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「アナベル嬢、今日はわざわざ御足労いただきありがとうございます。」


「こちらこそ。あまり時間を作ることができなくて…こちらの都合に合わせていただいてすみません」


応接室に入ってきたアナベル嬢に頭を下げるとアナベル嬢は申し訳なさそうに微笑んだ。

今日と明日は衣装合わせの相談とダンスの練習をする為にアナベル嬢が時間を作ってくれた。


本来ならば僕がジェンダー公爵家に伺うべきところなのだが、デュランがシェリル嬢に聞いた話によると、アナベル嬢の兄上であるヒューランド殿が大変な心配症で、男性が家に来るとなると大事になってしまうから我が家に来たいとのことだった。

出かけるのもヒューランド殿が遠方に仕事があり不在の時でなくては難しいのだとか。


今回ヒューランド殿が3日ほど隣国の会議に出席していて不在とのことで、今日と明日はダンスの練習と親睦を深める目的でアナベル嬢が我が家に来てくれることになったのだ。

プロムはぶっつけ本番になるかもしれないと思っていたので、正直ありがたい。


「どうなさいましたか?」


「い、いえ。ボーデン公爵家にお伺いしたのは初めてでしたので、興味深くてつい…不躾に失礼いたしました。」


キョロキョロと物珍しそうに目を動かすアナベル嬢に声をかけると、アナベル嬢は白い頬を染めて恥ずかしそうに俯いた。


「よろしければ屋敷をご案内しましょうか。

とはいえ特にこれといった物はないのですが、庭は母の趣味で力を入れておりますのでそれなりに綺麗ですよ。」


「まあ!ぜひお庭を拝見させて頂きたいわ!」


「それでは。」


僕がよそ行きの笑みを浮かべて腕を差し出すと、アナベル嬢はその腕にそっと手を添えた。

メイドに庭のガゼボにお茶の準備をするように告げながら、ゆっくりと歩を進める。


庭に出るともう夏も終わりだと言うのに、まだ日差しは強く空気も生温い。

アナベル嬢に日傘を差し掛けながらゆっくりと庭の小道を進むと、両脇に赤や黄や橙と、色とりどりのダリアが咲いていて、風が吹くと金木犀の木が揺れて甘い香りを漂わせる。


「春すぎならば薔薇が見頃なのですが。」


「ダリアもとても可愛らしいですわ。

お花が大きくて、まんまるで、色も鮮やかで。

でもボーデン公爵家のローズガーデンは有名ですものね。

一度でいいから見てみたいと思っておりましたので、季節ではなくて残念です。」


「今度はぜひ。5月半ばくらいからひと月ほどが綺麗ですよ。」


「まあ、嬉しい!そのお約束、忘れないでくださいませね?」


アナベル嬢はコロコロと笑った後に僕の腕に添えた手に少し力を入れて身を乗り出した。


「アルフレッド様!あそこご覧になって!青いアゲハ蝶がいるわ!」


アナベル嬢が指差した方向を見ると瑠璃色のアゲハ蝶が2頭円を描くようにひらひらと舞っていた。


「青いアゲハ蝶は珍しいのに2匹も!なんて幻想的なのかしら…」


アナベル嬢は両手を口元に当ててうっとりと蝶を眺めている。


「本当ですね。僕も見たのは久しぶりです。ずっと前に一度、やはりこの庭で飛んでいるのを見ました。その時は一頭だけでしたが…」


「ええ。青いアゲハ蝶は幸運のシンボルで見た人は幸せになれるそうですわよ。」


「そうなのですか。それは将来どんな良い事があるか楽しみですね。」


しばし見入っていると、明るい瑠璃色に黒い筋の入った羽を優雅に羽ばたかせてくるくると絡み合いながら2頭の蝶は木の影へと隠れていった。


「お疲れになられたのではないですか?ガゼボにお茶の用意をさせていますから少し休憩いたしましょう。」


「まあ、ありがとうございます。」


アナベル嬢は再び僕の腕に手を添えて柔らかく微笑んだ。


ガゼボに着くとすぐメイドがお茶を入れ、軽食とお菓子の乗った皿がセッティングされた。

今日も当然のようにデュランとシェリル嬢は席についている。

庭の散策の時は「お二人で」と送り出されたが休んでいたかっただけなのではないだろうかと思う。


結構歩いたし気温も高いからか、アナベル嬢はなかなかのペースでお茶を飲み干し、はにかみながら首を傾げて「はしたなかったかしら?」とシェリル嬢に尋ねている。


「そういえばアルフレッド様は蝶を2頭と数えてらっしゃいましたわよね。2匹ではないのですか?」


「蝶は頭で数える物だと教わっております。一般では1匹2匹と数える人の方が多いので、どちらでも構わないかと。」


「まあ!私ったら不勉強でお恥ずかしいわ!でも1頭2頭と聞くと大きな獣みたいですわね。あんなに綺麗で可憐なのに。」


アナベル嬢は目を丸くして頬に手を添えた。

クールビューティと評判のアナベル嬢だが、天真爛漫な性格ゆえか表情がころころ変わり年よりも幼く感じられる。

僕もそうだが、社交に積極的に参加しないことで評判がひとり歩きして実際とかけ離れた人物像を語られることはよくある。


目が合うたびににっこりと微笑みかけてくるアナベル嬢はクールとは程遠く、親しみやすい。

家格も同等で気が楽だし、彼女との会話も楽しく、彼女さえ良ければ今後も友人として交流を続けていきたいと思うほどだ。

良い縁を繋いでくれたデュランには感謝しなくては。



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