決着の時2
顔を洗い、冷蔵庫からビールを取り出す。
そういえば必ずグラスも用意してくれていた彼女。
洗い物が増えるのに……なんて気を回して断るとムスッとされたっけな。
それから俺は必ず缶からグラスに移し替えて飲んでいた。
彼女の意のままに。
缶から飲むとじゃぁ味が違うなんて言ってたけれど、俺は缶から飲むのが好きかもな〜。
俺は台所から、シャノを観察しつつ缶のままくぴくぴっとビールを喉に通す。
すると徐にシャノがソファーに登ってきて、さっき放り投げた俺のスマホを踏みつけた。
「……」
そしてスッとその上に座ったと思ったら尻尾の位置が決まらないらしい。
身体を回して、いい位置を発見したのか……パタリパタリと仕舞われてく足。
くるりと自分の身体を尻尾で巻いて、出来上がり。
俺のスマホはシャノの下からちょっぴりはみ出ている訳だ。
「……スマホが見当たらない時はシャノも捲る、とな」
俺は買ってから随分と経ったスマホを特に大事にしていない。
小傷を付けて大騒ぎしてたあの頃……。
時が立てば、価値も変わっていく。
愛の存在も、いつの間にか変わっちまったんだわな。
いや、どちらかと言うと捨てられたのって俺だから、愛にとっての俺の価値が変わったんじゃね?
「去る者を追わない性格なんだよな……んで、来る猫は拒めずってか?」
俺はシャノに話しかけている。
シャノは何となく、完全な独り言と自分に言われている事の判別が出来ている気がするんだよ。
だって目が合うもんな。
「……シャノちゃん」
収めた尻尾をパタパタとして、またヒュルリ。
引きつけられる磁石のように身体へ戻って行った。
「邪魔したな……」
「……」
「……」
「…………スマホ鳴ってね?」
シャノが一緒に振動する筈もないが、若干の音が聞こえる。
パッと、台所から周りシャノの下からスマホを取ると……もう振動は収まっていた。
不在着信……。
「……」
「…………」
「………………あ、もしもし?」
『友隆、久しぶり……』
「……」
『もしもし?友隆?』
「……」
『あれ?聞こえてないかな、もしもーし』
「……聞こえてる」
『あ、大丈夫?』
「……お前、久しぶりの前にさ……」
俺は俺で言葉が出てこなかったが他に言う事あんだろって、腹が立った。
聞き慣れた愛の声。その声に安心する訳でもなく、何だか無性に腹が立ったんだ。
そう、腹が立ったよ。
気付けば無意識に折り返してしまったこの電話。
心の準備もなにも意味なかったな。
『…………ごめん』
「何が?」
『突然、家出てって……』
「…………手紙置いてったじゃん」
『うん、まぁ……そうなんだけど……』
「……」
『……』
「何の用?」
『……えーと、ごめん友隆』
「何がだよ」
『シャノちゃん……元気?』
俺はこの言葉に胸がズキッと痛むのを確かに感じた。
「……そうだな」
『ごめんね、トモ、猫好きじゃないのに……」
「……」
『本当に、ごめん……大変、だったよね』
「うん……まぁ、大変、だった」
『ごめん、ごめんね』
「……」
『あのさ、もう、迷惑かけないから』
「……」
『シャノちゃん、迎えに行くよ』
「……」
『今まで、本当にごめんね……トモの事も嫌いになった訳じゃなくて……』
「……そうか」
心底どうでもいい話……別に別れた弁明なんて聞きたくねぇよ。
『あたしがさ、なんか……ホント、ダメで、ダメで……』
「猫置いていくのは最悪最低だったな」
『……』
「……」
『…………ごめんなさい』
謝られたって困る。困るんだよ……。俺も言葉が紡げない。声を聞いたら揺らいでる。
だって、シャノはきっと……愛が好きだっただろうよ。
シャノに愛の声を聴かせたら……なんか、喜んじゃいそうじゃん。
「シャノ……」
『え?』
俺はスマホをシャノの耳元に持って行ってやる。
『ーーーーーー』
「……」
『ーーもしもし?』
シャノは瞑っていた目をうっすら開けたが、何の反応もしなかった。
「シャノは元気だってよ」
『……?そっか、うん、良かった』
「うん……」
『でさ、シャノちゃん。ちゃんと、引き取るから』
「…………ん」
『いつなら平気かな?』
「……いや、」
『これ以上迷惑かけられないよね、なるべく早く引き取るから』
「…………」
『ごめんね、怒ってるよね、ホント……』
「いや、怒ってない、……訳じゃないけど」
『ごめんね、シャノちゃんに掛かったお金とかも、返すから』
掛かったお金って何だよ?餌代とか?そういうやつ?そういや一回病院連れてったけど……あれは俺の責任……。
そんな事考えてもいなかったよ。
「……あのさ、愛」
『何?』
「シャノは、お金は、別にいいんだよ」
『そういう訳には……仕事大変なのにお世話する時間もさ、きっと、トモはちゃんとしてくれてたでしょ……』
「うん、それは、一応」
『置いてっただけでも酷いのに、それは精算させて欲しいの……』
なんだコイツ。恋人でなけりゃそういう謝礼は払うべきって考えがあるんだな。
「なんか、マトモな事言うのな……」
『ごめんなさい』
「シャノ置いてったくせに」
『……本当に、ごめんなさい』
「……」
ダメだ、こんな風に愛を責めてどうするんだよ。責めて奪う様なつもりじゃない。
でも、やっぱり……何を言ったって、シャノは愛の猫だと思う。
短い間世話してたぐらいで、俺の猫……俺の家族……俺の家族だって言えるのか?
『友隆?』
「うん、ちょっと……話し合おうよ」
『そうだね、トモに合わせるから……週末なら平気?』
「うん、今週末でも構わないか?」
『シフト、調整して貰うね。どうしても無理って言われたら、直ぐに連絡するから』
「コンビニだっけ」
『え?何で知ってるの?』
「……無理しなくていいから、迷惑掛けたら居辛くなるだろ」
『うん、ありがとう……でも聞いてみるからさ』
「平日のが都合いいんだろ」
『……ホント、優しいね、友隆は』
「……」
『椚先輩から聞いちゃった?』
「ん、コンビニで働き始めたって事は……」
『それだけ?』
「なんだよ、そうだよ……」
『そっか……』
「まぁ、取り敢えずそっちの予定送っといて」
『送れるようにしといて……ね』
「そりゃこっちのセリフ」
『ごめんなさい、ホント……』
「別に、連絡してないから」
『そうだよね、友隆スパッとしてるもんね』
「……どうだかな」
『ごめんね、また、連絡するよ』
「おう、じゃあな」
『……』
「……」
『また、ね』
俺は愛の言葉を聴いて、通話ボタンを切った。
「…………」
「シャノ、どうしよっか?愛が迎えに来るってよ……」




