ご馳走はフライドチキンだけに非ず
あー、もうすぐ結婚記念日か。どうしようかな、今年のメニュー。外食もいいが、最近お互い仕事でバタバタしてたし、家でゆっくり美味しいものを食べたいよな。せっかくなら、普段の照り焼きとか唐揚げじゃなくて、食卓に出した瞬間に『おっ、今日は気合入ってるね!』って言われるような、ちょっと特別な鶏肉料理が良い。ご馳走料理といえばステーキやすき焼きなんかの牛肉を一般的には想像するだろうが、妻は鶏肉を好んで食べるから、うちでは記念日に出る料理に鶏肉をよく使うのだ。
ローストチキンはクリスマスっぽいし、コンフィはハードルが高いよな。フライドチキンは買ってくれば揚げ物の面倒はないがちょっと脂っこい。ジャンクな旨さは確かにあるけれど。レパートリーが少ないのをどうにかしたいところだ。よし、MYTUBEでレシピを探してみよう。
『鶏肉 レシピ』……と。お、この動画、サムネイルがすごいな。【特別な日に!簡単骨付き鶏の煮付け】。皿に乗った骨付き鶏は色が濃くて、いかにも味が染みてそうだ。今までの結婚記念日には妻が作る具沢山のシチューとか、俺が作るチキンピカタとかの洋食が多かった。趣向を変えて和食でも良いかもしれない。再生回数は71回、投稿されたのは先週。よし、これを見てみよう。
再生すると、明るい曲調のBGMと男女の挨拶。画面に映っているのは大きな骨付き鶏のパックだ。顔出ししない感じなんだな。店の名前なんかが書いてあるバーコードのシールは、モザイクを入れている。
「こんにちは!デコです!」
「こんにちは。トオルです」
「始まりました『デコとトオルちゃんねる』!もう6回目なの〜!?」
「光陰矢の如し。今回はデコちゃんのお母さん直伝レシピ!骨付き鶏の煮付けを作っていきます」
「がっつり食べ応えのある豪華な一品!作るのは簡単だけど手抜きではない、そんなご馳走料理で〜す!」
簡単で手抜きではない、素晴らしい言葉だ。お母さん直伝ということは家族ぐるみの付き合いなのだろう。カップルかもしれない。
「洋風な鶏料理だとローストチキンとかフライドチキンのイメージだけど」
「ノンノン、トオルぴぴよ。ローストチキンは凄く面倒な処理と工程があるからデコちゃんは作りたくないでち!それにカンザスフライドチキンは美味しいけど、スパイスと油で胸焼けしませんこと?てな訳であっさり煮付け!」
「確かに油分が少なくて食べやすいかも。楽しみだね」
凄く分かるぞ!カンザスフライドチキンはジューシーで肉質もしっかりしているが、こってりしてるのがこの歳になるとなあ……。若い頃はあれが最高だと思ってたもんだ。しかしデコちゃんの喋り方?口調?ちょっと変だな。面白いけど。
「ほろほろお肉の滋味深い煮付け、サイコーだよねッ!」
「デコちゃんが一昨日急に『骨付き鶏食べる。絶対にだ。』と真顔になってたのでやる気に満ち満ちてますね」
「一言多いよお!それでは!」
「「行ってみよ!」」
♪«デコとトオル»
というジングルが流れ、醤油とはちみつのボトルが映った。これを使うのか?BGMがジャズピアノになり、映像も変わる。キッチンの作業台に材料が並んでいる。
「材料こちらです」
お、【骨付き鶏もも肉4つ、酒180ml、醤油60ml、砂糖大さじ2、鷹の爪1本、はちみつ大さじ2】とテロップが出た。肉は贅沢に4つも使うのか。
「大さじで換算するとお酒は大さじ12、醤油は大さじ6!砂糖はキビ糖でも良いけれど、はちみつの風味を損なわない為に今回は使いませ〜ん!」
「ちなみにおたまで換算すると酒はおたま3杯、醤油はおたま1つ半です。はちみつは水飴でも代用可能です」
「水飴使う場合はコクが足りないから、砂糖をキビ糖やザラメ、三温糖にしてちょ〜だい!」
砂糖の使い分けにそんな意図があるんだなあ。今まで料理は妻と分担してきたので経験はそれなりだが、未だに知らないことも多いと実感する。
「まず下ごしらえ!お肉の大きさを全部同じくらいに揃える!皮とか脂肪、肉の部分も『ここちょっと大きいな?』と思ったら切ってOK!」
「僕は鷹の爪に切れ込みを入れて種を全部出しておくよ。デコちゃん、切り落としたお肉の半端はどうするの?」
「かなりお肉の切れっ端が出来た場合はネギと一緒に炒めて串に刺さない焼き鳥風とか?タレはすき焼きのタレ入れちゃえば味決まりますの!あとはお出汁で煮て卵とじして親子丼とか〜」
「イイね。丸ごと余さずいただきましょう」
「そしたらば!骨に沿って包丁を入れま〜す!味しみとちゃんと火が通るようにッ!」
なるほど、この工程は面倒くさがっちゃダメだな。しっかり覚えておこう。
「お肉の下処理です。底の広い鍋にお湯を沸かして、沸騰したら火を弱火に」
「そこに形を整えた鶏肉をなるべく重ならないように入れて、蓋をして3分!そのあと蓋とってお肉の上下を返します!」
「追加で2分下茹でしたらお湯を捨てて、ちょっと冷めるまで蓋をして放置です。余熱が大事なんだよね」
「そう!臭みと煮汁の濁りを解消する単純だけど大事なテクニックなのさあ!」
臭みが消えて、煮汁が濁らずに澄んだ仕上がりになるってとても大事じゃないか!確かにお祝いの料理が臭くて濁ってたら悲しいもんな。よし、このひと手間は絶対抜かないぞ。ひとつひとつは簡単な作業でも、丁寧にすれば立派な料理が出来上がる……俺でも分かりやすい解説が有難い。
「粗熱の取れた鶏肉はお鍋から一旦避けて、煮汁を作っていくのぜ!」
「酒、醤油、砂糖を合わせ、鍋で煮立たせます。そこに先ほど種を抜いた鷹の爪を入れ鶏肉を敷き詰めるように入れます」
「お水を注いで煮汁の量を調整〜!お肉の8分目くらいにしてしっかり煮ましょう!」
酒、醤油、砂糖……。この香りが部屋に充満するのを想像しただけで、もうお腹が空いてきた。甘辛い王道の煮物って感じだな。
「煮汁が沸いたらあ・じ・み!しょっぱいより甘いが強いくらいでSO GOOD!」
「鶏肉の上下を返して鍋を揺すり、しっかり煮汁とお肉を馴染ませます。ここで落とし蓋をします」
「落とし蓋持ってないのでクッキングシートで代用だじぇ!クッキングシートを正方形に切ってから長方形になるように半分に折って、中心をハサミでちょきん!切れ目が丁度十字になるように、一度開いて90度回し、同じように長方形に折って中心をちょきんと切りまあす!」
「鍋の中に収まるようにクッキングシートの外周を丸く切ったら落とし蓋の出来上がりです」
こんなに簡単に落とし蓋が出来るのか。うちも落とし蓋はなかったから助かる情報だ。それにしてもデコちゃんはずっとテンションが高い。トオルくんとの温度差激しくないか?
「お肉に落とし蓋をしてさらに蓋をしますよう!ちょい強めの弱火で!」
「焦がさないように30分煮込みます」
「はい30分経つまでカット!今回はトオルちゃんがやって!」
「ええ、仕方ないなあ……」
「カットカット、カットでーす」という棒読みの歌が挟まり、次に映し出されたのは落とし蓋を取った骨付き鶏。香ばしい醤油の香りがしそうな茶色に染まっている。ウッ、口の中で唾液がじゅわっと……!
「じゃじゃじゃ~ん!30分経ったら落とし蓋を取って、ここで満を辞してのはちみつ!味に深みが出るしツヤツヤの照りも出てワンランクアップのお肉になっちゃうよん!」
「落とし蓋と蓋を戻して弱火で10分です。」
「10分後に火を止めて少し冷ましま〜す!」
煮物は冷めるときに味が染みるからなあ。冷ますのも料理のうちか。
「完成です。煮汁もちょっととろっとして、澄んだ綺麗な見た目となっております」
「はちみつぱぅわーで照りが眩しいね!」
鍋の中身が映し出された。鶏の脂と調味料が一体化して、深みのある輝きになっている。これだよ、これ!この照りに惹かれたんだ。
サムネイルにあったのと同じ、青い大皿に2つの骨付き鶏が美しく盛られている映像に切り替わる。やはり大きさもあって迫力がすごいなあ。お皿に盛られた骨付き鶏の存在感が半端ない。
「さて実食です。いただきます」
「いただきま〜す!個人的には手掴みでむしゃっといきたいところだけどお!お行儀よくお箸で骨離れの良さとしっとりじゅわじゅわなお肉ちゃんをアップで撮りたいと思いますん!」
デコちゃんが箸で身を解くと、骨からスルッと外れてほろりと崩れる。そのまま箸が解した肉を運ぶ。
「あ゙〜ッこれだよこれですう!お〜いし〜い!じんわりと日本人の心に染みるお肉を噛み締める喜び……!」
「これはとても良いものだ……デコちゃんのお母さん天才だね……」
「柔らかくてそれでいて弾力はむっちりと!」
「皮は付いてますが脂っぽさを感じない黄金比の旨味と香り。花丸100点すぎる」
「撮影終わったらお母さんにありがとうってメッセージ送っとくね〜!」
「レシピを簡単にまとめたものを概要欄に掲載しておきます。ここまでご視聴頂きありがとうございました!」
「デコとトオルでした〜!」
«チャンネル登録し・て・ねッ!»
といううきうきしたデコちゃんの声で動画が終了した。
このレシピなら妻も絶対に喜んでくれるはずだ。イメージトレーニングは完璧!明日はちょっと良いお肉屋さんに行って、立派な骨付きもも肉を買ってこよう。あとは日本酒で熱燗かな。よし、最高の結婚記念日にするぞ。まずは、買い物リストを作るところから始めようか。ついでにポチッと。
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