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そのまま

番外編 発表②

作者: こまこま
掲載日:2026/05/20


“うた”

歩いている時に呼ばれるそれは

“手を繋ごう”

の合図



「あ…」

繋いでいた手がクッと引かれて

不意に立ち止まる


視線の先には道端の小さな花


“ええよ”


小さく綻んだ笑顔と共に

しゃがみ込み

スマホを向ける小さな背中。


2人で一緒に歩く

そんな権利を手に入れてから

初めて知った

彼女の小さな趣味






“うた”


歩きながら呼ぶ。


すると、

少し遅れてこっちを見る。



その顔を見るたび、

あぁ今日もおる、と思う。




手を差し出す。


詩は一瞬だけ周りを見て、

それから遠慮がちに指を重ねてくる。


最初の頃より、

ちゃんと握ってくれるようになった。


それだけの変化が、

嬉しくて仕方ない。




並んで歩く。


別に特別なことはしてない。



メシ食って、

適当に喋って、

ただ歩いてるだけ。


なのに、

なんでこんな満たされるんやろなと思う。




ふと、

隣の足が少しだけ遅くなる。


見ると、

詩の視線が道端に落ちていた。


小さい花。


名前も分からんようなやつ。


詩は一瞬だけ見て、

何も言わずに歩き出した。


でも。


また少し先で、

別の花を見る。


コンビニ前でも。

植え込みでも。


視線だけ、

ふわっと止まる。




(……なんやろ)


最初は思った。


でも何回か見てるうちに、

気づく。



あぁ、

好きなんや。



写真。

撮りたいんや。



でも、

言わへん。


“待たせるから”

とか、

“興味ないやろうから”

とか、

たぶんそんなん考えてる。



ほんま、

そういうとこやぞ、と思う。




くい、と手を引く。


「え?」


振り返った詩の顔。


そのまま、

さっき通り過ぎた花を指さす。


「撮らんでええの?」




一瞬、

詩の目が止まる。


分かりやすすぎる。



「……なんで?」


「ずっと見とるやん」


そう言うと、

困ったみたいに笑う。



「いや、でも……」


“いい”

って言う前に分かった。


遠慮してる顔やった。



「ええよ」


手を離す。


「待っとる」


それだけ言うと、

詩はちょっとだけ迷ってからしゃがみ込んだ。



スマホを向ける背中。



風で揺れる髪。



なんか、

その後ろ姿見てるだけで、

妙に満足する。




自分でも意味分からん。


昔の俺、

こんなん絶対待ってへん。


花なんか興味ないし、

写真とかもっと分からん。


目的地向かって歩くだけやった。




でも今は。


しゃがみこんでる詩見ながら、

「かわいい花やな」とか普通に思ってる。


……いや、

花ちゃうな。


たぶん、

嬉しそうな詩見てるんが好きなんや。




カシャ、って音。


詩が立ち上がろうとする。


なんとなく、

そのまま横にしゃがみこんだ。



「どれ?」


スマホを覗き込む。


小さい白い花。


「うわ、よう見つけるなこんなん」


「……楽しいよ」


ぽつりと返ってくる。


その声が、

思ったより柔らかくて。


あぁ、

好きなんやなって分かる。




こういう時間。


誰にも急かされへん時間。


安心して立ち止まれる時間。





「昂汰さん、花興味あったっけ」


「ないで」


即答。


詩が吹き出す。




でもほんまや。


ない。

今でも別に詳しくない。


名前も知らん。


けど。


「最近ちょっと分かる」



そう言いながら、

スマホ越しに花を見る。



「うたが嬉しそうやから」


言ったあとで、

詩が固まる。


耳が赤い。


分かりやすすぎる。




「……なにそれ」


「なんなんやろな」



自分でも分からん。


でも、

ほんまにそうやった。



興味なかったもんが、

気づいたら大事になってる。


詩が好きなもんを、

自分も見たいと思ってる。



そんな自分に、

一番びっくりしてるんは、

たぶん俺やった。






結婚発表から数日後。


大きな騒ぎは少し落ち着き始めていた。


熱愛スクープではなく、

正式発表。


会見も無し。

派手な演出も無し。


だからこそ逆に、

世間は“相手”に興味を持ち始めていた。


そんな中で出た、

小さな追い記事。




『早瀬昂汰夫妻 オフの日常をキャッチ』


見出しは控えめ。


けれど、

掲載された写真があまりにも穏やかだった。




住宅街。


並んで歩く二人。


特別派手な格好でもない。


ただ、

自然に手を繋いでいる。




そして次の写真。


道端にしゃがみ込む彼女。


その隣で、

同じようにしゃがみ込む早瀬。


視線の先には、

小さな白い花。




記事にはこう書かれていた。


《彼女が道端の花をスマホで撮影すると、早瀬選手も隣にしゃがみ込み、写真を覗き込んでいた》


《時折笑い合いながら、しばらくその場を動かない様子も見られた》


《周囲を過剰に警戒する様子はなく、ごく自然体な“夫婦の空気”が印象的だった》


さらに小さく、

こんな一文。


《関係者によると、妻は元球団関係者。

以前からチーム内でも親しまれた存在だったという》



煽りもない。

暴露もない。


ただ、

“静かな日常”だけが書かれていた。



SNSの反応も、

いつもと少し違った。


《なんか普通に幸せそう》

《花見てるのかわいすぎる》

《奥さんのこと好きなの伝わる》

《意外、早瀬、こんな顔するんだ》

《めちゃくちゃ穏やかな夫婦》

《追いかけ回した記事なのに癒されるの何》





ロッカールーム。


朝から妙に空気がざわついていた。


「…はよ」


普通に入ってきた昂汰に、

数人が一斉に顔を上げる。



沈黙。


そして。


「……昂汰さん」


「なんや」




ニヤニヤ。


めちゃくちゃニヤニヤ。


「見ました?」


「何を」


誰かが無言でスマホを差し出す。


そこには例の週刊誌記事。




《早瀬昂汰、“新妻との穏やかすぎる休日”》

《道端の花を一緒に撮る姿に反響》


昂汰、固まる。


「……は?」


スマホを取り上げる。




載ってる。


めちゃくちゃ載ってる。


手繋いでる。

しゃがんでる。

一緒にスマホ覗いてる。


しかも。


写真の角度がやたら優しい。


完全に、

“仲良し夫婦特集”みたいになってる。





「いや待て待て待て」


昂汰が珍しく本気で焦る。


後ろから若手が覗き込む。


「あ、これ花見てるやつっすよね?」

「かわい〜」

「昂汰さんこんな顔するんすね」


「どんな顔や」


「めっちゃ優しいっす」


即答。


ベテラン組、爆笑。


「うわほんまや」

「こんなデレた顔初めて見たわ」


「うるさい」


即座に返すけど、

耳がちょっと赤い。


さらに別の若手。


「てかこれ、ガチで普通のデートやないですか」

「週刊誌感ゼロっす」

「むしろ癒し記事」


「コメント欄も平和っすよ」


《奥さん幸せそうでよかった》

《早瀬選手こんな穏やかな顔するんだ》

《待ってあげてるの優しい》

《普通に理想の夫婦》





「…………」


黙る昂汰。


その反応見て、

みんな余計に笑う。


「昂汰さん」

「なんや」


「“ええよ、待っとる”って言ったんすか?」


「っ、は!?!?」


空気爆発。


「言ったんだ!!」

「マジか!!」

「うわぁ!!」

「記事ほんまやったんや!!」


「いや違っ……」


否定しかけて止まる。




覚えてる。


普通に言った。


なんなら、

もっと自然に言ってた。


「……っ」


顔を覆う。




ベテランが肩震わせながら言う。


「お前さぁ」

「こんなん撮られてよう恥ずかしないな」


「恥ずかしいわ!!」


即答。


ロッカールーム大爆笑。




その隣で、

若手がしみじみ言う。


「でもなんかいいっすね」

「なにがや」


「昂汰さんが普通に幸せそうなん」



一瞬だけ、

空気が静かになる。


昂汰はタオルをロッカーに放り込みながら、

小さく息を吐く。


「……まぁ」


少しだけ笑う。



「幸せやからな」


「うわーーーー!!!」


再び大騒ぎ。


「認めた!!」

「今日記念日っす!!」

「録音した!?」


「してへんわ!!」


飛んできたタオルを避けながら、

ロッカールームは朝から大荒れだった。







自宅。


帰宅した昂汰に記事を見せられた詩は、

静かにフリーズしていた。


「……なんでこんな細かく見られてるの」


昂汰は隣で笑う。


「よう見とるよなぁ」


「“しばらくその場を動かなかった”って何……」


「動いてへんかったんやろ」


「そうだけど……!」


昂汰がスマホを覗き込む。


写真。


しゃがみ込んでる詩。

その横で笑ってる自分。


少しだけ目を細める。


「……なんかええな」


ぽつり。


詩が止まる。


「何が」


「いや」

「普通に幸せそう」


あまりにも自然に言われて、

詩が固まる。


数秒後。


「……昂汰さん…」


「ほんまのことやし」


その返しに、

また何も言えなくなる。


結局。


記事より何より、

本人が一番“満たされた顔”してるのが、

一番どうしようもなかった。

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