物価戦記(2025)
――この物価高は、いずれ日本の暗黒史をかざるだろう――
かつて(数年前)まで、タマゴ10コ入りが1パック100円ほどで買えたことを、いったい誰がおぼえているだろうか。
広告をにぎりしめ、彼の者は過去に思いを馳せながら、戦地(近所のスーパーマーケット)に立っていた。
赤ペンでマル印をつけた場所には、『特売!!』と謳われるものの200円台に突入したタマゴ10コ入りパック……。
開店時刻をむかえるなり、自動ドアのまえに整列していた戦士たちが店内になだれ込む。
彼ら彼女らのむかうさきは、奥にあるタマゴコーナー。
印刷されたポップの掛かった商品棚へと、「ほんと高くなったわねー」や「前までこんな価格ちゃうかったやん」と苦しみのにじむ鬨の声をあげて、小走り気味に突進する。
「すんません、すんません」と腰低く人のあいだをぬって、標的(タマゴ)を手にする一兵卒。
無言でパックを手にしては、「これはダメだ」とばかり棚にもどし、たびかさなる激戦によって培った慧眼を遺憾なく発揮し、ほかの兵たちのメイワクもかえりみず戦果をむさぼる剛の者――狂戦士。
彼の者がたどりついたとき、そこにはなにもなかった。
『完売しました』の札が、むなしく空をかすめた手の先に、心底もうしわけなさそうに、ゆっくりと掛けられる。
彼の者は店をあとにした。
べつの広告をカバンから取り出して確認し、屋外に停めてある華奢な鉄の馬(←自転車)にまたがり、きーこーきーこーペダルをこいで、次なる戦地へと赴く。
誇り高き庶民たちは、こうして今日も戦い、生きぬく糧を得る。
ある者は自分のために。
ある者は、愛する人のために――。
【完】
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