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「朝斗くん、いらっしゃい、杏ってばまだ寝てるのよ。よかったら起こしてきてくれない?」
それは今日の午前十時、朝斗が一つ年下の幼馴染である杏の家を訪ねた際に、杏の母親から言われた台詞。
なので朝斗は今、杏の部屋の前に立っている。右手に持ったファンシーな柄がプリントされている袋を左手に移し、ノブを握る。
「杏、いるんだろ? 入るぞ」
一応の断りを入れてノブを回し、力をこめようとする。
部屋の中からかたりと小さな音がした。
「……あさ、と……? ……ダメ!」
部屋の主である杏は、扉の外にいるのが朝斗だと認識した瞬間、大きな声を上げた。それから部屋の中から、数センチ開いた扉を閉めようとする力がこもった。
「どうしたんだよ、今起きたばっかなら待つし、髪がぼさぼさならとかしてやるよ、とりあえず開けろ!」
朝斗の口調はどんどんと強くなっていく。何故なら頭の中でこれまで部屋に入れなかった時のことを思い出していたからだ。感情が膨れ上がっていくと、それと並行するように口調が変わる。
どうにかして開けてやろうと朝斗は更に力をこめた。早くしないと杏の親が不審がって来るだろう、それは流石に勘弁願いたいのだ。
何故なら。
「おい、今日お前誕生日だろ!」
今日、四月一日は杏の誕生日だからだ。
「お前の好きなモンブラン買ってきたし、プレゼントだってあるんだから、このまま帰らせんのかよ」
「…………帰って欲しくないけどさぁ……」
弱々しい杏の声。それと共に弱まる力。
朝斗はこれがチャンスだというように、扉を押して、自分の身体を部屋の中に滑りこませた。足音がぺたぺたとしたことから、杏は部屋内のどこかに移動したらしい。
「何で雨戸まで閉め切ってんだ、暑いだろ」
「暑くない。つーか十五になってまで幼馴染に祝ってもらうとかないわ……」
「別にいいだろ。真面目な話すれば、お前俺に甘いんだよ」
「的外れだし、朝斗が私に甘いんだよ」
蚊のなくような声ではあるが、杏の声の調子はいつも通りだ。杏に何があったのか、朝斗には全く分からない。
暗闇に慣れてきた眼をきょろきょろと動かして、扉の正面にある壁にもたれかかっている杏の姿を見つけると、その隣に座った。それから頭に手を置いて、軽く撫でるようにした。
「ぼさぼさだから触んないで」
杏の手が朝斗の手をぞんざいに払った。
「とかしてやるって言っただろ、くしとリボンどこだよ」
「机の上」
ていうかリボンとか最近つけてないや、杏の独り言が朝斗の耳に届く。朝斗は少し慌てた様子で「え、もう黄色とかダメか?」と聞くと、杏は疲れたように笑って「違うって」と言った。
少しの時間、穏やかな空気がそこにはあった。
朝斗の肩が少し重くなる。眼をやれば、杏が朝斗にもたれかかっていて、小さな寝息を立てていた。




