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エンベリス王国の巫女  作者: 森の手
幼少期編
19/33

二人の刺客

 ネフェの視界の先に男が現れる。

 みなぎる魔力の桁が違う。

 おそらく魔力増幅の魔法石だ。鉱山用でも軍用品でもあそこまでの出力はない。

 女の透明化の魔法石といい、どこでも手に入るようなものではない。


「悪いがこれが切り札だ」


「ああ」


 短くそう答える。回復を待っていてくれた礼のようにも聞こえたが、やり過ごす。

 アストの下半身の魔力が一瞬膨れあがる。それは見る者によっては、物語に聞く巨大な魔獣や竜との対峙を思わせるだろう。

 だがネフェからすれば、魔力で行動が読めるだけだ。闘気にまで錬成されていない未熟な力。扱いに長けていないのだ。


 強烈な地面への踏み込みとともに、先ほどの突進よりさらに速く、滑落するようにネフェ目掛けて突っ込んでくる。

 アストは再び剣を振り下ろす。刀身がネフェの硬質化した魔力に触れても、その勢いは止まらない。


 これだ。やはり斬っている。


 ネフェの魔力の守りは層状である。鉄壁の外殻の下には、衝撃吸収の弾性のある魔力がある。

 たいていの魔鉱の剣なら傷つける程度。力量のある剣士なら先に剣の方がだめになる。

 だがあっさり斬り開かれた。今のところ斬撃への対抗策はない。

 魔鉱の力もあるが、魔力が特別らしい。斬ることに特化している。

 だったら衝撃吸収層の下にある魔力層を獣の皮のような物性に変えてはとも思うが、この剣勢だ。並みの防御は紙同然だろう。

 それにネフェが対策として一番強化したのは自身の目である。


 男の突きを手前まで引き付けて見極め、半身を入れ替えつつかわし左拳を放つ。

 今度は折れた肋骨が肺に突き刺さるような角度で。

 ズズズとぎこちなく、でも素早く男の魔力が動く。強化した右腕でネフェの左拳を受ける。

 同じ手は食わないようだ。相手も目の感度を上げている。魔力操作はお粗末だがガードは固い。

 後ろに吹っ飛んだだけで無傷である。

 アストは飛ばされなら左手をネフェに向ける。指輪の魔法石が光る。


 どぉごぉ!!


 何もない場所から爆発が起こる。

 ネフェの魔力でも爆発の熱は防げない。

 魔力防壁の一部を水の壁に変え、その熱を受ける。


 だがその一瞬の目くらましで、目の前のアストが消え、すぐ近くに別な人物がいる。

 フードで顔を隠し、小柄だという以外わからない。

 おそらくはシュアが言っていた透明の女。一瞬見ただけでも華奢だということが分かる。

 右手をネフェに向けている。

 アストはいない。魔力反応も。彼女に代わって透明になっているとみていいだろう。


 シュアの手柄だ。

 ネフェは感知の魔法を発動し続けていた。

 透明の女性がいるという事前情報があったから奇襲に備え、生まれた魔力の変化を見逃さなかった。


 女が放とうとしている魔法も気になる。ただ、本命がアストであるなら、上空に生まれた熱の塊みたいな殺気の対処が優先だ。


 女が魔法を放つ。強い光だ。

 目くらましか爆発系と判断し、魔力の一部を水に変える。光には対処しない。

 爆発音。女が放った魔法だろう。だが音が小さい。

 高速の何かがネフェの頭をはじく。

 痛みはない。魔力でガードできた。知らない貫通するような魔法だ。

 だが頭が動いたことで、見えないアストの気配を見失った。


 一瞬の恐怖。


 ネフェの顔に不意に笑みがこぼれる。


「フハっ」


***


 ネフェに自分の気配がとらえられていることは知っていた

 しかし、アストはそれでよいと判断した。無傷で勝つつもりはない。相打ちにできれば。


 そのとき、ディファが閃光の魔法ともに魔道具を放つ。

 それがネフェの動きを止める。


 やれる。


 アストがそう確信した瞬間、ネフェの姿が消え、目の前にいた。

 筋肉を使った動きではない。これは魔力増幅の動きだ。ただ自分とはまるで違っている。

 魔力が溢れるなんて一切ない。石が落ちても波紋一つ立たない水面のような、精巧無比に統御された魔力。

 目が合った。

 向こうは見えていないはずだが、その顔は竜か鬼。限りなく邪悪な本性がのぞけている。

 恐怖が皮膚の上を走ったのを感じた。だがさらにその刹那、アストは反射的に魔石の全出力を開放する。

 魔力七倍。使えば反動で本人はしばらく身体の生理機能をつかさどる魔力をも使えなくなる。下手をすると死ぬ。魔石も壊れる。

 切り札中の切り札。

 天へと抜ける魔力。星々さえもつかまえられそうな自由感。ただ、まったく強くなった気がしない。


「フハハハハハ!!!」


 ネフェが悪魔の顔のまま笑っている。

 とっさに剣を振り下ろす。しかしタイミングが合わない。


***


 ネフェの右肩に強い痛み。まっすぐ剣が振り下ろされていた。

 一太刀。過去、こんなことをした者は王宮内にはいない。


 真剣勝負とはいいものだ。


 だが剣には力がない。肉を軽く切っただけだ。

 すでに彼女の左拳は、相手の胴をとらえている。

 撃ち抜く。

 右肩に食い込んでいた刃は消えていた。


 アストが再び森へ突っ込んでいく。いくつか木々が倒され、遠くで休んでいた鳥の群れが羽ばたいていく。


 ネフェの近くにいた女の姿は忽然と消えていた。思えば、飛んでいくアストの姿は見えていた。目くらましで透明を交換したのか。

 透明化は一人だけしかできないらしい。

 女は近くにいるかもしれないが、ネフェは肩の傷を治しながらアストの方へ走る。

 本能的に一瞬本気になってしまった。

 相当な準備をして挑んできた強敵だった。

 自然足取りは慎重になる。

 それが二人だけとも限らない。


 木々がなぎ倒された森の中に二人の姿は見当たらない。

 おそらく逃げられた。

 向こうはその用意もしてあったのだろう。

 ネフェは馬車の残骸がある場所へと戻る。

 ロイエの迎えを待つほかない。


***


「来たか」


 粉砕された馬車の近くにネフェはいた。

 だがなにか様子が変だとロイエは思う。

 敵がいない。事前の話では捕まえる予定だったが力余って粉々にしたのだろうか?


 異変はそれだけではない。

 ネフェのコートの右肩が破けている。

 刃物によるものだ。本来の騎士の制服ならそんなことはなかっただろうが、問題はそこではない。


 斬られた?


 目でとらえることも難しい一撃致命傷の攻撃の嵐を抜け、さらにあの生き物みたいに変化する物性の魔力の防御を破って?


「敵には逃げられた。それについてはすでに報告してある」


 え、逃げた?


 正直教えてほしい。師匠に傷を与え、その追跡から逃げおおせるやり口を。

 十一貴族が持つ国宝の魔力石をいくつか持っていたならできるかもしれない。それくらいしか思い浮かばない。


「任務に戻る。話はそれからだ」


「はい」


 ネフェは一度ロイエの前にいるシュアの無事を確認し、無意識にうなづいている。

 ロイエがそれを合図ととらえ魔法を発動する。

 三人は彼らの馬車の中にいた。

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