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エンベリス王国の巫女  作者: 森の手
幼少期編
16/37

誘拐

 女王の使者たちの行動は素早かった。

 連れ出し許可が下りると、シュアはすぐさま馬車に連れ込まれた。

 せめて朝食をという施設長の言葉にも、彼女らは首を振った。


「ありますから」


 ロイエがそう答え、馬車のドアは閉じられる。

 御者台のネフェが馬を走らせる。

 あっという間に見えなくなった。


 シュアが床に座る間もなくガタガタと音を立て、馬車は動き出した。不思議と振動はない。

 馬車の中に座席はない。荷馬車のようだ。

 床には薄いマットが敷かれ、進行方向側の壁に四つほどの木箱がある。中には生活道具や食糧が放り込まれてあるようだ。

 天井にはランプがぶら下がり、かすかに揺れている。

 シュアを馬車に連れ込んだ金髪の少女は蓋をされた木箱の一つを漁っている。


「待ってろ、今朝飯作るから」


 そう言ってシュアの方に振り向くと、パンや燻製肉、野菜、小さな壺などを両手に抱えている。

 野菜は見るからに新鮮である。

 空の木箱を逆さにしてその上にまな板を置き、抱えた食材をスライスし始める。


 年齢的には一応自分よりお姉さんだが、顔立ちはまだ幼い。どう見ても十代前半だろうとシュアは観察する。

 雰囲気は優しくもなければ意地悪そうでもない。でも必要以上に親切な人ではなさそう。

 なんとなく自分たちと同じような生まれなのではないかと思われる。


「ロイエだ」


 彼女はそう言って、できたものを差し出す。

 はちきれんばかりにパンの間に重ねられた肉とチーズ。野菜。孤児院五人分くらいの質だ。


「シュアです。ありがとうございます」


 受け取りながらそう答える。


「寝ているとこ悪かったな。事情があって急いでいた」


 一応そう説明してくれるが、聞き手に分かってもらう配慮はあまりない話しぶりだった。


「あなたも王宮の人、なんですか?」


 自分の分を作っている彼女にそう尋ねる。


「ロイエでいい。まあそう気ぃ張るな。私もお前と似たようなところの出だ。一応王女直属の騎士をしている。見習いだが」


 SPというやつだろうか。たしかに、そこはかとなく目つきや肩回りに規律と暴力のにおいがする。


「今馬車を操ってんのはネフェさん。女王の第二騎士。私の師匠、いや指導教官でもある」


 ならなんでこんなところにいるんだろう。


「まあ長旅だ。お代わり欲しいなら言ってくれ。眠り足りないんなら寝てもいいぞ。私はしばらくしたら寝る。昨日寝てないんだ」


 そう言って、作ったサンドイッチを半分ほどもりもり頬張り、残りを口にくわえながら二つ目を作り始めた。


「もっと食うか?」


「いえ、いいです」


 少し乱れていた寝床を整え、ロイエは残りのパンを口に詰め込み、それから木のコップに手をかざす。

 見ていると、手から水が出てきた。

 魔法だ。

 しかしシュアが驚いているのに気づかず、それをごくごくと飲んで、そのあとサンドイッチの二つ目に取り掛かる。

 見ていると、シュアにも水が用意された。

 コップを床に置き、サンドイッチと向き合う。


 ……ごくり。


 少し硬めのパン、しゃっきりした野菜、そして分厚い肉。

 具材が無造作にずっしりと何層も重ねられている。

 どれも冷蔵庫から取り出したような新鮮さだ。

 大口で一口。


「!!!!??」


 言葉にならないほどうまい。頭が爆発しそうだ。なんて豪華なクラブハウスサンドだ。

 これ一個おかずとして大事に食べれば、三日くらい毎日食事の時間を楽しみにしながら過ごせるだろう。

 しかもお代わりもあると言った。

 裕福なのだ。

 たしかによく見ると、そこに無造作にある道具は、魔道具というやつだろう。

 シュアは間近で見るのは初めてだ。紫色の魔石が輝いている。


 聞いた話では、魔道具というのは、魔法を閉じ込める石と魔力を放つ石で動くらしい。

 たとえばここにある木製の冷蔵庫なんかは、冷える魔法が封じられた石と、そのエネルギーとなる魔力を出す石の二つで成り立っていると思われる。

 木箱なので冷気はだだ漏れだが、別に持ち主は気にしてはいないらしい。保冷剤を放り込んで当面の冷蔵庫にしたという感じだろう。

 開けてもっとよく確認したかったが、なんとなくためらわれた。


 二人はしばらく食事に夢中になっていた。ロイエは三つ目を作成中。

 外からは蹄の音と車輪の走行音が聞こえる。振動はないに等しい。


「もっといるか?」


 食べ終えたのを見て、聞いてくる。


「お腹いっぱいです」


 シュアはさきほどと同じくそう答える。どちらかといえば胸がいっぱいだ。毎日質素な食事にいきなりステーキを出されたようなものだ。


「遠慮すんなよ。食わなきゃやってらんねえぞ」


 なにを?


 と問いたかったが、そういう社会を生きているのだろう。騎士なのだ。身体は資本だろう。


「ちょっと出る」


 言って、ロイエは作り立てのひときわでかいサンドイッチを持って馬車の外へ出た。

 ネフェの食事だったようだ。


 ドアが閉じられる。

 背後から伸びた誰かの手が、シュアの口を押さえたのはそのときだった。


「静かに」


 低い。かなり若い女の声。いや、幼さすらある。口に伝わってくる手のひらの感覚も、思わず安心してしまうくらい柔らかい。

 革手袋をしているので、革のにおいがするが。

 首に冷たい感触。


「見える?」


 ナイフだ。刀身が厚くて広い。それが顔の前にある。

 シュアがうなづくとそれは首に押し当てられる。少し動けばそれだけで切れるだろう。


「わかった?」


 シュアはまた小さくうなづく。


「口閉じて」


 すでに閉じていたが、閉じる力を強める。その唇を女の手袋の指が端から端までなぞっていく。そのあとすぐ手が離れ、後ろから腹を抱えられた。

 足が宙に浮く。

 驚いて声をあげようとしたが、口が開かない。接着剤でも塗られたようだ。

 ひっくり返され小脇に抱えられる。

 女はそのまま馬車のドアを開ける。

 外は草原だ。手前に木の柵が見える。

 シュアを抱えた女は、ためらいもなく馬車を飛び降りた。

 着地しても衝撃はほとんどない。砂地に降りる感じ。女はすぐさま柵を背に身を潜める。


 あっという間にネフェたちの馬車は遠ざかっていった。

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