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「おい、大丈夫なのか?」
ブラックホールは次々とゴブリンを吸い込む。
「直に全て消える。それにアレはもうゴブリン以外は吸い込まんよ」
ネクティスはルミエーラの方を向き直る。
「あの時より何倍も強力な俺の魔道具。喰らってみな」
流れるように銃を向けると、ブラックホールが撃たれた。
「お、おい!? 何やってんだよ!」
ルミエーラは何もせずに立っている。
「ふん」
近寄るブラックホールを箒ではたく。ブラックホールは、ぽふっと気の抜ける音を出して霧散した。
「マジか」
今も後ろでゴブリンを阿鼻叫喚の渦に巻き込むそれを、ルミエーラは呆気なく消してしまった。
「ははは」
突然の笑い声に横を見る。
「ははははは!」
ネクティスは顔を押さえ、天に向かって大声で笑っていた。
「俺の最高傑作も、まだまだって事、か——」
ドサッと土埃が舞う。糸の切れたマリオネットみたいにネクティスは力なく倒れた。
「おい! 大丈夫か!?」
「いや、すまない。どうやら限界。みたいだ」
顔色がどんどん悪くなっていく。そりゃそうだ。死にかけの人間がこの距離走って戦う? 正気の沙汰ではない。
「そうだ、ジェヴィ! すぐジェヴィのとこ連れてくからな!」
ネクティスを背負うと、俺はゴブリンの居なくなった草原を走る。
「無理するな、君だって限界だろう」
確かに肺も心臓も馬鹿みたいに痛いし、足はガクガクで何度も転けそうになっている。頭はもう全てを放ってこの場に寝転がりたい欲が埋め尽くしている。
「それでも、ここで放り出したら、俺はこの先一生後悔しそうなんでね!」
震える足を無理矢理前に踏み出す。
「ジェヴィ!」
「ジンくん!?」
俺はジェヴィの元に着くと同時に倒れた。
「お前の、師匠の、看病してやってくれ」
なんとか声を出す。肺が痛む。もう本当に一歩も動けそうにない。
「はい!」
ジェヴィは俺の上に乗るネクティスをすぐに下ろして薬を飲ませた。
「疲労を軽減する薬です。ジンくんも、どうぞ」
「助かる」
薬を飲む。スッと身体に染み込む感じはスポーツ飲料に似ている。
「ありがとう、大分楽になった」
まだ身体は動かないが、先程までの言葉に出来ない生命の危機的な感じがなくなった。
「師匠……」
ポーションで辛うじて息は整っているが、ネクティスが起き上がる様子はない。
「それじゃ、戻るとするかの」
相変わらず汗ひとつ出ていないルミエーラ。俺も何とかネクティスを背負って門まで戻ると、船頭と仁美が待っていた。
「おぅ、お疲れさん。上で見てたぜ」
「もーちょーびっくりしたんだよ!」
仁美はぷんぷんと怒ったふりをしているが、小柄なのも相まってちっとも怖くない。
「悪かったって、まぁ大丈夫だったんだから良いだろ」
「駄目ですよ! そんな考えじゃ、いつか死んじゃいますよ!」
仁美と船頭にポーションを渡したジェヴィがグイッと顔を近づけて怒る。その手にはポーションがもう一つ握られていた。
「お、おぅ」
「もう、無茶しないでよね」
俺がポーションを飲むのを確認して、ジェヴィは寂しく笑った。
「それじゃ、お主はジェヴィとネクティスを送ってくるのじゃ」
ルミエーラはそれだけ言うと、船頭達を連れて宿に行ってしまった。
「薬、出来そうか?」
「どう、かな」
噴水に夕日が反射する。夕刻を知らせる鐘が一度鳴った。家を出た時とは違い、今は人もまばらに歩いている。
「ネクティスから聞いたんだが、難しい薬なんだろ?」
「うん。素材も貴重で……ほんとは失敗するの、すっごく怖いの」
ジェヴィがそっと近づいて小さな声で話す。耳に息がかかってくすぐったい。
「そうか、そういや何でそんな高価な薬作るんだ? 別に病気でもないんだろ?」
ネクティスは薬を飲んでも意味がないらしいし。
玄関で靴を脱ぐ。狭い廊下を進んで、ベッドにネクティスを寝かせた。
「課題なの」
ジェヴィはカーテンをシャッと閉じる。
「師匠が僕に課した最後の課題。だから絶対にクリアして、師匠に褒めて貰いたいんだ」




