物価戦記(ぶっか せんき)
――この物価高は、いずれ日本の暗黒史に載るだろう。
かつて(数年前)までは、卵10個入りが1パック百円ほどで買えたことを、いったいどれだけの人が覚えているのだろうか。
過去に思いを馳せながら、スーパーの広告を握りしめ、彼の者は戦地(近所のスーパーマーケット)に立っていた。
赤ペンで丸印をつけた箇所には、『特売』の表記があるものの、二百円台に突入した卵10個入りパックの写真がある。
開店時刻を迎えるなり、自動ドアのまえに並んでいた他の戦士たちが店内になだれ込んだ。
彼ら彼女らの向かう先は、奥にある卵コーナー。
値段の印刷されたポップのついた商品棚へと、「ほんと高くなったわねえ」や「まえまでこんな価格とちゃうかったやん」と苦渋のにじむ鬨の声をあげて、小走り気味に突進する。
「すんません、すんません」と腰低く人のあいだをぬって、標的(タマゴ)を手にする一兵卒。
無言でパックを手にしては、「これはダメだ」と棚にもどし、度重なる激戦によって培った慧眼を遺憾なく発揮して、他の兵たちの迷惑もかえりみず、戦果をむさぼる剛の者――狂戦士。
彼の者が辿りついた時、そこには何もなかった。
『完売しました』
の札が、むなしく空をかすめた手の先に、心底もうしわけなさそうな顔をした店員によって、ゆっくりと掛けられる。
彼の者は店をあとにした。
カバンから別の広告を取り出して確認し、屋外に停めてある華奢な鉄の馬(←自転車)にまたがって、きーこーきーこー、ペダルを漕いで、次の戦地を目指す。
誇り高き庶民たちは、こうして今日も戦い、生きぬく糧を得る。
ある者は自分のために。
ある者は、愛する人のために――。
【物価戦記:完】
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