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俺の名前はデュラン。17歳だ。
父さんは子爵で、領地は王都に近いとはいえ小さく、うちは貧乏でもなければ裕福でもない弱小貴族だ。
ボーデン公爵家は名門中の名門で、本来なら関わることもあまり無いような雲の上の存在だが、父さんと公爵は学園の同級生で、どういう訳か仲が良かったらしい。
たまたま同時期に子供が生まれたため、ボーデン公爵が母さんに乳母になって欲しいと頼み、母さんはアルの乳母になった。
俺は母さんに連れられて公爵家でアルの乳兄弟として育てられ、将来は従僕としてアルに仕えるように言われている。
子供の頃のアルはサラサラの金髪を耳の下で切り揃え、ぱっちりした二重の目は明るいグリーンでピンクの頬っぺたと通った鼻筋、小さくて赤い唇はまるで女の子のように可愛かった。
細くて小さくて鈍臭くて、何かと言えばすぐに泣くアルを鬱陶しいと思うこともあったが、誰にでも優しくて公正な性格やそのせいで傷つく姿を見ているうちに、俺がアルを守らなければと思うようになっていった。
成長に伴いアルはどんどん男らしくなっていった。10代になると、身長は伸び、体つきは程よく筋肉がつき引き締まり、おかっぱだった金髪は短く刈り上げられて、顔付きは少し冷たそうに見えるものの、目鼻立ちがたいそう整った美男子になった。
見た目はカッコいいし、勉強も運動も成績上位で、性格も悪くない。
そんなアルは入学当初から学園でものすごくモテた。
モテ過ぎてファンクラブができ、「アルフレッド様はみんなの物」と不可侵条約的なものが作られるまであっという間だった。
アルからしてみたら、入学で慣れない環境になりみんな落ち着かない雰囲気だったのが収まった、程度の認識だろう。
自分の事に頓着しないので、ファンクラブの存在も知らないし、モテているなんて思ってもいないようだ。
学園女子達が遠巻きにアルを愛でる一方で、アルは母さんにどんどんのめり込んで行った。
「マリーと結婚する!」というアルの言葉は子供の頃は微笑ましかったが、今となっては気持ち悪い以外の何物でもない。
側から見ていてアルのそれは恋愛感情ではないと思う。
別に母さんに対してアレやコレやの欲望がある訳ではなさそうだ。
気に入った物をそばに置いておきたい感覚と同じなのではないだろうか。
母さんはもう40だし、何より父さんと今も普通に仲が良い。俺だってアルの息子になるとかあり得ない。
母さんはちょっと天然なところがあるせいで、アルのプロポーズも「パパと結婚するの!」と言っている5歳児くらいの気持ちで受け止めている。
残念なことに公爵夫妻も、人間性も素晴らしく、溢れんばかりの才能に恵まれているにも関わらず、頭が少々お花畑だ。
「アルったらいつまでも甘えん坊さんなんだから。」なんて言いながら微笑ましげに見ていたりする。
実際母さんに対するアルのメンタルはそのくらいの年齢レベルだとは思う。
でもそろそろヤバいことに気がついて欲しい。
もう17だぜ?
俺はアルのことを尊敬しているし、これからも一生をかけて仕えていくつもりだが、このままでは公爵家の未来はない。
なんとしても普通の恋愛をして、いや、見合いでもいいから結婚して後継を作って欲しい。
でも今の乳母コンのアルでは女の子達もドン引きだろう。
マザコンの旦那の評判は古今東西最悪だ。
ましてや乳母コンなんて目も当てられない。
どうしたもんだか。