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「マリー、少しいいかな?」


ノックの後、扉の外から遠慮がちにアルフレッド坊ちゃんの声がした。


「あら!坊ちゃん?少々お待ちくださいませ。」


私は慌てて刺しかけの刺繍をテーブルに置いてドアを開けて外に出た。

坊ちゃんは先日のアドバイスのお礼にと、クッキーの包みを渡してくる。

アドバイスというほどのことはしていないのに、優しい坊ちゃんは折に触れお菓子や小物などを差し入れてくれる。


デュランにも声をかけて坊ちゃんの部屋に行き、お茶を入れると、坊ちゃんとデュランは気安い様子で軽口を叩き合っている。

いつも通りの光景に私の頬は勝手に緩んでくる。

デュランは時々失礼な物言いをするので、都度嗜めるが坊ちゃんは気にしていないようだ。


赤ん坊の頃から乳を与えてオムツを変え育ててきた坊ちゃんは私の子供同然だ。

幼い頃は女の子のように愛らしいが、体が弱く病気がちで少し内気な性格のため心配が尽きなかった。最近はどんどん逞しくなり、その成長を嬉しく思うが、少々自分に厳しすぎるきらいがあり、無理をしがちなのが気になっている。


私にはキースとデュラン2人の息子がいて、坊ちゃんも男の子なものだから娘も欲しかったな、なんてよく考えていた。

去年キースの婚約が決まり、やっと娘ができたと嬉しくて仕方がなかった。

乳母としてボーデン家に来てしまったので、連れてきたデュランと違いキースは一緒にいてあげられた時間が少ない。

寂しい思いもしただろうにキースは優しい子供に育ってくれた。

シェリルは子供の頃から我が家に出入りをしていたが、大人びていて賢く慎ましやかな女の子だ。

2人なら穏やかで暖かい家庭を築くことができるに違いない。

キースとの仲は良さそうなので、口には出さないが孫の誕生もものすごく楽しみだ。


次はデュランと坊ちゃんの番だ。

2人はどんな女の子を選ぶのだろう。

特に坊ちゃんは恋愛面では奥手のようで、子供の頃から「マリーと結婚する」と言い続けている。

母親や乳母やメイドなどいつもそばにいる異性に執着するのは子供には良くあることだが、歳を重ね世界が広がることで価値観は変わり、人間関係を構築する中で人との距離感ややりとりを身につけていくのが普通だ。

坊ちゃんはそちらの発達がまだ十分ではないのだろう。


坊ちゃんが幼い頃小さなその身に女神の祝福を授けられ、もがき苦しむ姿を私は見てきた。

恐ろしい目にあい、心の底から好きな事を取り上げられて、なぜ坊ちゃんがこんな目にと涙を流した夜もあった。

しかし当の坊ちゃんは、しっかりとそれを受け止め、立ち向かい、気持ちをコントロールされている。


絵を描いていた時間を剣術や学問に費やすようになると、元々優秀な坊ちゃんはすぐに頭角を表した。

しかし時折見せる寂しげな表情や空虚な瞳に私は気がついてしまう。

私は何もいえないし、坊ちゃんも何も言わない。

まだ17歳なのに、優しいだけではなく、努力し続ける忍耐力と強い心を持つ本当に立派な人なのだ。


願わくば坊ちゃんの全てを受け入れて包み込んでくれるような、そんな女性と幸せになってくれますように、そう祈らずにはいられない。


私の部屋には坊ちゃんの描いた絵が今でも壁一面に飾ってある。

坊ちゃんの描いた絵は明るく楽しく愛に満ち溢れている私の宝物で、どうしても目に入る場所に飾っておきたいのだ。

坊ちゃんの絵を見ていると、辛いことや悲しいことは泡のように消え去り生きる力が湧いてくる気がする。


とはいえ、絵を諦めた坊ちゃんに見せるのは酷なので、なるべく私の部屋は解放しないようにしている。

あの頃の坊ちゃんのキラキラした瞳は取り戻せる日が来るのだろうか。

私は坊ちゃんの描いてくれた私の似顔絵を指でなぞり、小さくため息をついた。

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