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エンベリス王国の巫女  作者: 森の手
幼少期編
17/30

誘拐2

 知らない誰かに小脇に抱えられるのは、本日二度目だ。

 ただ今自分を抱えている人物は、ネフェほど筋力に恵まれていないことがわかる。


 身長はロイエの頭一つほど低い。150センチに届くかというところ。年齢は10代前半から多めに見積もっても半ば。身体から幼さが伝わってくる。

 それでもシュアの身体を軽く抱え、走る馬車から楽々飛び降りてみせた。かなり訓練された身のこなしであることが分かる。

 少女はどこにでも見かけるようなキナリ色の旅装をしている。

 顔はわからない。下半身を前に抱えられているから見ることができない。


 二人は柵に身を隠しいくつか馬車をやり過ごす。そこへ一台の幌馬車が横付けされる。

 少女はシュアを抱えながら立ち上がる。

 そのまま柵をひょいと飛び越え、馬車の後ろに回りこむ。

 馬車にはたくさん木箱が天井まで積まれてある。真ん中にかろうじて通路があり、シュアはそこへ押し込まれ、女も乗り込む。

 それが合図だったように動き出した。再びもと来た街の方へ。

 今度はがたがたと振動がもろに伝わってきた。


 シュアは恐る恐る、横目で女を見た。

 しかしその顔は、目深にかぶったフードとマスクに覆われ分からない。髪の色や目も見ることができない徹底ぶりだ。

 首元や手には宝石のついたアクセサリーが光る。旅装には不釣り合いに目立つが、おそらくは魔石なのだろう。

 

 少女だと思っていたが、ここまで隠されるとそのふりをした大人なのかとも思えてくる。

 フードの中を見たいが、おかしな動きをすると向こうに警戒されかねない。

 今は何もできない子供を演じることにする。


「どうだ?」


 御者台の方から男の声が飛んでくる。声は低く太い。積まれた荷物が邪魔で姿は見えない。だが若い。

 大柄な体躯を想像する。目の前の少女よりは年上だろう。


「大丈夫。敵意さえ向けなければ」


 シュアの背後で少女が答える。

 声には落ち着きがある。作っている風ではない。どんな人生を歩んできたのかと思う。

 身にまとう雰囲気は大人だ。男とのやり取りも対等なことを感じさせる。


「そうか」


「少し、急いで」


「揺れるから舌かむなよ」


 男はシュアに言ったらしい。少し遅れてそれに気づく。

 同時に速度が上がったのが分かった。おそらく馬に鞭を飛ばした。

 がっこん、と車体が跳ねる。石畳の道路を外れたようだ。

 揺れが激しくなる。荒波を小舟が乗りこえるようだ。

 そうしている間に再び馬車が軽く飛ぶ。

 積み荷が宙へ浮き、シュアの頭上へ降ってくる。

 思わず顔をかばうが、落ちてこない。見ると、それは空中でとどまっていた。


「荷が崩れた。もう少しなんとかならない?」


 どこからともなく少女の声。独りでに木箱が元に戻っていく。その軽さからして、空箱のようである。


「わるい、緊張してる」


「気を付けて」


 そう答える少女はシュアのすぐそばにいる。でも姿は見えない。透明なのだ。さっきもこうして馬車に潜んで誘拐したのだろう。


 だがどうして今姿を消すんだ?


 そんなとき、手首を掴まれた。そのまま強制的に左手が持ち上げられる。


「悪いけど、ちょっと切る」


 透明少女がそう言ったすぐ後、手の甲に焼けるような痛みが走る。

 数センチほど浅く刃物で切られた。切り口からぷっくりと血の球が顔をのぞかせる。


 少女はシュアの手の様子をまじまじと観察しているようだ。それからハンカチを渡される。透明ではない。

 シュアが血を拭きとると、傷は消えていた。治っている。つかまれていた手が離され、ハンカチが取られた。


「髪ももらう」


 今度は頭に小さな痛み。

 髪が一本抜かれた。


「あとは何もしない。静かにしてて。そしたら無事に帰してあげる」


 そのままシュアは正面を向かされる。少女も一切しゃべらなくなった。もはや近くにいるのかすらわからない。

 少し自由になったが、シュアには周囲を確かめる暇はなかった。上下左右に揺れる馬車の揺れに踏ん張っているので、それどころではない。


 何度か飛んだり跳ねたりを繰り返し、だんだんと草のにおい強くなる。

 それから馬車が茂みを強引に突っ切るようなガザガサとした音が時折。


 狭い道なのか?


 少し暗くなる。肌寒さを感じる。

 木が多い場所なのだろう。


「揺れるぞ、気をつけろ」


 男が呼びかける。どうでもいいが、こちらは声を作っていないようだ。

 言われたのもつかの間、穴にでも落っこちるみたいに一気に馬車が下降し、再び浮き上がった。岩場でも走っているのか?

 荷崩れはしない。少女が守ってくれたのだろう。

 速度は遅くなった。さらに車体の片側だけが大きく傾いたりする。

 とうとうシュアは立ち上がり、木箱が落ちないよう押さえながら馬車から放り出されないように備える。


 十数分くらいか。

 そんな状態が続いた後、唐突に馬車は止まった。


「ここで大人しくしていて」


 透明な少女が言い、地面に降りたらしい音がかすかに聞こえた。


「準備は?」


 少女の声。馬車のすぐ横だ。


「よくすぐ追ってこないってわかったな」


 御車台にいた男が答える。


「向こうだって状況確認くらいするでしょ。やばくなったらすぐ助けるから」


「ああ、頼む」


 そのまま二人の会話はなくなり、辺りはシュア一人を残し静まりかえった。


 これは、あれだ。

 私は餌だ。


 耳をすませば木々のざわめき。どこかで枝の折れる音。大きな鳥の数度の鳴き声で、小鳥のお喋りが鎮まる。

 いたって穏やかな山の中だ。だが辺りは緊迫感が増しつつある。


 様子を察するに、ネフェとロイエがいまから来るらしい。二人はそれを迎え撃つつもりでいる。

 だがどうやって馬車のあとを辿れるというのだろう。

 すでにシュアがいないということには気づいているはずだ。

 ロイエはネフェに朝食を渡した後、すぐ馬車に戻っただろう。何か話をしたかもしれないが、それほど時間はかけなかったと思う。寝ると言っていたし。

 でも戻ってみるとシュアはいない。慌てて馬車を止める。周囲を探す、どこにもいない。

 この時点でロストしたと見ていい。


 だが誘拐者の二人、特に男の話ぶりに余裕はない。ここまで来るのだって相当急ぎ足だった。

 つまりネフェとロイエは、シュアの居場所を特定できる術を持っていると、そう二人は思っているのだ。

 おそらく魔法だ。

 それならあの少女は姿を消していた意味も分かる。いつ襲われてもいいように備えていた。

 そして準備ができ次第来る。たぶん。


 シュアの背中に誰かが手を置いた。

 振り返るとロイエがしゃべるなというように唇に人差し指を当て、シュアと顔を近づけている。


「どこだここは」


 ロイエがささやく。

 だが、彼女の顔は、

 いや、今それはいい。


「逃げて。姿を消した女がいて」


 一瞬間があって、ロイエは続ける。


「すまない。怖い思いをさせたな。ここは私たちの馬車の中だ」


 言われて周囲を見ると、確かに床はマットだし、料理を作ったあともある。

 だが気になったのはそこではない。


「ロイエさん、その顔」


 彼女の左頬が腫れている。


 殴られた?


「師匠が今奴らと戦ってる。てかもう終わってるだろ。ってことで戻るぞ」


 顔のことには触れず、彼女はそう答える。

 シュアももうそれについてはどうでもいい。


 戻る? またあそこへ?


「いやです」


「もう戻ったぞ」


 二人はいつの間にか外に立っている。

 馬車はない。二人が踏むおびただしい木の残骸がそうなのだろう。

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