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翌日、朝早い時間にアナベル嬢から今日はこちらに伺えない事と、それに対する丁寧な謝罪の手紙と共に昨日のお礼にとお菓子の詰め合わせが届いた。
「残念だなー。」
デュランは早速もらったお菓子に手を伸ばしながら僕の方をチラッと見た。
「いや、ダンスも衣装も昨日粗方目処がついたし大丈夫だ。昨日来てもらえただけでもありがたい。」
僕が軽く目頭を揉みながら答えるとそれをめざとく見咎めたマリーが暖かいタオルを差し出してくる。
「坊ちゃん、寝不足ですか?」
「ありがとう。昨日遅くまで本を読んでしまって。」
タオルを受け取って目の上に乗せるとじんわりした暖かさが広がりとても気持ちがいい。
昨日の夜本を読んでいたというのは嘘だ。
ベッドに入り目を閉じるとアナベル嬢のピアノの音とともに色鮮やかな風景が蘇ってきてしまい眠れなくなったのだ。
その風景は僕の捨てたはずの欲求を拾い上げてしまい、僕はキャンバスに向かって筆を動かしたくて仕方がなくなった。
もう絵は描かないと決めているのに、その欲望はまるで麻薬に侵されたかのように僕を蝕んでくる。
それに耐えるために体を丸く縮こませ、膝を抱えて朝まで眠ることも出来ず、布団の中で小さくなっていたのだ。
朝陽の光を浴びると少し気持ちが落ち着いてようやっと力を抜くことができた。
キツく手を握りしめていたのか手のひらには爪の跡が残ってしまっている。
アナベル嬢のピアノは僕にとっては毒だ。
もう2度と耳にすることがないように気をつけなくては、そんなことを考えながら僕もクッキーを一つ摘んだ。
「今日は少し身体を動かしたいな。デュラン、付き合ってもらえるか?」
「はいよー。ダンスでもする?」
「バカ言うな。」
僕はマリーにタオルを返してから立ち上がり、腕を伸ばしてまだ強張っている身体に血を巡らせた。
アナベル嬢が来られないということで今日は丸1日時間がある。
折角なので少し遠乗りをするのもいいかと、馬で王家の森の奥にある湖まで行くことにした。
王家の森は王都の外れにありここから馬車で3時間ほど、馬ならば2時間程度で行くことができる。
森の中には離宮があり、何代か前の王妃様が余生を過ごしていらっしゃったとのことだ。
今では7月から9月の間だけ解放されており一般の者も訪れることができる。
森は明るく道も整備されており、花が咲いていたりリスやウサギをみることもできるので夏の行楽地として人気のスポットになっている。
もう9月も半ばになるのでさほど混んではいないだろう。
奥の湖はブルームーンストーンのような神秘的な色をしており、周りを取り囲む白樺の幹の白さとの対比が大変美しいと評判の場所だ。
僕とデュランは休む事なく馬を駆けさせ湖へと向かった。
森の途中にある広場にはそれなりにに人がいて、家族連れなどがピクニックを楽しんでいたが、奥の湖までくるとほとんど誰もおらず、数組のカップルが肩を寄せ合っているくらいだった。
去年の夏にマリーとデュランと共にこの湖を訪れ弁当を広げたのを懐かしく思い出す。
その時は僕が荷物を持ち、デュランがマリーと二人乗りをしてここまで来たのだが、馬に揺られた弁当がすっかり崩れてしまっており、2人に責められて肩身の狭い思いをしたものだ。
楽しい思い出ではあるが、と湖に目を向けながら首を傾げる。
去年のこの湖はこんなにも鮮やかな色をしていただろうか。
去年も美しいとは思っていたが、今年は余計に胸に迫る景色に感じられる。
しばらく湖に見入っていると、デュランが僕の肩を叩いた。
「ちょっと剣でも振るか?」
「ああ。」
僕とデュランは人のいないスペースで向かい合って手合わせを始めた。
軽く打ち合いながら距離を取り、相手の突きをを避けて下から振り上げる。背を逸らして交わしたデュランがそのまま大きく薙ぎ払い、それをバックステップでかわしてまた剣を合わせる。
やり始めるとついついのめり込んで剣も鋭くなっていく。
しばらくするとすっかり息も上がり僕もデュランも汗だくで地面に座り込んだ。
「また腕を上げたな。」
「アルこそ。いつの間にそんな技覚えたんだよ。」
「この間騎士団の訓練に参加する機会があって教わったんだ。」
「ずりー!」
会話しながら息を整えようとしてもなかなかおさまらず、僕もデュランも地面に仰向けに寝転がる。
湖の上の空は開けていて鱗雲がうっすらと覆っている。
やはり今日は全てが鮮やかに見えている。
恋愛が迷子です。誰か探して…




