21
……懐かしい夢だ。
ギシリと鳴るベッドから起き上がる。窓からは暖かな陽光が射している。リビングから聞こえる賑やかな声に気がつく。
「おや、お客さんかい?」
リビングでは、ジェヴィとジンが軽食を食べていた。甘い匂いが鼻腔をくすぐる。いつものクッキーだ。
「お邪魔してます。体調は……大丈夫なんですか?」
「あぁ、良いから。むしろ元気なくらいさ」
立ち上がろうとしたジンを座らせ、自分も椅子に座る。
「ジェヴィ。ジンくんにあれを」
クッキーを一つ摘む。ジェヴィがパタパタと棚に向かった。
「あっ! そうでした!」
「なんだ?」
「今朝、ルミエーラが来て頼まれたんだ」
「これです!」
ジェヴィが棚から取り出したのは、紫色のペンダント型の魔道具だ。
「精神操作魔法を無効化する魔道具です! 師匠の指導の下、朝から作ったんです! 良ければ着けてって下さい!」
「おぉ! ヒジリ対策か」
ジンは魔道具を受け取り、首から下げる。ジェヴィがパタパタと手を叩く。
「似合ってます!」
「ありがとう。良い土産を貰ったよ」
帰ろうと玄関に振り返るジン。ジェヴィが小さく肩を落とす。少しだけ伸びた手が虚空を掻いていた。
「ジンくん。明日のこの時間は暇かな?」
「え、まぁ昼からは自由時間ですけど」
「なら、家でジェヴィの相手をしてくれないかい? 満薬を作るなら手伝いが居たほうが良いだろう」
「元々手伝う予定でしたし、大丈夫ですけどジェヴィは良いのか?」
「も、勿論!」
「なら決定だな。明日も昼から来るように。分かったな」
「は、はぁ」
「じゃあまた明日ね!」
嬉しそうに食器を片すジェヴィ。自身の選択は正しかったようだ。
——ジェヴィの家を出た刃は薄暗い路地裏で立ち止まり、剣に手をかける。
「何の用だ?」
語りかける先。脇道から一つの影が出てくる。
「落ち着けって、俺だよ俺」
現れたのは船頭 航機。俺の元クラスメイトだ。
「ルミエーラから頼まれたんだよ。ジンを迎えに行くのじゃ! ってな」
「へぇ、だったら家まで来てくれりゃ良かったのに」
「場所知らねぇからしょーがねぇだろ」
共に路地裏を進む。俺の横にスッとやって来て、肩を組もうと手を回してきた。
「で、本当は何の目的で来たんだ?」
船頭の腕を避ける。その手には鋭利なナイフが握られていた。
「マジかよ、何で分かったんだ?」
首元に剣を向ける。船頭はナイフを落として手を上げた。
「ルミエーラは俺の事を名前で呼ばないんだよ。そっちこそ、どういう見解だ? まだ洗脳が残ってるのか?」
「残るどころか、元からされてねぇよ。チャカだよチャカ。持ってんだろ?」
ドスの効いた声で、降参のポーズを取りつつも逆にこちらを脅す。
「生憎だが、持ってないね。草原に置きっぱなんじゃないか?」
「おいおい、俺に隠せると思うなよ?」
「なら、ルミエーラに聞いたらどうだ?」
「あんなバケモンに聞けるかよ」
呆れた様に頭を振る。ついでとばかりに気付けば手も下げている。完全に舐められてるな。
「なら諦めるんだな。銃は別れた時にあいつに渡したよ」
「はぁ、そうかよっ」
船頭は軽く舌打ちしてゴミ箱を蹴った。
「つか、何であんなもん持ってんだよ」
剣を仕舞う。船頭は蹴り倒したゴミ箱を直しながら答えた。
「あ? んなもん俺が組の若頭だったからに決まっとるやろ」
零れたゴミを拾う自称若頭。猫を被るのは辞めたのか、乱暴な話し方に変わっていた。
クラスだと仁美と一緒にいるおとなしい男子な印象だっただけに、意外だ。
「あ、仁美には言うなよ。言ったら……分かってんだろうな?」
「言わねぇって。一々脅すような口調はやめてくれよ。今更ルミエーラより怖い物が出てくる事はねぇんだから」
「それもそうだな」
船頭の睨む目が緩む。
「脅して悪かったな。当分はこのドスでどうにかするか」
落としたナイフを拾ってクルクルと回す。
「なぁ、さっき言ってた洗脳に掛かってないって」
ドスを懐に仕舞う船頭に声を掛ける。
「ん? あぁ、マジだよ」
「どうして掛かんなかったんだ?」
何でもないことの様に話す船頭に思わず声を強めて聞く。
「落ち着けって。俺の能力忘れたのか?」
忘れたも何も教えてもらった記憶がないんだが。
「矢の軌道を変えてたやつだよな?」
「それもそうだが、んなちゃちなもんじゃねぇ。俺の能力は誘導物の流れだけじゃなく、人の思考や行動も誘導出来る」
そんなもの、ほとんど洗脳じゃないか。
「聖の思考を誘導して、どうにか俺は洗脳されなかったが、矢見が洗脳されちまった。俺も洗脳された振りしつつ、どうにかここまで逃げてきたんだ」
船頭は息を吸うと、捲し立てた。
「洗脳を解ける奴がいたと思ったら、チャカは取られるわ、俺の能力が効かんわお前らどうなってんだ? お前に関しては昨日までは効いてただろ。何故効かなくなってる? ここまで答えたんだ。そっちも正直に話したらどうだ?」
「そんな事言われても、別に俺にそんな力は……あ」
静かで湿った路地裏に、俺の素っ頓狂な声が響いた。




