私のクソデカボイスのおかげで婚約破棄が回避された? こんなにおしとやかな私に何を言っているのですか!?(クソデカボイス)
前作への評価やコメント、ありがとうございました!
今作も頭を空っぽにしてお楽しみください。
王立学園の食堂――そこは胃袋と社交の交差点である。
昼休みになると貴族も平民も入り乱れ、人気メニューをめぐる戦いと噂話や駆け引きが同時進行する混沌の場だ。
そんな喧騒の中、わたくしは窓際のテーブルに静かに腰かけていた。
わたくしの名はマリアンヌ。この学園きっての淑女ですわ。貴族の娘として、優雅に、そしておしとやかにランチをいただく……それがわたくしの日常。
「ふふ……今日もおしとやかですわね、わたくし」
そう呟きながら、わたくしはスープをひと口。
今日も完璧ですわ。
「……その顔、やっぱり本気で思ってるんだよね……」
向かいに座る親友のエリザが、呆れ顔でパンをちぎりながら呟いた。
あら、わたくしが優雅でおしとやかなのは、礼儀作法の先生方のお墨付きでしてよ? 「マリアンヌさんは、マナー自体は完璧です」とおっしゃっていたもの。
「ねえマリアンヌ、最近さ……殿下とクラリッサ様、なんだか変じゃない?」
エリザはそっと周囲を確認してから、声をひそめて話かけた。
「……確かに、殿下がクラリッサ様を避けていらっしゃるような気はしますわね」
わたくしはスプーンを口に運びながら考え込んだ。
レオンハルト殿下とクラリッサ様といえば、学園中が羨む理想の婚約者同士。その二人の間にひびが入るなど、想像もしたくない。
エリザの表情は、どんどん曇っていった。
「それだけじゃないの。殿下、最近とある女生徒とよく話しているんですって。平民出身の子らしいわ」
「えっ……?」
「中には、“クラリッサ様との婚約を解消して、その子を新しい婚約者にするつもりじゃないか”って噂もあるのよ」
エリザの声は小さい。けれどその言葉は、わたくしの胸に雷のように響いた。
わたくしは思わずスプーンを落とした。
カランッと響く音が、やけに大きく聞こえる。
「それは決してあってはならないことですわ!!!」
わたくしの口から飛び出した声は、食堂の天井まで突き抜け、近くでスープを飲んでいた男子学生が盛大にむせた。
エリザが目を白黒させている。
「マ、マリアンヌ!? 声、声! 今の、めちゃくちゃ響いてたわよ!」
「し、失礼いたしましたわ……! 驚きのあまり……」
周囲の視線が突き刺さり、わたくしは体を縮こまらせた。
「……でもね、エリザ」
わたくしは拳を握りしめ、真剣な面持ちでエリザを見る。
「殿下とクラリッサ様は、この学園でもっとも理想的な婚約者同士ですわ。そのお二人が、もし誤解やすれ違いで離れてしまったら……学園は混乱に包まれますわよ!」
「そ、そうよね……」
エリザは頷きつつも、心配そうに眉をひそめる。
「でも、殿下って最近クラリッサ様に冷たくない? クラリッサ様だって気丈に振る舞ってらっしゃるけど、本当はきっと不安なんだと思うわ」
「それは……!」
胸の奥がぎゅっと締めつけられる。
クラリッサ様は学園中の憧れであり、完璧な淑女だ。そんな彼女が、ひとりで不安を抱えているだなんて。
「もし、このままお互いに何も言わずに……気づいたら取り返しのつかないことになっていたら……」
エリザがしゅんと肩を落とす。
「……殿下だって、後悔なさるでしょうね」
その瞬間、わたくしの心に熱いものが込み上げた。
「それだけは……それだけは絶対にいけませんわあああああ!!!」
わたくしは心の底から込み上げる衝動のまま、椅子から立ち上がった。
「殿下とクラリッサ様は、この学園が誇る最強のカップルですのに!」
食堂中に、わたくしの声が高らかに響き渡る。
気づけば近くのテーブルの生徒たちまでスプーンを止めて耳を傾けていた。
「殿下は常に学園の模範として生徒を導き、誰にでも分け隔てなく接してくださいます! あの太陽のようなお方に、どれだけの生徒が助けられ、励まされてきたことでしょう!」
「そしてクラリッサ様! あの気品、あの優雅さ、おしとやかさ、まるで薔薇園に舞い降りた妖精のよう……! 礼儀作法の授業では常にトップを維持し、貴族平民問わず憧れの的!」
わたくしは両手を胸の前で組み、おふたりへの敬意を語る。
「そんなお二人が並んで歩く姿……あれは芸術ですわ! 殿下がクラリッサ様の肩にそっと手を添える瞬間なんて、もう、もうっ……! あまりの尊さに、天は祝福し、地は歓喜し、海は涙するでしょう!」
思い出すだけで頬が熱くなる。
わたくしは感極まり、両手を天に掲げた。
「この学園はお二人によって輝いているのです! お二人の仲睦まじい姿を見るたびに、わたくしは――わたくしは生きる希望を与えられておりますの!!!」
「……なんか、感動して涙出そう」
「私も……!」
「殿下とクラリッサ様、応援するしかない……!」
誰かがぽつりとつぶやいたのを皮切りに、食堂中がざわめきに包まれ、あちこちから拍手が起こる。
エリザが机に突っ伏して呻いた。
「マリアンヌ、もうやめて……! 完全に演説会になってる!」
「わたくしはただ、思いを述べているだけですのに……あら? 急に静かになりましたわね。それに、みなさま、いったいどこを見てらっしゃるのかし……ら……」
みなの視線を追った先には、入り口で固まっていらっしゃるレオンハルト殿下とクラリッサ様。
わたくしは心臓が跳ね上がる音を感じつつ、「あっ、いや、その……ごきげんよう……?」と、謎の挨拶をして席に座り直した。
殿下とクラリッサ様は何も言わず、そのまま無言で食堂を後にした。
「……マリアンヌ、何やらかしてるの」
「わたくし、ただ……おふたりへの思いをおしとやかに語っただけですのに……」
「どこがおしとやかよ!!」
エリザの悲鳴が響いたのを、わたくしは聞こえないふりをした。
そして翌日。
「聞いた!? 殿下とクラリッサ様、昨夜仲直りされたんですって!」
「ええ!? 本当!?」
教室中が騒然としている。
わたくしも目を丸くしてその噂を聞いた。
「まあ! それはおめでたいことですわね」
「昨夜、長い時間話し合って……お互いの気持ちを確かめ合われたとか。学園中が拍手喝采よ!」
わたくしは胸を撫で下ろした。
よかった……二人の絆は無事だったのね。
――しかし、続く言葉がわたくしの背筋を凍らせた。
「でね、昨日の食堂でのマリアンヌ様の言葉が決め手だったんですって!」
「……えっ?」
「マリアンヌ様があれだけ熱く語られるのを聞いて、殿下もクラリッサ様も“ささいなことがきっかけで意地を張っていた自分たちは愚かだった”と気づいたそうですわ!」
クラスメイトは目を輝かせてわたくしを見つめる。
「まさに救世主ですわ! マリアンヌ様!!」
「ちょっ、ちょっと待ってくださいましっ!」
わたくしは慌てて立ち上がる。
「わたくしはおしとやかに友人とお話ししていただけですのよ!? お二人に何か言ったわけでは……!」
「ええ、直接は……ね」
エリザが冷めた目を向けて呟く。
「でも、あの声量なら学園を越えて王都まで響くわ」
「なっ……!?」
エリザの言葉を否定しようと口を開いた瞬間、
「そんなことありませんわああああああああっ!!!」
という叫びが教室中に響き渡った。
教室がしん……と静まり返る。
わたくしは顔を真っ赤にして口を押さえた。
こうして、おしとやかなわたくしの日常は、今日も……不本意ですが、賑やかに過ぎていくのでした。