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エンベリス王国の巫女  作者: 森の手
幼少期編
18/30

ネフェ・ラファ

 ネフェとロイエが『現れた』場所は、荷物満載の馬車の中だった。

 魔力で身を護る彼女たちが現れると、空箱はひとりでに脇へ崩れ、幌に受け止められる。

 そこにシュアはいた。

 背を向け、恐怖のためか像のように身を固め座っている。ロイエに背中を触れられ、振り返るがその顔に安堵はない。


「逃げて。姿を消した女がいて」


 その瞬間、ネフェの前でロイエとシュアが消えた。


 今逃げろと言ったのか? 私に?


 いや、それはいい。やはり敵は透明だったのだ。

 旅の間、周囲の警戒はしていた。現時点で最高の感知魔法でである。確かに遠目からの監視の目は常にあった。

 しかしシュアはあっさりさらわれた。

 おそらくは魔力さえ消せる国宝級の魔法石が使われている可能性が高い。

 それを踏まえすでにロイエと話はしてあった。


 ロイエの瞬間移動は体験している者には一瞬だが、実際にはそれなりに時間が経過する。

 使い手によって異なるが、彼女なら10分程度で戻ってくるだろう。

 それまでには片付く。


 ネフェは全身の魔力を衝撃波に変えて拡散。周囲の木箱もろとも馬車を崩壊させる。

 そこは開けた森である。周囲は土の地面で、畑にでもするのか、開墾途中といった感じだ。

 視線の先に男が一人。

 ネフェより少し背は高い。長身細身の筋肉質。身長ほどの大剣を右手にだらりと下げ、すでに臨戦態勢のようだ。

 顔は布で隠し、黒い麻の服の上から革の鎧を着こんでいる。

 両手の指に魔法石の指輪が二つずつ。剣は魔鉱石だろう。光り方からして最上級の魔法剣か。

 革のベルトの後ろには、ショートソードか何かの魔道具か。


 立ち姿は、ゆるりと立っているが、恐ろしく隙がない。なんとなく若い男と察する。だがそれに似つかわしくない練度が見て取れる。

 すでにすべてに応じられる備えがある。だからこそ、奇襲する機会がありながらああして待ち構えていたのだろう。

 ネフェの記憶に該当する流派の構えにはないものだ。


「武者修行なら相手を選べよ」


 返事はない。あるいは透明女が狙っているのか。


「女王直属騎士、ネフェ・ラファでいいか」


 低い、肚からの自然な声。

 つまり王宮の者とわかっていて仕掛けてきたということか。


「ああ。お前は?」


「アスト。武器を取れ」


「私はこのままでいい。お前たちは『反女王派』の者か?」


「女王解放戦線と呼べ」


 王宮の者とわかって喧嘩を売るなんて、こんな者くらいしかいないと思っていたが、本当にそうだった。


 女王不要論は根強い。

 50年前の帝国との戦争で、リュウグウとフルーロード領が支配された。

 向かってくる者は殺され、住民は奴隷にされた。帝国に連れ去られた者も多い。

 そんな折、それまで指揮を執っていた女王が突然議会に政治をゆだね、自らは姿をくらます出来事が起こる。


 表向きには暗殺に備え身を隠したということになっているが、実際はすでに帝国の刺客に襲われ、王女一人を除いて皆命を落としていた。

 ただその唯一の王女が勇者としてアハラ神国に旅立ち、やがて援軍を引き連れ戻ってくるのだが、それまで間の10年間、民衆の戦争のはけ口が、自分たちを置いて逃げた女王、および王宮に向けられることになった。


 王国の勝利とともに真相が明かされ、民衆の誤解は解け、勇者ユニの功績は称えられた。

 だが貴族の不満は残った。

 なぜなら王国に神国の介入を許したからだ。

 勇者は神国を統べる精霊王の息子の一人と子供を作っていた。

 精霊王との盟約で、その一子が次期女王となることが決まっていた。

 以降女王の中に神国人の血が入ることになった。


 そのようなことで、女王に対する不満の声が、貴族たちの間で底流している。


「目的はなんだ?」


 一歩、男が踏みこみ、消える。

 すでにネフェの間合いにいた。


「勝負」


「顔くらい見せろ変態野郎」


 男が両手持ちの大剣を引き上げた残像とほぼ同時、分厚い刀身がネフェの頭部に振り下ろされていた。

 だが彼女は全身を魔力の巌と化し、不動のままその刃を迎える。




 そのあとのアストの記憶はない。

 気づいたときには後方に吹き飛ばされ、二本の木をへし折り、三本目に叩きつけられ止まった。


 魔力でガードしていた上から腹を殴られた。


 意識はある。

 戦意も衰えていない。

 立ち上がろうとする。だが立てない。下半身に感覚がない。


「おぉえええええ!!」


 胃の物を盛大にぶちまける。


 落ち着け。剣はまだ持っている。


 言い聞かせながら剣を支えに上半身を起こす。骨も折れていない。たぶん。

 敵は追ってきていないようだ。アストは木の背後に回り、もたれて足を伸ばし座る。

 すぐに魔法で打たれた腹の回復を始める。


「生きてる?」


 すぐそばで少女が姿を現し、彼女もまた回復に回る。

 少女にとっても、この男がこんなあっさり倒されるだなんて想像だにしないことだった。


「帰る? 知りたいことはだいたい知れた」


「それは良かった」


 アストは自分の胸に当てられている少女の手をやさしく払い立ち上がる。

 腹の感覚は戻っていないが立てるくらいには回復した。

 これ以上回復を続けると痛みが出るだろう。


「俺はまだやる。ディファ、お前はもう逃げろ」


「死ぬと思うけど」


 少女の声は先ほどと違って鋭い。年上から言われているかのように感じる。

 本気で心配されている。

 その声と表情は、アストの心にうっすらと傷をつける。


「棒立ちのあいつに油断しただけだ。まだ魔法も試してない。女王騎士がたった一人、こんなチャンスもうこないかもしれねえ」


「死んだら元も子もないけど」


 とは言うが、少女は自分の言葉ではアストを止められないことが分かる。死ぬぎりぎりまでやるだろう。


「わかった。がんばって」


***


 気づいたときにはネフェは男を殴っていた。

 本来なら、固めた魔力であの剣を跳ね返し、男に圧倒的な絶望を与えた上で、空いた身体に一撃を叩きこむはずだった。


 結果を見れば似たような状況ではある。しかしネフェの攻撃は回避行動だった。


 あのとき男は、自分の魔力を斬った。


 王宮の中でそんな芸当ができる者はいない。

 魔力を通す魔鉱の剣での斬撃は確かに有効だ。だがそれでも物性変化に優れる彼女の魔力の壁を斬れる者はいない。


 盛大に吹っ飛んだ先は沈黙している。

 生きているだろう。おそらく意識もある。

 何せ急所も何も狙っていないのだから。

 回復したら勝手にやってくるだろう。


 男の姿が現れたのは、それから数分後だった。

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