煮込みたいハンバーグ
おっと、動画を開いてしまった。反射的に一時停止をタップする。ここ数日ずっとハンバーグが食べたくて300gパックの合い挽き肉を買ってしまい、帰宅してから出来合いのレトルトハンバーグでも買えばすぐ食べられたのに……と頭を抱えたが後の祭りである。どうせなら美味しいハンバーグを作りたいので『ハンバーグ レシピ』でMYTUBE検索していたのだが、スクロールしていたときに誤タップしたらしい。1週間前に投稿されたものだ。再生回数は49回。綺麗に磨かれたIHコンロにスマホと小さめの三脚がぼんやり映っている。顔出ししないタイプか。せっかく開いたしとりあえず聴いてみよう、と画面を縮小して他のレシピ動画を漁りながら動画を再生した。
「さて始まりました『デコとトオルちゃんねる』。トオルっぴはまだ撮影に慣れてない感じですが私は全然緊張しなくなっちゃったね!ということで第3回です」
「デコちゃんは初めから緊張なんてしてなくない……?」
「そんなことござんせんし〜!こちとらか弱い乙女ちゃんですわよ。で、今回冷凍保存されたトマトジュースのストックがあるのだわ」
「合い挽き肉、玉ねぎ、パン粉と卵あります」
「てな訳でトマトの煮込みハンバーグ!ガッツリお鍋で煮る訳じゃないけど!玉ねぎ切る以外の調理器具はフライパンだけ、洗い物少なくて楽チンなのですよ!ですよ〜!」
「何で2回言ったの?それはそれとして鍋敷きにフライパンごと置いちゃえば、それだけで調理も食卓に並べるのもオッケー。それじゃあ……」
「「行ってみよ!」」
フライパンだけ、洗い物が少ないという魅力的な響きに、思わず画面を拡大して見ることにした。
♪«デコとトオル»
というジングルが合い挽き肉のパックを映しながら流れる。
ポップなBGMが切り替えられ、ジャズピアノが零れるように音を紡ぐ。場面の切り替える際に違う音楽を使うのは分かりやすいな、と思った。
「材料こちらです!」
デコちゃん、という女性が言うとテロップが【ハンバーグ4個分。牛豚合い挽き肉400g、玉ねぎ2分の1、卵1個、パン粉カップ2分の1、塩コショウ少々】【トマトソース。トマトジュース180g、ケチャップ大さじ3、お酢大さじ1、醤油大さじ1、砂糖大さじ1、赤ワイン大さじ3、玉ねぎ2分の1、インスタントオニオンスープの素1袋(コンソメで代用可)】と表示される。4個分で挽き肉400g。なかなかボリューミーだぞ、100gのハンバーグは!
「アレルゲンチェックです。パン粉を使うので小麦アレルギーはNG。卵も使います。オニオンスープの素にチキンブイヨン入ってるのでチキンブイヨン駄目な方も注意してください。コンソメも同様です」
「まあつなぎ無くてもハンバーグ作れるので、アレルギーの方はお肉と玉ねぎと塩コショウこねこねするだけでダイジョーブ!ちょっとボソボソになりやすいけどもアレルギーはね……仕方ないから……もっと良いアレルゲンフリーレシピは多分ネットにあるよッ!合い挽き肉は400gよりちょっと少なくてもモーマンタイなのさ。作りやすい分量で!」
ふむふむ。俺の買った300gの挽き肉でも大丈夫ということか。作りやすい分量、料理をするときにこの言葉は素晴らしく感じるのだから不思議である。お菓子作りは分量キッチリ計らないといけないから敬遠してしまうが、ざっくりしたレシピは料理に慣れていれば扱いやすい。
「うちにあるフライパンが大きいのでお肉をたっぷり使って作ります。玉ねぎ少なめだからお肉の味をしっかり感じられる一品です。ソースは濃いトマトの旨味でジューシーに仕上げます」
「何でトマトジュースが180gかというとねッ!市販の大きいボトルのトマトジュースから大体4等分した分量だからで〜す!コップに密閉保存袋を入れて広げたところにジュースを計りながら注いで、空気抜いて平らに冷凍すればとっても使いやすいのだ!トマトジュースが無ければトマト缶をソースに使うのもアリ!ホールトマトは潰さないといけないのでカットトマトの缶詰めをオススメしま〜す!お酢とお醤油無しにしてケチャップドバドバのソースにしてもヨシ!ただし塩分には気を付けて〜!」
ジュースは無いがトマト缶ならあったはず。赤ワインは飲み残しがあるからそれを使えばイケそうだ。
それにしても『うちにある』……?この2人は同棲カップルなのだろうか。
「まず下ごしらえです。冷凍してあったトマトジュースはデコちゃんが常温に解凍してくれています。他の材料も計量済み。玉ねぎはハンバーグ用とトマトソース用で分けてテロップを出しますが、両方みじん切りなので一度にやってしまいましょう」
「みじん切りできたら耐熱容器に入れてレンジへGO!ふんわりラップして600Wで1分〜!」
「程よく歯応えあるくらいを目指します」
「半分ずつに分けて冷ましましょう!」
映像は玉ねぎをみじん切りにして耐熱容器に入れラップをした状態だ。工程が簡単なので編集して声を当てているらしい。
「はい冷めました〜!編集と書いて魔法と読む!」
「フライパンに挽き肉と卵とパン粉、冷めた玉ねぎ、塩コショウ少々を入れてフライパンの中で捏ねます。この時挽き肉は冷蔵庫から出したすぐを使ってください。冷たいお肉だと捏ね作業の際に手の熱で脂が溶け出すのを防ぐことが出来ます」
「シリコンのヘラで捏ねても良いんだけど結局成形するときに手で丸めざるを得ないので最初から手で!汚したくないからニトリル手袋して捏ねま〜す!」
「僕はフライパンで捏ねるのに慣れてないのでデコちゃんに頑張って貰います。力加減難しいよねそれ……」
「フライパンで捏ねるとお肉がはみ出しちゃうトオルくんには今度買い物で荷物持ちして貰いますう〜!」
「わざわざ言わないでよ〜!了解了解」
カメラが再びIHコンロに移動している。手袋をした右手が卵、パン粉、玉ねぎと合い挽き肉をしっかりと捏ねている。左手はフライパンを握っているのだろう、フライパンはボウルより浅くて捏ねるのは難しそうだ。でも洗い物を減らす為なら俺もやってみようか。
ちょっとした言い合いも等身大の人間って感じで面白い。『テロップを出します』と言っていたあたり動画を編集しているのはトオルくんだろう。揶揄われてもデコちゃんの発言をカットしないのだからとても仲が良いカップルだ。本当に付き合っているかはまだ分からないが。
「ちょっと粘り気出てきたね!これを4等分にして、丸めま〜す!」
「ちゃんと手の中でパンパン叩いて空気を抜きましょう。平たくしたら中央を軽く押して窪ませます」
「ハンバーグのタネ成形するときいっつも考えてることあるのよね〜」
「え〜何?」
「窪ませるとき猫ちゃんの肉球でぷにっと押したらメチャ可愛いハンバーグになるのでは、と……」
「デコちゃん天才だよ。それは可愛すぎる」
肉球印のハンバーグだと?想像したらとんでもなくキュートだ。小さい子どもや女の子に受けそうである。そういう調理器具は無いのだろうか?Savanna(サバンナ。ネット通販サイト)で探したらあるんじゃないかと思う。
「4つ成形出来たらそのままフライパンで焼いちゃいます!テフロンが無事なら油無しでOK〜!」
「中火で両面に焼き目が付くまで焼きましょう。最後にトマトソースで軽く煮るので、ここで完全に火を通すと脂が抜けてボソボソになってしまいます」
「せっかくのハンバーグが崩れると悲しいので火入れは気を付けてくださ〜い!」
じうじう、と肉が焼ける音が加熱中のハンバーグの映像と共に流れる。夕飯は食べたのになんとなく空腹を感じて、スマホを持ったままキッチンに行き水を飲んだ。美味そうな焼き目。
「両面焼けたらフライ返しに乗っけて〜、えい!」
「一度お皿に取り出しても良いのですが、デコちゃんは横着をして2つのハンバーグの上にハンバーグを1つずつ重ねてスペースを作っています」
「真似しないでね〜!いつもの癖でやっちゃった!恥ずかし恥ずかし」
照れているのかデコちゃんと思わしき両手が✕を作っている。キッチンに立ったまま思わず笑ってしまった。
「空いたスペースにトマトジュースと玉ねぎ、残りの調味料を全部入れます。スープの素はこれらがグツグツしてから入れましょう。溶けやすいので」
「重ねてたハンバーグを戻して、フライパンに蓋をします!」
「2分くらい中弱火で温めて、ハンバーグをひっくり返してソースを絡めましょう」
「そしたらば〜!」
「「完成〜!」」
映像が切り替わる。トマトジュースの真っ赤な色が醤油やワインによって落ち着いた色味になり、砂糖によって照りの出た見事なハンバーグが2つ皿に乗っている。彩りにブロッコリーが添えられていた。
「いざ実食!いただきま〜す……うわうわうわお箸で割ったら肉汁が〜!」
「いただきます。……んん、お肉の旨味がトマトソースと最高のマリアージュ……ソースが濃いめだからハンバーグの味付けは塩コショウだけで正解ですね。うちに無いから入れなかったけどナツメグ入れても良いと思います」
「だってほとんど使わないんだから無くたっていいじゃんね〜!好きな方は適量入れてみそ!」
「レシピを簡単にまとめたものを概要欄に掲載しておきます。ここまでご視聴頂きありがとうございました!」
「デコとトオルでした〜!」
«チャンネル登録し・て・ねッ!»と弾んだデコちゃんの声で動画が終了した。もうこのレシピで良いんじゃないか?最後までキッチリ動画を見てしまったことだし。それにこの2人を気に入ってしまった!早速明日ハンバーグを作ろう。概要欄のレシピをスクショして、ふとチャンネル登録者数を見る。18人。タップして数字が19に変わったのを見届け、さて寝るかとあくびをした。
後日『肉球 調理器具』で検索しても肉球ハンバーグに出来そうなものは見つからなかった。




