08
「いらっしゃ〜い」
路地裏にひっそりと建てられた宿屋に入ると、うつ伏せになった茶髪の女性が受付に座っていた。チラリとこちらを見ても、僕達の容姿や、人を背負ってる事には何も言ってこない。
「四人分頼むのじゃ」
「はいよ〜一部屋一泊銀貨四枚ね」
受付に銀貨が八枚置かれた。黒い鎧の人の手には気付いたら皮袋が握られていた。鎧はフルフェイスで、見上げても顔は見えない。
「あ、えっと僕のも……?」
「その程度気にするでない。ここは年上に甘えとくのじゃ」
「年……上?」
一瞬僕よりどうみても幼い彼女を見たが、すぐに鎧の人を見て納得した。ここまで一言も喋らないから怖い人なのかと思ったけど、案外良い人なのかもしれない。
「で、では……お言葉に甘えて」
「部屋はふたつで頼むのじゃ」
「は〜い」
「え、ふたつって」
「うむ。我とファントムで一部屋。お主ら人間で一部屋じゃ」
「えっ?! あっ! その」
「部屋は二階ね〜」
「うむ」
抗議しようとするも、手を掴まれて連れて行かれた。
「我らは隣の部屋におる。其奴が起きたら呼ぶのじゃ」
ふたつあるベッドの片方に少年を寝かせると、二人は行ってしまった。
えぇ……どうすれば良いの?
ベッドで寝息を立てている少年の隣に座り、一人唸りながら頭を抱えた。
「ん、……ここは?」
「あ、お、起きましたぁ?」
僕はビクンと飛び跳ねて、フードを深く被る。起きたばかりの彼は怪訝な表情をして口を開いた。
「誰だ? あんた……」
少年は立ちあがろうとしたが、顔を顰めて頭を触った。
「僕はジェヴィ。魔道具師だよ。えっと、あんまり急に動かない方が良い、と思うです……」
僕はフードの中からポーションを渡した。
「これは」
瓶に入った緑色の液体が揺れて、チャプチャプと音を鳴らした。
「えっと、ポーション。それ飲めば治ると、思うます?」
久しぶりの会話に少し吃る。緊張しすぎて言葉もめちゃくちゃだ。
怪しそうにこちらを見てくる目は変わらないが、一度喉を鳴らすと、一気にポーションを飲み込んだ。
「んっ! 美味いな」
「でしょ! それ、僕が頑張って味改良したんだよ!」
興奮して勢いよく彼に近づく。外れそうになるフードを慌てて深く被り直して離れた。
「あっ、つい。ごめんなさい。えっと、傷は大丈夫ですか?」
「あぁ、ジェヴィのお陰で傷も痛まなくなった。ありがとうな。俺はジンだ。よろしくな」
警戒した視線は薄れ、穏やかな表情だ。
「記憶が曖昧なんだが、俺を殴ったのって……ジェヴィ?」
訝しげな表情で僕を指差す。
「ち、違います! えっと、少し待ってて下さい!」
僕は慌てて手を振って部屋を飛び出した。
「彼、起きました!」
隣の扉を開けると、ベッドの上でくつろいでいた彼女はパッと起き上がって、部屋の隅に直立した鎧の人と共に部屋から出てきた。