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それから僕は女神の祝福について学び、コントロールをするための訓練を始めた。
王家にとって特別な存在であるローズ邸に頻繁に通っているのが見つかるのは得策ではないと話し合い、週に1度アナベル嬢に来ていただき、月に2度ほどお忍びでローズ邸へ行くという日々を送ることとなった。
我が家では知識を身につけたり、アナベル嬢やローズ様の祝福に触れて感覚や耐性を身につける訓練をし、ローズ邸では僕の祝福についての色々な確認や調整を行った。
僕がまだ自分でコントロールというものができないうちは、ローズ邸の練習部屋でないと祝福を発現させるのには危険が伴うという事で、発現の練習はもっぱらローズ邸で行われた。
ローズ様ほど緻密にコントロールが出来るようになると、軽く意識を失わたり、逆に意識を失わせる事なく言うことを聞かせられるようになるらしい。
その際の祝福は自分が解除しない限り継続するようにもできるし、時間がたてば自然と消えるようにもできるとのことだ。
アナベル嬢は発現の強弱は可能だが、そこまで繊細な調整はできないと言っていた。
僕は自分自身が絵を描いている時にのめり込みすぎて、周囲どころか自分の存在すら曖昧になってしまう。
まずは意識をしっかりとキープしたままで絵を描けるようになる事が第一関門だった。
最初はキャンバスに向かう僕のすぐ横にアナベル嬢かローズ様が立ち、僕がのめり込んでいくと声をかけたり腕を押さえたりして呼び戻してもらいながら絵を描く練習を繰り返した。
かなり苦労したが、どうにか自分自身を保ったまま絵を描きあげられるようになると、その頃には自分の中にある祝福の存在を感じ取れるようになっていた。
それは胸の真ん中に集まり、鼓動に合わせて拍動する光の粒子の集合体で、なぜ今まだ気がつかなかったのか不思議なほどに熱く体を巡っている。
もちろんアナベル嬢とローズ様のそれも意識すると見たり感じたりする事ができる。
僕はそれぞれの祝福にうっすら色がついて見えて、アナベル嬢は水色、ローズ様は緑色の光を纏っているように見えるのだが、2人に見えるのはただの白い光で強弱はあるが色は付いていないと言っていた。
半年ほどしてローズ邸で絵を描き終えた時、アナベル嬢が僕の絵を眺めながら僕に声をかけてきた。
「アルフレッド様はもう意識を持って行かれることはほとんどなくなりましたわね。これからはこの部屋を使う必要はないと思います。」
「アナベル嬢のおかげです。しかし自分で調整して祝福を乗せることは全くできませんね。」
「まあ!そんなにすぐにはできませんよ。アルフレッド様は自信家でいらっしゃるのかしら?」
目を丸くして面白そうに笑うアナベル嬢に揶揄われているのだと解りながら顔が赤くなる。
「い、いいえ!大体のことは然程苦労せずに出来てきていましたので…お二人が長い時間をかけて身に付けてきたものを教えていただいているのに、失礼な事を申しました。」
「ふふ。冗談ですわ。後は王宮の女神の間に一緒に伺える事ができると良いのですけれど…私達に権力はないしアルフレッド様が下手に目をつけられても困りますし…」
「その…僕がもし御使だったとして、女神の間に行く事で予言が動き出すことはないのでしょうか。世界が滅びるかもと言われてしまうと…」
アナベル嬢は目を伏せてゆっくりと言葉を発した。
「そうですわよね。お祖母様とも何度もお話をしたのですが、予言では『御使が次に現れた時に』と言われておりますでしょう。
それならばアルフレッド様がこの世に生まれた時、もしくは強い祝福を感じた9歳の時に何かしら起きたのではないかしら。
今何も起きていないのはアルフレッド様が御使ではないからというのがひとつ目の可能性。
まあ、楽観的観測ではありますが。
そしてふたつ目はやはり女神と何かしら直接のつながりを持つ事で御使として顕現するという可能性ですわね。
その時に世界がどうなるか、ですが、長い間女神様と直接ではないにしろ接してきた私達は女神様が世界を滅ぼすようなことをなさるとは思えないのです。
女神の間はいつも慈愛に満ちた清廉とした場所で、私達は確かに女神様に愛されていると感じるのです。」
「そうですか…例えばですが、ローズ様の祝福の力で衛兵を眠らせるなり何なりしてこっそり忍び込むことなどは出来ませんか?」
我ながらいい考えだと思ったが、アナベル嬢は困ったように首を横に降った。
「お祖母様は作った料理を食べさせなくてはなりませんもの。流石に怪しまれますわ。それなら私が音楽を奏でた方がまだましですが、私はまだ未熟で広範囲に影響を与える事が出来ないのです。」
先程から僕の心には少しだけもやもやした気持ちが浮かんでいる。それを伝えるべきかどうか一瞬迷ったが、僕はアナベル嬢の顔を真っ直ぐに見てひとつ呼吸をしてから口を開いた。
「僕はアナベル嬢とローズ様のおかげでまた筆をとることができました。こっそりとでも絵を描く事ができるだけで幸せなので、正直申しますと危険を冒してまで女神の間に行く必要を感じないのですが。」
2人の考えに異を唱えるのは申し訳ない気持ちもあったが、この半年、事あるごとに2人は僕に無理をしないよう、自分の気持ちを誤魔化さないよう言い含めてきた。その言葉を信じて僕は思ったことをそのまま伝えることにした。
「僕は、何かが起きるのが怖いのです。僕の大切な人達と今までと変わらず過ごしていく事が何よりの望みなのです。臆病者と思われるかもしれませんが、王家とも女神様ともできれば関わりたくない。
それではいけませんか?」
アナベル嬢はぱちぱちと目を瞬かせてから微笑んだ。
「ごめんなさい。そうですわよね。必要なんてないんです。私達が予言とか御使とかいう未知のものに不安を感じて、その不安をアルフレッド様で解消しようとしていただけですわ。」
「不安が現実のものになるのは恐ろしくないんですか?」
「恐ろしいですわね。でもその先によくない事があるかもしれないとわかっていながら暗闇に足を踏み出すのは人間の性のひとつかもしれませんわね。」
その気持ちもよくわかる。悪い事があるかもしれないと思っていても、大丈夫だったと安心したいがために手を出してしまう。
9歳の時に僕がまんまとやらかした事なのだから。
でもその後の後悔と苦しみをアナベル嬢には経験してほしくないと、その時僕は考えていた。




