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短編小説

物価戦記(ぶっか せんき)

作者: とり
掲載日:2025/12/13

 


 ――この物価高(ぶっかだか)は、いずれ日本(にほん)の暗黒史(あんこくし)に載るだろう。



 かつて(数年前(すうねんまえ))までは、卵10個入(い)りが1パック百円(えん)ほどで買えたことを、いったいどれだけの人(ひと)が覚えているのだろうか。


 過去に思いを馳(は)せながら、スーパーの広告を握りしめ、彼(か)の者は戦地(せんち)(近所(きんじょ)のスーパーマーケット)に立っていた。


 赤ペンで丸印(まるじるし)をつけた箇所(かしょ)には、『特売』の表記があるものの、二百円(にひゃくえん)台(だい)に突入した卵10個入りパックの写真(しゃしん)がある。


 開店(かいてん)時刻を迎(むか)えるなり、自動ドアのまえに並んでいた他の戦士たちが店内(てんない)になだれ込んだ。


 彼ら彼女らの向かう先は、奥にある卵コーナー。


 値段(ねだん)の印刷(いんさつ)されたポップのついた商品棚(しょうひんだな)へと、「ほんと高くなったわねえ」や「まえまでこんな価格とちゃうかったやん」と苦渋(くじゅう)のにじむ鬨(とき)の声(こえ)をあげて、小走(こばし)り気味に突進(とっしん)する。


 「すんません、すんません」と腰低く人のあいだをぬって、標的(ひょうてき)(タマゴ)を手にする一兵卒(いっぺいそつ)。

 無言(むごん)でパックを手にしては、「これはダメだ」と棚(たな)にもどし、度重(たびかさ)なる激戦(げきせん)によって培(つちか)った慧眼(けいがん)を遺憾(いかん)なく発揮(はっき)して、他の兵(つわもの)たちの迷惑もかえりみず、戦果(せんか)をむさぼる剛(ごう)の者――狂戦士(ベルセルカー)。


 彼(か)の者(もの)が辿(たど)りついた時、そこには何もなかった。


 『完売(かんばい)しました』


 の札(ふだ)が、むなしく空(くう)をかすめた手の先に、心底(しんそこ)もうしわけなさそうな顔をした店員(てんいん)によって、ゆっくりと掛(か)けられる。


 彼(か)の者(もの)は店をあとにした。


 カバンから別の広告を取り出して確認(かくにん)し、屋外(おくがい)に停(と)めてある華奢(きゃしゃ)な鉄(てつ)の馬(←自転車(チャリンコ))にまたがって、きーこーきーこー、ペダルを漕(こ)いで、次の戦地(せんち)を目指す。



 誇(ほこ)り高き庶民(しょみん)たちは、こうして今日も戦い、生きぬく糧(かて)を得(え)る。


 ある者は自分(じぶん)のために。


 ある者は、愛する人(ひと)のために――。





            【物価戦記(ぶっかせんき):完(かん)】







 読んでいただいて、ありがとうございました。


 そして、ご感想(かんそう)を書いてくれたかた、【評価(ひょうか)】(または応援(おうえん))、【ブックマーク】をしてくれたかた、ありがとうございました。



















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― 新着の感想 ―
 今もどこかで経済を動かしてる卵を求めて、胃袋の明日のために戦地を巡る一兵卒のお話、よかったです。
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