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ローズ様とアナベル嬢が階段の上にある小さな扉に手を掛けるのをぼんやりと眺めながら、僕は頭の中にアルフレッドと呼ぶ声が強く響いてくるのを感じた。

この部屋にたどり着いた時は息も絶え絶えだったが、アナベル嬢が耳元で歌ってくれてから身体がふわっと軽くなり、暖かいものが身体中を流れていくのがわかった。

ようやく肺に空気を取り込めるようになると今度は声がうるさいほど響き始めたのだ。


デュランやマリーに聞いても何も聞こえないという。

これは女神の声なのだろうか。

なぜ僕の名前をずっと読んでいるんだろう。

そしてこの部屋は何だかとても懐かしい気配がする。

僕は何かを忘れていて、それはとても大事なことのような気がするのだが、それは深い場所に仕舞われていて自分では探し出せない。


カチャリと音がして小さな扉が開かれると扉の奥から濃密な祝福の気配が漂ってきた。

その祝福の色は真っ白で僕と全く同じなのだ。

流れてくる気配が纏わりついてくるが、それがしっくりと良く馴染む。

胃の辺りがモゾモゾとしてこんな状況なのに嬉しくて楽しくて笑い出したいような気持ちが迫り上がってくる。


自分の感情を持て余していると、デュランの腕の中から僕の描いた鳥が飛び立った。

鳥と意識の共有はしていない。

本当に命を得たかのように鳥は優雅に僕の頭の上で円を描いてから一直線にローズ様とアナベル嬢が開いた扉の中へと入って行った。


扉の中を覗き込もうとしていた2人が突然の鳥の乱入に驚き身を引いた瞬間、その扉の中から目を開けていられないほどの眩い光が発せられ、真っ白い小さな毛玉が階段を転がり落ちてきた。


毛玉は意思を持っているかのように真っ直ぐに僕の方へ向かって転がってくる。

アルフレッドと呼ぶ声はこの毛玉から聞こえていたのだ。

毛玉の声はとても嬉しそうに弾んで、僕は何だか泣きたくなった。


その毛玉の後を追ってローズ様とアナベル嬢も階段を降りてきた。

2人ともこれ以上ないくらいに目を見開いて僕と毛玉を見つめている。


僕は近づいてきた毛玉に思わず手を伸ばした。


「ビアンカ…?」


僕の口から知らない名前がこぼれ出ると同時に、忘れていた全てが洪水のように溢れ出し、僕の心と頭を呑み込んだ。


「ああ、そうか。やっと思い出した。こんな所にいたんだね。待たせたね、ビアンカ。」


毛玉は嬉しそうにぴょんぴょん跳ねてくるりと回ると、ピカッと光って1匹の大きな白犬に形を変えた。


「こんなに長い時間ずっとこの世界を守ってたのか?やっぱりお前はいい奴だなぁ。」


僕がビアンカの頭を撫でるとビアンカは昔と同じ黒いつぶらな瞳で僕を見つめながら嬉しそうに尻尾を振った。


「ビアンカ、僕は女神様に言われてお前を迎えに来たんだ。お前はもう御使として天に帰ることができるんだよ。」


ビアンカは不思議そうに首を傾げ、クウ、と鳴いた。


「僕はビアンカの力を貰っていたから、死んでから女神様に呼ばれたんだ。そこでこの世界の事もビアンカの事も教えてもらった。

ビアンカが僕達を助ける為に禁忌を破った事も聞いた。

僕達のために辛い思いをさせてごめん。

女神様は僕達の祝福を全てビアンカに返せば、ビアンカをまた天に召して御使としての使命を果たせるようにしてくれると約束してくださったんだよ。」


ビアンカは鼻を僕に押し付けてイヤイヤをするように首を振る。


「あはは。久しぶりに会ったんだもんなぁ。すぐにとは言わないよ。僕ももう少しビアンカと一緒にいたいんだ。」


僕がビアンカを抱きしめると、恐る恐るアナベル嬢が近寄ってきた。

顔を上げるとデュランもマリーもローズ様もポカンとした表情でこちらを見ている。

すっかり状況を忘れていたことに気が付いて僕は苦笑いを浮かべた。


「アルフレッド様…?これは、どういう?

アルフレッド様はやはり御使でいらっしゃったのですか?」


「ああ、アナベル嬢。みんなにも説明しなくてはならないね。」


僕はぽつりぽつりと前世からの話を始めた。


御使は天からこの世界を守る存在で、僕ではなくビアンカが御使であること。

たまたま前世でビアンカの面倒を見ていたのが僕であること。

僕と家族をビアンカが守るために御使の力を僕に譲渡したこと。

それは禁忌でそのせいでビアンカは天に帰れなくなってしまったこと。

僕が死んだ後もビアンカは僕の家族とこの世界を守ってくれていたこと。

僕は死んでから女神に呼ばれて全てを知ったこと。


誰も口を挟むことなく僕の話に聞き入っていた。


「それで、御使の力は僕たちが本来持つべき物ではないから、全てをビアンカに返したいと思うんだ。

そうすればビアンカは天に帰っても良いと女神様が許してくださった。

僕だけならいいのだけど、ローズ様とアナベル嬢も力を受け継いでしまっているから、返さなくてはならなくなるんだけど…

2人は嫌かな?」


「いいえ!私はただ音楽を愛しているだけでそこに祝福を必要とはしておりません!

ビアンカ様がそれで本来の姿を取り戻すことができるというなら、断る理由がありませんわ!」


アナベル嬢が勢いよく答える隣でローズ様は深く頷いていた。


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