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僕はソファに横になって目を閉じ、てんとう虫と意識を共有させた。
てんとう虫を部屋から部屋へと移動させながら話し声に耳を傾ける。
どうもてんとう虫は体が小さいからか視野がはっきりせず、耳だけが頼りのような状態になってしまった。
飛んでいる時などに遠くを見る分には対象を把握出来るのだが、近くのものは大きく見えすぎてしまう。
だが聴覚は十分に機能しているので、僕は人々の会話を注意深く聞いてまわった。
「…ダメだと言ってるだろう!」
少し離れた部屋から間違いなく先ほど聞いた王の声が響いた。
急いでそちらに向かい、ドアの隙間を通り抜け椅子の陰に身を寄せる。
「いい加減にして下さい父上。父上がそのように甘い事を仰るから王弟が調子に乗ってこのざまです。
王弟もジェンダー家もやはり排除すべきです。」
「お前が大切な息子であると同時に、あいつも大切な弟なのだ。どうにかしてやりたいと思うのは当然ではないか…」
「王弟が隣国より大量の武器を入手しているのを確認いたしました。甘言を用いて貴族の1/3も派閥に引き入れている。あの男は間も無くクーデターを起こしますよ?」
「わかっているよ。もう潮時なのは。王弟は捕えると言っているだろう。だが処刑はしないし、ジェンダー家を廃するのもダメだ。」
「本当にわかっているのですか?あの家があるからこそ王弟はいつまでも玉座を諦められなかったのですよ。
あの家の力はいつまでも愚かな人間に夢を見させる麻薬のようなものだ。
万が一女神の守りがこの国を守っているのだとしても、私達はそれに頼り切るのではなく自ら対策を取り、対応していくべきなのです。それが一国の王としての努めでしょう!」
そこまででもう限界だった、
ギリギリまで粘ったが集中力の限界を迎えた僕は意識を解放してゆっくりと目を開けた。
ソファに横たわり何時間も同じ姿勢でいたせいか身体が強張っているし、全身が汗に濡れていて寒気がする。
汗だくの身体が気持ち悪いと思いながらも、僕は疲れ切っていてソファに体を預けたまま動けずにいた。
カツカツと階段を登ってくる音が聞こえ、メイドが食事を持って現れた。
さすがに幽閉用の塔だけあってよく見ると格子の下の部分に食事を出し入れする様なスペースが取られている。
メイドはそのスペースに食事のトレーを差し入れて背を向けた。
僕は顔だけを動かしてメイドに声をかけた。
「申し訳ないが体を拭くための濡れタオルと乾いたタオルを一枚ずつ用意していただけないだろうか。
それと、着替えももらえるとありがたい。身一つでここにきてしまったもので。」
「かしこまりました。すぐにお待ちいたします。」
メイドはこちらに向き直り礼をとった。
この様子を見るとそれなりに丁寧に扱うようにと言われているのだろう。
「もうひとつ、ペンと便箋があるのだが、手紙を書いて届けてもらう事は可能なのだろうか。」
「確認させていただきます。」
「ありがとう。手間をかけるがよろしく頼む。」
メイドは頭を下げて今度こそ階段を降りて行った。
気合を入れて軋む体を無理やり起こし格子扉のところまで食事を取りに行く。
トレーの上にはパンが2つとサラダ、ポタージュスープにステーキが乗せてあり、オレンジが半分に切って添えられている。手を翳すとスープの熱を感じられてまだ暖かい。
それなりに豪勢な食事を用意してくれたようだ。
テーブルにトレーを運ぶ気力も湧かず、格子にもたれてそのままその場所でパンを千切る。
ひと口飲み込むと腹が減っていたのを思い出して次々と口に放り込んでいった。
そう言えば今日は朝も昼も食べていなかった。
腹が満たされると少し元気になったような感じがする。
トレー用の隙間の横にはポットとカップが置いてあり、ポットには紅茶がたっぷり入っている。
僕はカップに紅茶を注ぎ一気に煽った。
暖かいスープでそれなりに体に温度が戻ったが、紅茶はスープよりも温度を保っていてようやく人心地つけたような気分になった。
僕は大きく息を吐いてカップとポットを机まで運びまたソファに腰を下ろした。
目を閉じて頭を働かせる。
ローズ様は色々ご存知のようだし、情報も早い。
僕がここに連れてこられるのを昨日の段階で掴んで自分の手の騎士を紛れ込ませたのだろう。
王はジェンダー家を尊重するような口振りだったことを考えると、王に保護を求めれば良い気もするが、なぜ王に何も話すなと僕に伝えたのだろうか。
ここから先は材料がなさすぎて考えても妄想の域になってしまうな。
僕は今日はもう考えることを放棄する事にした。
もう一杯紅茶を飲もうとポットに手を伸ばしたところで、またカツカツと靴音が聞こえメイドが塔を上がってきた。
手にはお湯の入った盥とタオルと着替えが持たれており、また食事用の隙間から差し出される。
「お手紙についてですが、出すのは可能だが検閲はさせてもらうとの返答でございました。
また何かございましたらいつでもお申し付けください。」
全くの無表情でそう言い残し、メイドはまた塔を去って行った。
僕はタオルをお湯に浸して絞り体を拭いた。
冷たい濡れタオルを覚悟していたが、温かいお湯を貰えたのはありがたい。
隅々まで体を拭いた後、盥に頭を突っ込んで髪を濯ぎ、乾いたタオルで水分を拭き取ってから着替えに袖を通した。
着替えは緩めのシャツとズボンで綺麗に洗濯してあるものだった。
今日は長い1日だった。もう気力も体力もこれっぽっちも残っていない。
僕は疲れた体を引きずってベッドに潜り込んだ。




