04
「え!? それですか?」
「うむ、この依頼じゃ」
彼女が指差したのは、ひとつの依頼書。ここからではよく見えないが。どことなく茶色く焼けている気がする。
「僕の、依頼だ……」
絶対にそうだ。そうだと思う。あの人ならもしかしたら。そんな期待に本を握る力が強くなる。
「あの、この依頼は辞めといた方が……」
「安心せい。大丈夫じゃ」
「……そうですか、わかりました。こちら依頼書です」
引く気がない様子に、アキュールさんは依頼書を掲示板から渋々剥がして渡した。
「この近くに良い宿屋はあるか?」
彼女は依頼書を鎧の人に渡した。
「でしたら、私の友人がやってる宿屋があるので」
メモに書かれた案内図と紹介状を受け取ると、軽い足取りで彼女は出ていった。扉が閉まると、ギルド内は一斉に騒めきを取り戻した。
「なんだったんだあの黒い鎧のやつ」
「あれもヤベェが、それよりあのガキだろ。俺はまだ震えが止まらねぇ」
一階では二人を奇異的に話す会話が繰り広げられている。僕はハッとして階段をトタタタと若干転げ落ちるように駆け降りた。深く被ったフードがずれて緑の髪が見え隠れするのを慌てて隠し、受付を通り過ぎて掲示板に張り付いた。
やっぱり無くなっている。茶色に染まったボロボロの依頼書が、確かに掲示板から消えていた。
「ジェヴィさん。その、先程の方が」
「アキュールさん。もしかしたら、あの人たちは、僕の夢を叶えてくれるのかもしれません!」
少し気まずそうに近づくアキュールさんの手を僕は握った。激しい動きと興奮で頬が熱い。
「僕、少し行ってきます!」
ぽかんとしたままのアキュールさんを置いて、ギルドを飛び出した。
外に出てすぐ辺りを見渡す。視界の端、ギルドからはだいぶ離れた路地裏に、依頼を取った二人が入っていくのが見えた。
慌ててその背中を追いかけた。全力で走っても、ギリギリ背中を逃さないでいられるだけで、追いつくことが出来ないまま路地裏を進んでいく。
もう体力が尽きてしまいそうなタイミングで、彼女は小さな公園の前に止まった。慌てて飛び出そうになった道の角に隠れる。
勢いでここまで追いかけてきたが、何を話せば良いのか、何も考えていなかった。それに、もうここまで追いかけたら、普通に不審者なのではないだろうか? 若干の不安が脳裏をよぎる。
バレないよう顔だけを出して辺りを見回した。彼女の前にある公園には、鉄棒とブランコしかない。周辺は何層にも積まれた集合住宅で、光はほとんど遮られており、黒いカビが壁を這っていた。わざわざこの町に来て、見る場所ではない。
長年この町で育った僕にも、ここが町のどこなのか、すぐには分からなかった。
ふと公園に視線を戻すと、ふらふらと歩く少年が現れた。
「えっ黒髪?」
思わず口走ってしまい、慌てて口を手で抑えた。
腰に真っ黒な剣を携えた少年。十代後半だろうか、自身と同じくらいの年齢に見えた。なによりも目を引くのはその黒髪だ。
髪が黒色というのは、魔力を全く持たない証。少年の濁った瞳が、真っ赤な髪の少女を鈍く映していた。