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アルフレッド様がデュランとマリーと共にいらっしゃったのはお昼を少し過ぎた頃だった。


私はあれからずっとお祖母様の邸に滞在してアルフレッド様を迎える準備を進めてきた。

お祖母様と話をしたり、今まで見ることのできなかった過去の資料などを読み漁っていると時間はいくらあっても足りないほどだ。


アルフレッド様は絵に関するものは全て捨ててしまっているとおっしゃっていたので、絵を描くための道具を揃え、私がその部屋で使っていた楽器や楽譜などを別の部屋に移動して少しでも広いスペースを作るようにした。


アルフレッド様に絵を描いていただくのは、幼い頃に私が音楽の練習をしていた部屋だ。

この家は代々女神の祝福を持つものが住んできた邸で、祝福を乗せる練習をするための部屋がある。

その部屋は今までの様々な祝福を受け止めてきていて言葉にするのは難しいのだけれど、部屋自体が少し特殊な空間になっているので、そこが1番良いだろうということになったのだ。


3人を部屋に案内すると、やはりアルフレッド様は何か感じるものがあるのか、部屋の入り口で立ち止まり目を少し見開いた。


「ここは…何というか、聖なる場所のような感じがしますね。」


アルフレッド様の言葉は私やお祖母様には伝わるが、マリーやデュランはきょとんとしている。

祝福を持つものは祝福の気配を敏感に感じとる。

そうでない人は強くのせられた祝福でなくては影響を受けることはないのだ。


「取り急ぎ揃えたものですから、足りないものもあるかと思いますが…」


部屋の中央に置かれたキャンバスの前には椅子が置いてあり、横の机には鉛筆や筆、絵の具や水の他にインクや細かく砕いた宝石なども並べられている。

私達は絵を描いた事がなくて知識が全くない。

そのため出入りの商人に任せて一通り揃えてもらったのだが、それが十分なものかどうかの判断もできないのだ。


「いえ、十分です。絵を描くのは久しぶりなので…

祝福をのせると言うのは僕にはわからないので、上手くいかないかもしれませんが。」


「何も起こらなければ、勘違いだったと皆で笑えばいいのです。そんなに気張らなくてよろしくてよ。」


お祖母様がアルフレッド様の緊張をほぐすように努めて明るく声をかけると、ようやくアルフレッド様の口元に少しだけ笑みが浮かんだ。


「私達は部屋にいてもお邪魔ではないでしょうか。」


「問題ありません。少し時間がかかると思うので退屈でしょうが、いてくださる方が落ち着きます。」


そう言ってアルフレッド様はキャンバスの前に腰を下ろした。


震える手で鉛筆を持ち恐る恐る一本の線を斜めに入れた途端、アルフレッド様は私たちの存在など意識の外に追い出してしまったようにキャンバスに向かい滑らかに筆を動かし始めた。


私達は何も言わずにただその光景を見つめる。

誰もが微動だにせず、息すらしていないかのような静寂に部屋は包まれ、アルフレッド様の筆が紙を滑る音だけが響いていた。


真っ白だったキャンバスはみるみる埋め尽くされて行き、アルフレッド様の身体は薄らと小さな光の粒で覆われ始めた。

光の粒はどんどん濃度を増し、白く強く輝きながらアルフレッド様とキャンバスを包み込んでゆく。

もはや私達の目にはアルフレッド様の姿も描かれている絵も見えないほどの眩しさだ。


私やお祖母様が強く祝福を乗せてもここまでの光は現れることはない。

桁違いの圧倒的な力を感じて意識が飛びそうになる。

私達の力が馴染んだこの部屋でなければ私は倒れてしまっていただろう。

お祖母様やマリーやデュランは大丈夫だろうか。

そう思っても私は目を横に向けることすら出来なかった。


どのくらい時間が経ったのか、アルフレッド様がコトリと筆を置いた。

それを合図に、光の粒はキャンバスから畝るように空間へと腕を伸ばし、私達の周りには実体を伴った風景が広がっていった。


床は雲となり天井は空となり、月や星が手を伸ばせば触れられそうなほど近くで瞬いている。

風が吹き雲を流せば月が少しだけ隠れて、それまで目立たなかった星が輝きを増す。

雲の下には山があり、川があり、灯りのついた家が連なっているのが小さく見える。

家の明かりがひとつふたつと消えていくと、月が黄色を強くする。

何と穏やかで優しい風景なのだろうか。


私は目を閉じて全てをその夜空に預けた。


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