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エンベリス王国の巫女  作者: 森の手
幼少期編
10/30

巫女の名前

 とにかくシュアが口にした神の名前は効果てきめんだった。


 いや、てきめんすぎた。



 まともに喋れない子供が突然巫女の名を口にし、今そのお言葉を伝えた。


 初めはそこにいた者同士のささやき合いだった。しかしその様子に何事かと、人が集まってきた。

 油の浮いた水に洗剤を一滴落としたかのように、シュアの言葉を伝え聞いた者の表情が消え、それを見てさらに人が集まり、そうして周囲が異様な静寂に飲み込まれていく。


 なんかやばいことが起こってる。


 近くにいる大人たちの彼女を見る目が、どこか敬意や恐れの色を持ち始める。

 そしてあるとき、老婆と同じように跪く者が一人。それを見た者がまた一人と倣っていく。


 あれ、なんだろう、これ。


 子供たちは何が起こっているのかと、呆然と立ち尽くしている。

 いまや廊下の奥まで人が詰めている。


 よし。


 と、シュアは思う。


 泣くか。


 赤子時代に培われたスキル。周囲の壁に反響するように大声で泣くのがコツ。

 なんとかこれでうやむやにしてしまおう。


 パン


 手が鳴った。

 修道服姿の中年女性が人垣をかき分け、跪く者たちを踏まないよう、シュアの前までやってきた。


「みんな、仕事に戻って」


 施設長だ。厳しい顔つきでそう言って、群衆の解散を告げた。


「シュア、ちょっと」


 そのまま彼女に呼ばれた。

 助かったと思いつつ、何がなんだか分からない子供の顔をしてそれに従う。

 案内されたのは一階の客室だ。対面の革のソファに座らされた。


「ちょっと待ってて」


 施設長はそう言ってどこかへ行ってしまう。

 30分くらいして戻ってくる。


「話は聞いたわ。その巫女様の『声』はいつもきこえるの?」


 思わず本当のことを喋りそうになったが、シュアはそれを喉元にとどめ、小さく首を横に振って相手の反応をうかがう。


「その話は誰から聞いたの? よくチップ先生の授業を聞いてたみたいだけど」


「……うん」


「どんな話? 教えてくれる?」


「イアリア様は最初の巫女様で、始まりの十一人とともに島に秩序を。その子供のフェリア様は五大領主とともに安定を。ルティ様は、島に知恵をもたらしました」


 とりあえず、そんなところでやめて顔色を窺う。


「なるほど。頭のいい子だね。なんでルティ様があなたに教えてくれたの?」


「ルティ様ならこうおっしゃるんじゃないかって」


 ルティ・エンベリスは全国に学校を作ったのだ。そのおかげで、王国は全国民に教育が行き届いたらしい。


「つまり、部屋をきれいにっていうのは、あなたの考えなのね、シュア」


 おそるおそる、うなづく。


「わかった。もう戻っていいわ。ありがとう」


 意外とすんなり解放された。

 その日はおとなしく過ごした。

 シュアが無言なのを見て、周囲も表面上はこれまでと同じように接することにしたようだ。


 数日経ったが、巫女の声云々という話はシュアの前では聞こえてこなかった。

 ホッとしながら彼女は終始おとなしくしていた。


 ただ、それですべて平穏どおりに戻ったかといえば、まったくそうではない。

 使用人たちは毎朝の掃除をきちんと行うようになった。もちろん老婆たちも。

 部屋は驚くほど清潔に保たれ、さらに自分たちの身体も清潔に保ち、赤子をぞんざいに扱う者は担当からはずされ、より丁重な者がつけられることになった。




 半年が過ぎた。

 朝早く、四頭立ての馬車が孤児院の前につけられる。

 馬車自体は変哲のないものだが、馬は見事な駿馬だ。

 御者は一般的な服装だが、屈強な30代ほどの男である。

 馬車の扉が開く。

 現れたのはジャケットコートに身を包んだ身なりのいい一人の壮年の男と、同じく身なりのいい二人の少年だった。

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