただきましたし……。おーっと! 興味あるものを発見っス! これはなんのマニュアルですか?」
作業台の隅に張ってあった紙に芝桜が興味を示す。
「あ! これってFSSが出してる会計ソフトの操作手順を書いたマニュアルじゃないスか! このソフト、振替伝票とか試算表とか在庫表とか必要なものが全部入ってるから独立している職人さんは皆さん大抵これを使ってるみたいなんですよね~! おっと! 今ピンときちゃいましたよ! ハハッ、薫さん、もしかしてこれの使い方が分からないんですか? メッチャ簡単なのに」
「うるせぇ! 俺はこういう数字がエンエンと並ぶようなモンが苦手なんだよ!」
「ひいい!! す、すんません! でもこのマニュアル、誰かに書いて貰ったんスか? すごく綺麗な字を書く方ですね~」
「誰に書いてもらおうがテメェに関係ねぇだろうが!!」
「ひいい!! お、仰るとおりっス!!」
「芝エビ! テメェもう帰れや!! 邪魔だ!!」
「わ、分かりましたっ! では来月発行の広報誌、『 Bra LOVE 』をお楽しみに! FSSのサイトからも見られますが、冊子が出来ましたらご自宅にも郵送させていただきますっ! では失礼しましたあああ!」
今回は自分の名前の訂正も忘れ、芝桜が店を飛び出していく。
逃げ去っていくアフロヘアを睨みつけ、薫はふぅぅと口から息を吐くとドサリと作業台の椅子に再び腰を下ろした。
芝桜が逃げ帰った三十分後、外出していた樹里が戻ってくる。
出かけていた時間はきっちり二時間だ。
「薫。取材はどうだった?」
笑顔で尋ねてきた樹里に、薫は至極大真面目な顔で、
「今度来たらたぶんブッ飛ばすな」
とだけ答えた。




