彼の面影
あのとき、私は何も出来なかった。
苦しむあの人を見ていることしか出来なかったのだ。
もちろん、手は尽くした。できる限りのことをした。
それでその時思い知ったのだ。私は壊すことしか出来ないと。直したり、癒したりなんてことは私にはできなかったのだ。
今までそういうことをしてこなかったからわからなかった。
簡単な魔術のはずだった。当代最強と謳われたこの私が出来ないはずが無かった。
なのに私に彼を助けることが出来なかった。
最強といわれることに誇りを持っていたし、最強である自信もあった。
誰も私に勝てはしなかった。
その当時の私は出来ないことはないと思っていたし、実際やろうと思ったことはすべて出来た。
自分の力に驕っていた。
そのときの最低な私と彼は出会った。
どれだけ突き放そうとも、どれだけ罵倒しようとも、彼はいつもニコニコとしていた。
そんな彼に私は意味もなく苛立ち、その苛立ちをぶつけていた。
まるで子供の癇癪だった。
それでも彼は私から離れず、私を受け入れてくれた。
私は彼に惹かれ始めていた。
あれだけのことをしても私を一度も責めず、そばに居てくれた彼に。
そしてあるとき彼は倒れた。
私はすぐに呪いをかけられていることがわかった。
きっと誰かがのろいをかけたのだろう。
私には敵が多いから。
私のせいで彼が苦しんでいる。
私はすぐに解呪をの魔術を使おうとした。
しかし解呪の魔術は成功しなかった。
何度も何度もやってみる。
そして何度も何度も同じ結果だった。
誰かを呪うことは出来ても、誰かの呪いを解呪することはできなかった。
ただ私は見ていることしか出来なかった。
どうやら呪いは強力なもののようで、彼の生命力が急速になくなっているのが分かった。
こんなときでも彼は私に心配させまいと、笑顔だった。
心配ないよって、私に声をかけるのだ。
自分が苦しいはずなのに、私のとばっちりを受けて呪われたのに。
私をニコニコと見てくるのだ。
罵倒して欲しかった。
お前のせいでこうなったんだと、お前が全部悪いんだと。
そう言われたほうがどれだけ楽だったか。
彼が言うのはそんな言葉じゃなく、まるで彼が私に何かしたかのように謝るのだ。
僕の運が悪かったんだ迷惑をかけてごめんね、と。
全部私が悪いのに、彼は責めるどころか私を気遣うのだ。
それがどれだけつらいか。
どれだけ私を殺したくなったか。
彼はそれを察したのか、私に自分の分まで生きてと言ってきた。
どれだけひどい仕打ちなんだろうか。
この傷を背負ったまま生きていけというのか。
ひどい人。
とても優しくて、とてもひどい人。
そして私の大切な人。
彼はそれを言って、満足そうに静かに息を引き取った。
彼のせいで死ぬわけには行かなくなった。
でももう何をするために、何のために生きていけばいいのかわからない。
何かが私の心から抜け落ちたみたいに、私は何をする気も起きなかった。
それでも私はこの場所にはいたくなかった。
彼と過ごしたこの場所には、彼との思い出に溢れていた。
今の私には彼との思い出はただつらいだけ、私の胸に痛みを与えるだけだ。
だから私は旅をすることにした。
この場所から離れたかった。
そして生きる目的を見つけたかった。
旅をすると決めて、私はすぐにここを去った。
世話になった人、友だちには行き先を伝えず、私は忽然と消息を絶った。
世界を見て回った。いろいろな場所に行った。さまざまな人に出会った。
私の魔術でも人を救えることを知った。
時には笑い、時には泣き、時には怒った。
そして人を救い、英雄といわれたこともあった。この私が英雄なんておかしいよね。
だけど、どれだけ世界を見て回っても、どれだけいろいろな場所に行っても、どれだけの人に出会っても私の中から彼が消えることは無かった。
ただの一度も忘れず、ただの一度も後悔しなかった日はない。
それでも世界を旅することによって、私の心の傷は過去のものに出来た。
だから私は帰ってきた。
彼との思い出の場所に。
やっぱり今でも胸は締め付けられる。
でも逃げたあのときの私とはもう違うんだから。
やっと長い長い旅は終わった。
今ただ願うのは、次の生でも彼と一緒に。
魔術の才能も、英雄と呼ばれることも何もいらない。
ただひとえに次も彼のそばにいれることを切に願う。