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瞼の裏が光を受けて赤く染まっている。
意識が浮上して、頭がゆっくりと動きだす。僕は眠っていたのか。
目を開けようと思っても力が入らない。
身体もだるいしもう少し眠っていたい気がする。
再び意識が沈んで行こうとしたところで、僕は慌てて目を開けて飛び起きた。
そうだ、アナベル嬢を送りローズ様の邸に来て…
まだ混乱する頭でどうにか状況を把握しようとする。
口の中がカラカラに乾いて喉がくっつき声が出ない。
何度も瞬きをしながら周りを見回すと、どうやら僕はソファに横になっていたようだ。
ソファのすぐ横には小さなスツールに腰をかけたアナベル嬢が不安げにこちらを覗き込んだ。
「これは…」
僕は手を握ったり開いたりして力を入れ、軽く頭を振ってまだぼんやりした意識をどうにか覚醒させようとする。
「アルフレッド様、ご気分は大丈夫ですか?」
「すみません。ご迷惑をおかけしたようで。申し訳ないのですが、まだ少々混乱しておりまして…」
「無理はなさらないで下さい。」
そう言いながらアナベル嬢は水差しからコップに水を注ぎ手渡してくれる。
一気に水を飲み干すとようやく頭が働き始めた。
「僕とした事が、プロムで酒を飲みすぎたのでしょうか。みっともないところをお見せしてしまい申し訳ありません。」
軽く頭を下げると、アナベル嬢は何も言わず俯き加減で首を横に張る。
なんだか怒っているような悲しそうな不思議な表情を浮かべながら、アナベル嬢は空になったコップに水を注ぎ足した。
「アルフレッド様、申し訳ございません。」
突然アナベル嬢が深々と頭を下げる。
「アナベル嬢が謝らなくてはならないことなど何ひとつありません。謝らなくてはならないのはこちらです。」
慌ててアナベル嬢の肩を押さえて頭を上げさせると、アナベル嬢の潤んだ瞳が真摯な光を浮かべてこちらをじっと見つめた。
「いいえ。今回のことは私が計画した事です。どうしても確認したい事があって。
アルフレッド様にはとても不快な思いをさせたと思います。本当に申し訳ありません。」
「計画…?」
何を言っているのか全くわからない。
僕は何かされたのだろうか。
ただただ首を傾げていると、アナベル嬢がまた深く頭を下げた。
「どうかこれから私の話を聞いて下さい。そして可能であればアルフレッド様の真実を私にお教え下さい。」
*****
その後、ローズ様も一緒に朝日が登ろうかという時間にまで及ぶ長い話し合いが行われた。
僕の考えは根底から覆され、自分の存在に恐怖を感じるとともに、今まで心の中に凝り固まっていた冷たい何かが溶け出すのを感じていた。
そう、これはきっと孤独だ。
僕だけが女神の祝福を授かっている、周囲に隠さなければという孤独と重圧がアナベル嬢とローズ様という存在により支えられ、少しだけ解放されたのだろう。
自分が世界の滅亡に関与するかもしれないという話を聞いた時は指先が冷たくなるほどの緊張感を覚えたが、僕にそんな意識はないし、それはどの存在なのだろうかと半信半疑になってしまう。
アナベル嬢やローズ様は実際に王宮で女神の存在を感じる事があるようだが、僕にはそのような経験もない。
それよりは自分と同じような力を持つ2人が現れたことによる喜びの方がより大きく僕の胸を占めていたのだ。
「アルフレッド様が祝福を受けたのは9歳の時とおっしゃいましたわね。」
「はい。光に包まれてはっきりと絵から何かが浮き上がって来るようになったのは9歳の時でした。」
「では、展覧会の絵やキースの家に飾ってあるマリーの似顔絵を描いたのはそれよりも前で間違いありませんわね。」
「マリーの似顔絵はどの絵なのか僕にはわかりませんが、おそらくもっと幼い頃のものかと。展覧会は8歳の時に描いた絵です。」
「はっきりと祝福を受ける前から祝福をのせた絵をお描きになっていたという事ですわね。」
「一般の人にはわからないでしょうが、私は確かにマリーの似顔絵からは祝福を感じました。」
「やはりアルフレッド様は元々祝福を身に宿してお生まれになっていて、それを強く発現できるようになったのが9歳の時と考えるべきでしょうね…」
「僕はあまり女神の祝福については詳しくなく…どちらかと言うと触れてはいけないものとして目を逸らしてきましたので何もわからないのです。」
「それはそうですわよね。ジェンダー家でも一部の者しか知らぬ事ですもの。私ですら今日初めてお祖母様に教えられたことすらあるくらいですわ。
…でももしアルフレッド様が御使だとしたら…
王家も予言については知っているはずですし、どのように動くか予測がつかないわ。」
「排除するか、取り込むか…
今の王家であるならば排除に動く可能性が強いでしょうね。
私達ジェンダー家ですら排除しようという考えもあるようですもの。」
「そうなのですか!?」
「ええ。女神に守られた環境をすっかり自分たちの力と勘違いして、もう女神の力など必要ないと考える者が出てきていると聞いたわ。
効果など目に見えてわからないし、祈るだけで地位も権力も与えられている私たちは寄生虫のような存在と考えているのよ。」
「…!何と愚かな…!」
「あの方達は何もわからないし感じられないのですもの。信じていないのに恐怖は感じる、何とも滑稽だと自分達で気が付かないものなのかしらね。」
ローズ様は皮肉げに口を歪めてから僕に向き直った。
「アルフレッド様の祝福を私達にぜひ見せていただきたいの。」
「それは…」
マリーの包帯が巻かれた手を思い出し、あの時の恐怖に一瞬躊躇したが、僕は目を閉じて大きく息を吸い、背筋を伸ばした。
「はい。かしこまりました。ただ、ひとつ。マリーとデュランにこの話をさせていただきたいのですが。」
両親よりも僕に寄り添って支えてくれた2人にはどうしても全てを伝えたい。
デュランは何も知らないだろうが、マリーはあの日以来、色々と考えることもあったであろうし、心配をされてきたのもわかっている。
これから何かが変わる予感がするし、僕自身どうなるのか予測がつかない。祝福をどう扱うのか、僕は生きて行けるのか、僕自身は何か変わっていってしまうのか。
今のうちに全てを伝えておかねば、僕も後悔するだろうし、僕に何かあった時に2人は大きな傷を心に負ってしまうに違いない。




