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エンベリス王国の巫女  作者: 森の手
幼少期編
13/32

将来

 ヴァスケール島西部には南北に二つの領地がある。

 リュウグウ領は海からの外敵の排除を、シュアがいる南部のフルーロード領は、主に外国との貿易を受け持っている。


 貿易国はアハラ神国のみ。帝国の侵略を救われて以来の付き合いである。

 港や街には、神人、あるいは神国人といわれる彼ら特有の耳長色白の姿を見ることができる。

 フルーロードは、王国内で最も神国人の住まいが多い。


 街には貿易品があふれている。

 港の露店ですら、天然、加工積みの魔石、魔具や魔道具などの魔法製品も多い。神国固有の植物や生き物、本、布や服、装飾品なども目にすることができる。

 繁華街へ進めば、パン屋や魚屋に混じって、魔道具のショップや魔法の素材、加工、武器、装飾、薬、雑貨、中古やジャンク店などの店もある。


 さすがに質では首都や魔術学院にはかなわないが、その豊富さやお宝目当てに魔法関係者や他領の経営者、旅人、冒険者、兵士などの姿もよく目にする。


 今シュアは、そんなにぎわう街を仲間たちと肩を並べ歩いている。ただ他の子たちと比べ、その足どりは重い。

 学校へ入る時期になった。

 といっても、乳幼児室の隣、シュアが生まれたときからずっと授業を聞いていた教室に通うだけだが。


 里親が現れない限り、孤児院で教育が施される。

 それでも入学にあたり、色々とやるべきこともある。

 まずは、身体測定などを含めた魔力量や質の測定である。

 子供たちは役所へ行って、水晶に片手を乗せ、質問に答えるなどして自分に流れる魔力の質や量を見られる。


 その日はシュアを含め五人の子供が検査を受けた。

 それでほぼ子供たちの将来が決まるといえる。

 魔力が多い者は、所領内の魔術学校への編入をゆるされ、兵士や魔術師、冒険者などの道が開ける。さらに優秀な者は、リュウグウ領の海軍士官学校、王都の魔術学院、女児なら王宮女学院のなどへの入試を許される。

 仮に受からなくても、それらの入試経験があるというだけでもそれなりの職にはつける。


 孤児といっても魔力は侮れない。いや、親が誰か分からないからこそ、どんな天才が隠れているのかわからないところがある。

 検査官は職員ではなく魔術協会の者ということからも、国の注目度が分かる。



「気にすんなって」


「お前は全部頭の方に行っちまったんだよ」


「そうよ。あんたには領主様がいるじゃない」


「……まあその、がんばれ」



 街の賑わいを抜け、貧民街につく頃には夕暮れになっていた。

 夕焼けを背に家路につく五人の子供。

 そのしょぼくれた一人の少女に四人の子供たちが口々に慰めの声をかけている。

 その皆の同情が集まるひときわ小さな少女、シュアは何も答えない。

 普段何を考えているか分からない彼女だが、今の気分は他の四人には痛いほどわかった。と、彼らはそう思っている。

 そう思われていることもシュアには癪だが分かっている。

 だから何も言い返せないし、態度にも出したくない。


 彼女には魔力がなかった。

 烙印だ。


 これについては魔術協会職員も驚いていた。

 その魔力がまったくない不憫確定の少女が、あのシュアだということも含めて。

 魔力がないと何もできない。

 それがこの世界の一般常識だ。

 人々は魔力をまとい道具を扱い、力仕事をし、小さな傷をいやし、魔具を使う。

 もちろん魔力があってもそういうことができない者たちは一定数いる。だが、シュアはまたそれとは違う。


「私も、長年やってるけどこんなことは初めてだよ」


 なんて役所の職員にも言われた。

 突然変異。


「巫女様の名前なんか語ったからかもな」


 背の大きな男が言った。15歳の同じく孤児で、今回はシュアたちの付き添いである。


 シュアの背中がピクリと反応する。迷信だ、とすぐに返せない。この世界には魔法があって、それがどう影響するのか分からないのだから。


「ああ、でも、そうかも。私は今まで一回も言ってなかったし」


 隣を歩く女の子も同意するようなことを言う。

 子供の戯言と流しておく。


「まあ、今日はたぶんごちそうだからさ」


 後ろにいる男の子はすでにシュアの悲劇なんて頭にないようだ。夕ご飯はいつも通りだったが。


「でもよかったわよ。おんなじ学校に行けるわね」


 隣の彼女の言葉を最後に、彼らの話題は変わった。


 だがシュアはその言葉の裏に、彼女の劣等意識を見て取った。そんなつもりで言ったのではないのだろう。

 だからこそ余計にそんな思いを抱いてしまう。


 要するに自分たちは売れ残りだ。

 この孤児院は世間からは結構優秀に見られている。だから貰い手も多い。

 それはシュアがもたらした衛生管理も一役買っている。

 職員も評判で、確かに嫁の貰い手も増えた。同時に少しずつ街の子供の死亡率も低下した。

 そこには魔法の功績も大きい。

 水の心配はなく、大地も豊穣で作物は順調に育つ。

 それから保冷、火の扱いなど、魔法は便利だ。

 前世の文化はその代償として環境破壊が目立っていた。この世界はまだまだ不便だが、慣れてしまえばかなり恵まれ、とてつもない余力を残している。


 だがそのせいで静かに問題になってきたことがある。

 まず、シュアたち年長組の売れ残りが目立ち始めた。

 小さな子供が増え、売れていき、でもすぐに新しい子が加わる。年長は引き取りの候補にも挙がらなくなっていた。

 次に、家庭での子供の死亡率が減ると、必然的に孤児院に来る者も減る。来ても小さな子が目当てになる。

 悪循環といえば悪循環だ。


 それでもシュアは街では評判だし、頭もいい。実際ご指名を受けることもある。

 でも彼らは別な子供を選んでいく。

 分かっている。

 シュア自身にその気がないからだ。


 今更親を名乗る他人なんかとやってられるか。


 おそらくその思いが雰囲気ににじみ出ている。

 精神的にはもう大人だ。そして赤子の頃から自分はこの生を自分のために生きていくと決めてしまっている。

 もちろん売れていく子を見送る度に、「いいなあ」という思いがよぎる。しかし一時的な生理現象のようなものだ。


 この異世界でどう自分を保って生きていくか考えなければ。


 一番いいのはここの職員になることだ。ある程度地位を確立できるだろう。もっと労働環境をよくできる自信もある。

 国の仕事、つまり公務員ということになるのか。

 いまいちその辺のことは分からないが、勉強もまあ行けるだろう。

 そして結婚して、前世で手に入れられなかった人並みの幸せというものを手に入れたい。

 魔力はなかったが、まあそれくらいならできると思う。


 なんてことをぼんやりと考えているときに、再びシュアを目当てに来客がきた。

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