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「シェリー、今日は疲れてしまったからもう休むわね。ダンスも問題なさそうだし、私、少し用事が出来てしまったから明日のお約束はお断りしてもらってもいいかしら?」
「アナ様、かしこまりました。ご用事とは?」
「おばあさまのところに行くわ。」
「さようでございますか。ではそのようにご準備させていただきます。」
寝る前の支度を済ませてからシェリーにそう告げると、シェリーは表情を変えることもなく頷き部屋を後にした。
もう少し驚かれるかも知れないと思ったけれど、シェリーも予想していたのかもしれない。
私はベッドの脇にあるオルゴールを手でなぞり蓋を開いた。
白いドレスを着た子猫がクルクル回りながらオルゴールは音を奏でる。
少し耳に刺さるような高い音を聞きながら目を閉じると、アルフレッド様の瞳が瞼の裏に浮かび上がる。
あの時、確かにアルフレッド様の明るいグリーンの瞳の奥には赤いオーロラのような光が浮かんでいた。
「やっぱりアルフレッド様も祝福を身に受けているのね…それなのになぜ…」
私は目を閉じたまま小さく呟いた。
アルフレッド様が学園に入学してきたのは私が2回生の時だった。
アルフレッド様はその麗しいお顔立ちと公爵家嫡男という身分で入学当初から話題の的で、私の周りの友人達も皆アルフレッド様の一挙手一投足に注目して話題にしていた。
そんな友人達を横目に私は変わらぬ日々を送っていたのだが、ある日シェリーと出かける際にキースの家に立ち寄った時に私はキースの家の玄関でアルフレッド様の描いた絵を見たのだ。
それはキースの母親マリーを描いた物で、アルフレッド様がまだ幼い頃に描いたものなのか、まだ辿々しく線も歪で画用紙からはみ出してしまっているような物だった。
しかしその絵は生命力に満ち溢れており、まるで宝石で描いたかのように鮮やかな色彩に輝いていた。
その絵を見た途端私の頭の中には軽やかで楽しげなピアノの音色が響だし、マリーの顔が優しく微笑んだ。
そのような経験をしたのはその時が2度目だった。
1度目は、その絵を見る5年ほど前の展覧会の時だ。
お父様に連れられて行った展覧会で見たその絵には入賞の赤いリボンが飾られており人々の目を集めていた。
色とりどりの花が咲き乱れた庭に青い蝶が舞ってるその絵を見た私は一気に絵の中へと引き摺り込まれた。
頭の中にはオーケストラの壮大な音楽が鳴り響き、色とりどりの花が風に揺れる中私は佇んでいた。
青い蝶は私の周りをひらひらと舞った後に髪に止まり、柔らかな日差しが頬を照らした。
まるで現実の物のように匂いや感触を伴って私を捉えたその絵をどうしても欲しくてたまらなくなり、お父様にお願いして方々手を尽くしてもらったが得ることは叶わなかった。
身分により忖度されるのを防ぐために展示は匿名で行われており、作者もわからないまま私は諦めるしかなくなってしまった。
キースの家でマリーの絵を見た瞬間、私はあの展覧会の絵もアルフレッド様が描いたものではないかと考えた。展覧会の絵は拙いマリーの絵に比べるとずっと洗練されており技巧も凝らされていて、タッチも全く違う物ではあったが、私はほとんど確信していたのだ。
そして5年前には気が付かなかったが、マリーの絵からは女神の祝福の気配を感じた。
その後、もう一度アルフレッド様の絵を見たい一心で私はファンクラブにも入会して、アルフレッド様の動向をこっそりと見張った。
しかしアルフレッド様が絵を描いている気配はなく、それどころか芸術全般から距離を置いているような態度だった。
家でこっそり描いているのか、事情があってかけていないのかはわからない。
事情があるのなら知りたいと思うが、直接聞くわけにも行かず、もどかしい気持ちのまま私は卒業を迎えた。
家同士がもう少し近しかったり、私が社交的で顔が広ければどうにかなったかも知らないが、現状では、どうしようもなかった。
しかし今日私はアルフレッド様の瞳の中に確かに女神の祝福を見つけた。
あのオーロラの光は祝福を受けたものにしか現れない。
私も4歳の頃に女神の祝福を受けている。
世間には内緒にしているが、我がジェンダー家では数代に1人女神の祝福を受けた女の子が生まれるので、さほど特別扱いをされることもない。
私のお祖母様も祝福を受けており、私は祝福についてお祖母様に学んできた。
女神の祝福は、世界を守る女神に祈りを捧げるための力。
その力に抗うことはできないはず。
それなのにアルフレッド様は祝福を抑圧しているように見えた。
このままではよくないことが起きてしまう。
早くお祖母様に相談しなくては。
私は目を開けてオルゴールの蓋を閉じた。




