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一応本編完了です。これからちょっとだけ番外編的なものが続きます。
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それからの一ヶ月、僕達はあの二日間は夢だったのではないかと思うような穏やかな日々を過ごした。
前世の記憶を取り戻した僕はアナベル嬢の銀の髪と灰色の瞳を見るたびにかつての妻を思い出して少しだけ胸が苦しくなった。
アナベル嬢やローズ様は前世の僕の子孫なのだ。
前世の僕の妻や子供たちは僕がいなくなってからも幸せに暮らしていくことが出来たのだろうか。
平民だった僕の子孫が公爵家になっているのだから、きっと平穏な人生を送ったのだと信じたい。
ビアンカは昔のように僕の後をついてまわり、ふわふわの毛皮をなすりつけてくる。
ビアンカが僕の死んだ後に家族を守ってくれていたのは間違いないが、ビアンカと言葉を交わすことはできないから詳しいことはわからない。
ただ何となく雰囲気が伝わるだけだ。
1ヶ月の間、僕はこれまでの時間を取り戻すようにビアンカを抱きしめて撫でて語りかけた。
ボーデン家もジェンダー家も皆がビアンカを大切にして愛情を注いだ。
ローズ様は祝福をのせた料理を作り、アナベル嬢は音楽を奏でた。
2人の祝福を受け取るとビアンカはより一層嬉しそうに尻尾を揺らした。
合間合間に相談をして、即位式の演出を決めていった。
別れの時が近付いて来るのを感じて僕はどうしようもなく寂しくなる。
でも僕もビアンカもわかっているのだ。
どうするべきかというものが心の真ん中にちゃんとある。
いよいよ明日は即位式という日に、僕たちはボーデン家に集まりビアンカのお別れ会を開催した。
大量の豪華な料理は全てローズ様が作り、アナベル嬢は様々な楽器を演奏した。
僕も小さな頃のビアンカを絵に描いて作り出した。
小さなビアンカはまるでビアンカの子供のように、コロコロとビアンカの足元を走り回り、ビアンカにじゃれついている。
ビアンカは料理を食べたり、音楽に耳を傾けたり、小さなビアンカと遊んだりしながらゆったりとくつろいでいた。
会がお開きになると、ビアンカはひとりひとりの元に歩いて行き鼻をつけて挨拶をした。
言葉がなくてもありがとうと言っているのが伝わってきて、誰も彼もが目に涙を浮かべている。
アナベル嬢は嗚咽を漏らすほど泣きじゃくっていて、僕はアナベル嬢の背中を摩りながらハンカチで涙を拭っていた。
ふと顔を上げて僕の顔を見たアナベル嬢が、ハンカチを取り出して今度は僕の目を拭った。
僕達は赤い目を見合わせて笑い合い、ビアンカがそんな僕たちの頬をペロペロ舐めた。
明日はいよいよビアンカが天に帰る。
感謝、親愛、尊敬、希望、願い。これからもどうか幸せに。
僕はいろいろな思いを込めてビアンカの鼻先にキスをした。
翌日は良く晴れて雲ひとつない青空が広がっていた。
即位式にふさわしい好天だ。
王となった王太子殿下がラッパの音と共に壇上に上がると、地面が揺れるほどの歓声が鳴り響いた。
金の王冠と白いマントが王の色素の薄い美貌を引き立てて、天使が地上に降りてきたかのようだ。
僕達は準備していた即位式の演出を始めた。
まずアナベル嬢がヴァイオリンで祝福をのせた演奏を響かせた。
範囲が広いため効果は強くないが、それでもその演奏は多くの人を高揚させていく。
そして僕が何日もかけて書き上げた金の鳳凰が光を撒き散らしながら王の頭上を旋回する。
そのあまりの神々しさに拝む人が出てきた。
最後に強い風が吹いて色とりどりの花弁を巻き上げる中、白く輝いたビアンカが走るように天へ上がっていく。
何とも幻想的な光景だが、実はビアンカの背中には小さいビアンカが乗っている。
小さいビアンカがビアンカから離れなかったのだ。
姿が見えなくなる間際にビアンカはひとつ遠吠えをした。
その瞬間僕の中の祝福の力が失われたのが感じられた。
きっとローズ様とアナベル嬢も同じだろう。
ビアンカの声は姿が見えなくなった後もずっと響いていた。
王が民衆に向かって高らかに宣言した。
「女神の御使が地上の力を持って天に帰られた。
これからは天より我々を見守って下さるだろう。
私の即位を天も祝福してくださっている!
この国は未来永劫安泰である!」
民衆の興奮は最高潮に達し、あちらこちらから「新王万歳」の声が聞こえてくる。
僕はビアンカの消えていった空からいつまでも目をそらせずにいた。
瞬きもせず空を見つめていると、いつのまにかそばに来ていたアナベル嬢に袖口を引かれた。
「アナベル嬢…」
「アルフレッド様、色々とありがとうございました。」
アナベル嬢がペコリとお辞儀をしてきたので僕も頭を下げ返す。
このひと月でアナベル嬢とはだいぶ気安い仲になり、以前よりも砕けて付き合えるようになってきた。
「僕の方こそお礼を言わせてください。これまで何度もアナベル嬢に出会えて良かったと思いました。
本当にありがとうございました。」
そういうとアナベル嬢はイタズラっこのように首を傾げて微笑んだ。
「私達はアルフレッド様の前世の子孫なんですわよね?御先祖様孝行出来たかしら?」
「十分すぎるほどですよ。」
笑いながら手を広げるとアナベル嬢は笑みを引っ込めて僕の目をじっと見つめる。
「よかったわ。
…アルフレッド様から見たら私は娘のように思われたりなさるのかしら?」
「あはは。前世の娘はまだ3歳くらいでしたから、そんな風には思えないですね。」
「では…では、私を1人の女性として見ていただける?
それとも子孫だと思うと愛する事はできませんか?」
その言葉に僕は一瞬頭が真っ白になった。
アナベル嬢を女性として愛する?
「…!アナベル嬢!
……あなたを愛することはない?」
掠れた声が口から漏れた。
アナベル嬢が不安げに瞳を揺らす。
僕は首を振りアナベル嬢の手を取ってその黒真珠の瞳をじっと見つめた。
「そんなはずがない。僕はもうあなたに惹かれています。」
僕は片膝をついて握っていたアナベル嬢の手の甲に唇を落とした。
「僕と結婚してくださいますか?」
アナベル嬢は泣き笑いのような顔で頷いてから躊躇いがちに僕の後ろを指差した。
振り向くと僕の後ろには両親もローズ様もデュランもマリーも立っていて、笑いを堪えて目を泳がせていた。
「労いの言葉をかけにきたらいい所だったから…」
「…いや、見てないでそっと立ち去れよ。」
「つい…」
「ねえ?」
「気になるし…」
「「「まあ、とりあえずおめでとう!」」」
みんなの祝福を僕とアナベル嬢は真っ赤になって受け取った。




