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「お祖母様、アルフレッド様は大丈夫なのでしょうか…」
アナが窓の外を眺めながら不安げに呟いた。
一昨日、アルフレッド様が帰ってから程なくして、王家に潜り込ませていた者から報告が届いた。
アルフレッド様を王家が連れ去ろうとしていると言う知らせに私はアルフレッド様を再びこの邸に呼び戻そうかと一瞬考えた。
しかしもう見張りが遣られているだろうし、今動くと向こうの思う壺になりかねない。
そう考え直し、アルフレッド様には伝言のみ残してアナをこの屋敷に滞在させる事にしたのだ。
「アナ、アルフレッド様はとても優秀な方ですもの。心配いらないわ。」
「ですが…」
私はアナの両手を握りソファに座らせてからお茶を淹れた。
ほんの少しの祝福をのせ、アナが落ち着いて元気になれるようにと願いながら。
アナの気持ちはよくわかる。
祝福を授かったものにとって、同じ力を持つものは本当に特別な存在なのだ。
私は大叔母様が亡くなってアナが生まれるまで、重積と孤独の中でただ一人生きてきた。
祝福は私に多くの幸せを感じさせるとともに、多くの不幸も運んできた。
それはものすごく感覚的なもので、言葉で表現する事は出来ないし、きっと普通の人には感じられない。
祝福を受け止める事は、天にも昇るような気持ちにもなるし地獄に突き落とされたような気持ちにもなる。
少しずつコントロールして折り合いをつけられるようにはなるものの、やはり分かり合える存在がいる事は何よりもの心の支えになるのだと、アナが祝福を授かってから私は強く思ったものだ。
アナには私がいるから今はまだいいが、私が死んだ後のことを考えると胸が痛んだ。
そんな時にアナはアルフレッド様と出会い、その力を感じ取った。
その衝撃は私も同じだったから良くわかる。
同じ年代に分かり合える存在ができたことでアナはきっと心を掬われただろう。
いつも音楽にしか興味を寄せなかったアナのアルフレッド様への態度を見ていればすぐにわかる。
アナの為にもアルフレッド様は守らねばならない。
これまでも何度も第一王子や王弟は私達にちょっかいをかけてきている。
それを跳ね除けるために少しずつ私は手を伸ばし、あちらこちらに繋がりを作り、人を送り込んできた。
こんな事は私達の代でだけ起きているわけではない。
前人たちも自分達の身を守るため様々な細工を凝らしてきている。
どう動くべきか慎重に考えなくてはならないのはいつの時代も同じだった。
今、1番の懸念事項はアルフレッド様の祝福を王に知られる事だ。
ジェンダーの血を持たないアルフレッド様の祝福は御使の予言をどうしても思い起こさせるだろう。
王は変化を好まず、国と血の繋がった身内だけを大切にする人間だ。
そんな王が世界を変え得る存在を許すはずがないのだ。
一見公明正大で穏やかに見えるが、あの男は、どこか狂っている。
だって、王妃を御使かもしれないと疑って、その手にかけたのはあの男なのだから。
隣国から嫁いできた王妃は美しく明るく朗らかで誰もがその魅力に惹きつけられるような方だった。
もちろん女神の祝福など受けてはおらず、その存在だって詳しくは知らなかっただろう。
ただ普通の人よりも少しだけ感受性が強い、それだけだった。
まだ私が1人女神の間で祝福を捧げていた頃、その祝福の気配を感じ取って王に尋ねたのだと聞いた。
「楽しげな気配が奥の部屋から流れてくるわ。私もご一緒できないのかしら。」と。
自分の感じられない祝福の気配を感じ取れる感性があり、そこに混ざりたいという希望を持っている。
ただそれだけで王は恐れ、疑い、王妃を殺めたのだ。
第一王子はまだ12才だったはずだ。
しかし王家の色を持たないあの子の周りには当時敵が多く、年齢以上に賢く育っていた彼は全てを知り、愛してくれていた母を奪った王の事もその一因となった私達の事も憎むようになった。
隣国だって病に倒れたと言う我が国の言葉をそのまま受け取ったはずがない。
嫁に出したとはいえ、大切に育ててきた王女の急な死をあらゆる手段で調べたに違いない。
国力の差がある事で口を噤まざるを得なかったのだろうが、その禍根は未だ潰えていないはずだ。
今回の王弟の隣国との連携はその事が根底にあるのではないだろうか。
いずれアナにとアルフレッド様には全て話すつもりではいたのだが、まだ早いと呑気に構えてしまっていた。
私としたことが状況を見誤ってしまっていたのだ。
どう動くのが最善なのか、私はアナを慰めながら必死で考えていた。




