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なんとなく微妙な雰囲気のまま僕達は会話をきりあげ、会場に向かった。

プロムの会場は眩い光に照らされ、色とりどりの衣装を着た紳士淑女がひしめいてまるで宝石箱のようだ。

奏者がヴァイオリンを控えめな音で演奏しながら人々を迎え入れ、先に入場した者達はグラスを片手に少し浮かれた様子でいくつかのグループを作っている。


僕がアナベル嬢の手を取って入場すると、ざわめきが一瞬大きくなった。

やはり卒業したとはいえアナベル嬢の存在感は大きいのだと感じ入る。

頬を染めてこちらを見つめる者も少なくない。


ファーストダンスを踊った後はお互いパートナーを替えてダンスを楽しんだり、用意された軽食や飲み物を口にしたり、知り合いと会話を交わしているとあっという間に時間が過ぎていった。


一時はどうなることかと思ったが、無事パートナーを伴って参加することもできたし、思ったよりも楽しい時間を過ごす事ができている。

アナベル嬢には感謝しかない。


お開きの時間となり、再びローズ様の邸へアナベル嬢を送り届けたところで、アナベル嬢が僕の腕を軽く掴んだ。


「アルフレッド様、もう少しだけお時間いただいてもよろしいかしら。ぜひお祖母様に紹介させていただきたいの。」


「もちろんです。ですが、このような時間に大丈夫でしょうか。僕としては日を改めても…」


「いいえ、できれば今日がいいのです。お祖母様にはプロムに向かう前にお話ししてありますから。」


僕が言い終わるより先に言葉を被せてくるアナベル嬢は少々切羽詰まった様子で、気押されて頷くしかなくなってしまう。

応接室に通されると程なくローズ様がいらっしゃった。


「こんな時間にお引き留めしてごめんなさいね。」


そう言って微笑むローズ様は60も過ぎるだろうにお年を感じさせない凛とした佇まいで、銀色の混じった白髪を後ろで一つにまとめ煉瓦色の上品なドレスを召されていた。

顔立ちはアナベル嬢によく似ており、若い頃は大層美しかったに違いない。


「こちらこそ、このような夜分に伺う無作法をお許しください。本日はアナベル嬢に大変助けていただきましたもので、ローズ様にもお礼を申し上げたく…」


「そのように堅苦しい挨拶はおよしになって。アナはとても楽しみにしておりましたのよ。私の方こそお礼を申し上げなくてはならないわ。」


「勿体なきお言葉ありがとう存じます。」


「アルフレッド様は真面目な御仁でいらっしゃるのねぇ。今日はわたくし、チェリーパイを焼きましたの。よろしかったら一切れ召し上がっていただけないかしら?」


突然の提案に思わず目を見張る。

この時間に?チェリーパイ?なぜ急にそんな話に?

しかしここで断るという選択肢はない。

ローズ様もわかっての提案であろう。


「光栄です。御相伴にあずからせていただきます。」


僕の返事を聞いたローズ様が呼び鈴を一つ鳴らすと、示し合わせたかのようにメイドがお茶のセットを応接室に運び入れた。

ワゴンの上には白磁に花を散らしたティーセットと美しいルビー色を断面に覗かせたパイが載せられている。


「チェリーはこの邸の庭で採れたものをジャムにして保存しておりますのよ。お口にあうと良いのですけれど。」


ローズ様が自ずからパイをサーブしてテーブルに並べていく間、アナベル嬢は感情の読めない微笑みを浮かべじっと僕に目を向けていた。


「さあ、どうぞ召し上がれ。」


「いただきます。」


ほんの少し居心地の悪さを感じながらパイにフォークを刺すと、サクッという軽やかな音と共に薄く何層にも重ねられたパイの生地が軽やかに崩れ、中のチェリーが溢れ出した。

焼かれてからあまり時間がたっていないのだろうか、バターの香りが鼻をくすぐり、満腹だったにも関わらず胃が受け入れる準備をしたのがわかる。


ほんの一口、口に入れた瞬間に酸味も甘味も一際強いチェリーのフィリングと香ばしく歯触りの良いパイ生地がなんとも言えない絶妙なバランスで嗅覚も聴覚も味覚も触覚も、五感の全てを刺激してくる。


「…っ。」


美味しいです、とたったそれだけの言葉を発することもできず、どういう訳か溢れてきたのは涙だった。

自分自身を冷静に見ている自分もいるのに、苦しみ、悲しみ、喜び、怒り、様々な感情が僕の頭を殴るように現れては消え、手に負えない何かに翻弄されて自由が効かない。

ただただとめどなく涙が溢れ、過去の出来事が絵画となって僕を取り囲むようにぐるぐると回っている。

呼吸の仕方を忘れたようにはくはくと口を開け空気を取り込む。

苦しい、苦しい、苦しい、苦しい。


アナベル嬢といいローズ様といいなんなのだ。

僕をどうしたいというのか。

行き場のない怒りが目の前に弾けたと思った瞬間僕は意識を失った。



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