[番外編]友隆と椚は三枝と飲む
「はー……もう、何なのお前らぁ〜!!」
三枝がベロベロだ。
ぐっちゃりと、頭をテーブルに付けたかと思えば……パッと起き上がりこちらを睨んでくる。
そして、ちびっちびっと汗をかいたグラスのレモンハイを飲むのだ。
「三枝、水貰おうか?」
「……俺が酔っ払ってるって?!」
「お前、ボクちゃんだろ、酔っ払ってるぞ」
「……俺って言うのは下品でした、僕は酔ってません」
「そうか、今のうちに水飲んどけよ……」
「だからぁ!!酔ってっませんってっ!!」
俺と椚先輩は目を合わせて、どちらがこいつの始末をするのかと青ざめていた。
三枝は酔っ払ってる。人間要素を残しているが喋るチンパンジーだとこの時俺らは思ったさ。
まぁ、緑町さんの一件もあって色々感じる事があったんだろう。
そもそも誘って来たのはこいつだからな。
俺も椚先輩も、その誘いがあまりに意外すぎて断れなかったんだ。
なんと一週間も前に誘いを入れてくる常識人ぷり。
俺や椚先輩が飲みに行きたいなんて時は、当日や、直近の週末ぐらいだ。
飲みたい気持ちというのはそういうものだろう。
今飲みたい、すぐ飲みたい。
すぐに解消したい気持ちの悪いモヤモヤ感。
こいつは一週間耐えての今日なのだ。
その頃にはもう、その気持ちが収まってるだろう。そういった関係性なんだから。
こいつはど言う気持ちで一週間過ごしたのだろうか。
「……」
「……」
「……なんかぁ、喋る事、ないんすかぁ??」
「……うん、椚先輩?」
「俺トイレ行って来ていい?」
「……」
「……そろそろ帰るか?」
「まぁだ!!飲み始めたばっっっかでしょ?!」
何を思ったのか三枝は、残ったレモンハイを一気に飲み干して、ターンとテーブルにグラスを叩きつけたのだ。
「……まぁ、そう言う時もあるよな」
俺はその様子を何とも言えない気持ちで観察していた。
椚先輩は謎のジェスチャーを繰り返し、席を離れていくが……まぁ察する訳で。
「三枝、追加頼んどくな、今日は飲めよ」
「……あぃ、飲みますよ、飲みますよ〜!!」
椚先輩のジェスチャーは、飲むそぶり。
くるくると指を回してばつ印。
また飲むそぶりをして驚くように手を広げて……。
うん、多分外で待ち構えていて頼んだものをノンアルに変更するよう店員の方に伝えてくれるはず。
トイレなんてあの人、そうは行かないからな。
行く時はだいたいメールチェックだ。
椚先輩も酒癖は悪いが……相手によりけりで精神で自制できる程度。
まぁ、弱い方ではないって事だ。
ただ男同士だと、時間が経つにつれ激烈に悪癖を露わにしたりもする。
俺は三枝にも注意を払いつつ、椚先輩のコントロールもしないと……マジでやばい。
今はまともな先輩だが豹変すると俺も手をつけられないからな。
先の事を考えながら俺は三枝の様子を伺う。
はぁ、とため息を吐いたり……スマホを触ってみたり……ないグラスを傾けてみたり……。
「三枝は、緑町さんが好きなの?」
「はぁ?!」
見開いた目で驚きの表情だ。
そうかぁ……コミュ症でそう見えるって訳じゃないんだろうな。
「いや、緑町さんに随分気をかけるからさ」
「……富海は鋭いね」
いやいや、あんたら見たまんまだから。
どんだけ緑町さんモテてんだよ。
チャラ男椚に、コミュ症三枝って……
「凄いもんだね」
「……なにがぁ?」
あ、緑町さんへの感想が漏れてたわ。
「いや、三枝は凄いなって……」
「だから!なにがぁって!!」
「お待たせしましたー!!」
ここで飲み物が運ばれて来た。ナイスタイミング。
レモンハイと、ビール。
「はい、三枝、レモンハイな」
「……俺も次はビールが飲みたかった」
「じゃぁ、次の次で……」
「その椚先輩のビールを俺が貰う!」
「いいから、飲めって」
パッと椚先輩が戻って来て、二杯あったビールを取り上げた。
俺も自分のビールを確保してレモンハイと思しきものを三枝に勧める。
「……ちぇ、次はちゃんと聞いてよね」
「うん、分かったよ」
グイッといく三枝の様子をハラハラしながら見ているが……
「ーーっは、おいし!!」
チラリと椚先輩を見るが知らん顔だ。
まぁ、美味しいと言うのだから……だいぶ水なんだろうな。
若干肩を震わせている椚先輩を見て間違いなく水……レモン果汁でも入っているのだろうか。
気付かない三枝を笑っているようだった。
**********
「俺みたいなインキャがさー!飴玉ひと粒で喜ばれる訳ねぇだろ!」
「いや、一粒じゃなくて、一袋……」
「友隆、三枝が言ってるのはそこじゃないだろ」
「富海君そういうと!こ!あるよねぇ〜」
「なんだよ……俺は別にボケてる訳じゃないぞ。事実と違う事を訂正してるだけだって」
「ん、まぁ……友隆の飴玉戦法は結構効くって。俺もたまにな〜」
ニヤニヤとしながら椚先輩が俺を見てくる。
腹立つなぁ……この人。
「そ、れ、は!!てめーらの、顔がイイからだよ!だからばーさんたちもでれでれでれでれ……」
「ふはは……おまえ、面白いやつだったんだな」
三枝のよく分からない反論に椚先輩が笑い出す。
若干椚先輩も酔い始めたようだ。
「何だよ、顔がイイって。気遣いが大事って話だから……」
「俺は陽の者だが、友隆も結構、陰の者だぞ!」
そこに反応するか?という椚先輩だ……が、俺もこの言葉には納得だ。
「あー、俺は間違いなく陰の者だわー」
猫いじって楽しいし。ボッチのほうが気が楽だし。進んで他人とつるみたいとは思わないからな。
「……てゆーか、二人はなんなの?」
「なんなのって何だよ……意味わかんねーよ」
「富海君は同期なのに、椚先輩と同じような仕事してるじゃん……普段仲悪いのに二人で飲みに行ってるんでしょ……」
「俺ら別に付き合ってないわよ、誤解だわ」
「キッショ……何言ってんすか」
椚先輩から飛んでくる手。
俺の頭を叩いて、即座にグラスを持ち何事もなかった振りだ。
俺はこの酔っ払いの腹にすかさずパンチを入れる。
若干グッと堪えた後……これ以上の報復を恐れたのだろう。三枝の方に向き直った。
「真の陰キャにはわかんねーんだな、別に俺ら仲悪くねーよ」
「……へーそういうフリなんだ?」
いつの間にかタメ口の三枝にハラハラ……人の事は言えない俺だが椚先輩と関係性の違うコイツの言葉遣いには心配も及ぶ訳で。
「ーーお互いに言いたい事言ってるだけだぞ」
セーフ。まぁ、飲みの席だしね。
さすが椚先輩だ。
「……へー」
「気を遣うイイ奴よりも、気を遣わない嫌な奴のが、つるみやすいんだよ、俺らはな!」
「えー……ん〜まぁ、そうね……たまに?」
「よくわかりません、悪人とはお付き合いしたくないよぉ!」
「ばーか、嫌な奴と悪人はちがうぞ。」
「俺らはある程度、自分を嫌な奴だと自認してるよな、トモ」
にこやかな椚先輩の何とも言えない振りが俺を困らせる。
「嫌っていうか、ダメっていうか……あー俺はダメな奴だとは……よく思う、かな?」
「自認するのは大事だぞ、他人はボクちゃんの事イイ奴だと思ってるかもしれねぇけど」
「おれ……僕は別に……イイ奴だって思われたくて普段……反論してる訳じゃないし」
そうだな、椚先輩先輩のおちゃらけを静止するのは緑町さんか三枝だけだ。
ま、それはイイ奴って言うより真面目だって認識だろうけど。
「評価はいつも他人様が下すけど、お前自身はダメな奴だって自認してねーとな」
あ、やっぱりこの人酔ってるわ。椚節がウゼーもん。
「自己評価が低い方がイイって事ですか?」
「お前どっかで、俺のせいじゃない。やることやってんのに理不尽だって思ってんだろ」
「……」
これは……なかなか切れ味鋭いナイフでグサリだな。酔ってなけりゃもっと言いようも違うだろうに……。
「……それは、俺のせいじゃないし、俺は……やってる、つもりだけど……力及ばない事も……」
力及ばないってのは緑町さんの事だろうな。普段はあんだけの物言いを先輩にするんだ。
そりゃ自信がなければそうは言えないよな。
「この自認は、悪い方向へかけ離れているほどいいぞ!いい人だって言われるのに、自分は自分のことダメな奴だと思う事だ」
椚先輩は完全に三枝の反論は受け流してる。というか余り相手にしてやってない感じで。
「……よくわかんない」
「だからこその評価なんだよ。むずかしいよなぁ、ボクちゃんには」
三枝はムッとしたまま押し黙った。けれども聞く気はあるらしい。
「例えば、課長は自分のこと完璧に仕事が出来るとおもってるだろ?」
三枝はこくりと頷く。
「でも周囲からは、こんな仕事できない奴が上司で最悪!これが実際の評価だ」
「じゃぁ椚先輩は課長と同じじゃないですか」
「ええーまじでぇ?おい、友隆なんとか言えよ」
噛み合ってるようで噛み合ってない。ま、三枝だかはな。その辺の素直な後輩とは違うよね。
「あー……」
「ねぇ、富海もそう思うでしょ?」
「擁護したくねぇわ、あー……でもなーそれは違うんだよ」
「……何がだよ、僕が分かるように言えって」
「あーなんか、どう?これ言うのよくなくない?」
俺は椚先輩の顔を見て確認をする。クピクピと酒を煽って知らん顔だ。
「だか、ら!なにが!」
三枝は気になって仕方のない様子だ。
「打ちのめされたりしない?」
「何を打ちのめすんだよ、お前は……」
「だから何だってんだよぉ〜!」
「コイツいっっつもプラプラプラプラしてるでしょ?」
俺のコイツ呼びが気に入ったのか、コクコク頷き輝く目を向けてくる三枝。
「……仕事がないんだよ」
「は?」
「終わってる、ないし終わる予定でプラプラしてんの。コイツの仕事押し付けられたって人は聞いた事ないでしょ?」
「じゃぁ他の仕事を見つけたら……」
「そんな次元じゃないって。周りの人が何も言わないのも、手伝ってるからなんだよ」
「……」
「もとの業務量も俺らの二倍はあるんじゃないかな」
二倍はちょっと誇張してるけど。イマイチ三枝は椚先輩の実力を知らずに楯突いてるところあるからな。
この辺は理解しないと、周りから滑稽に見えちまう。
だから絶句している様子の三枝に追い討ちを俺はかけざるを得ない。
「こいつは、それを終わらせてかつ、他人を手伝う余力があるってこと 」
「…………どうやって」
ポツリと三枝は呟いた。その言葉に知らん顔をしながら自分の『評価』を聞いていた椚先輩が答える。
「寝技だ寝技!専門は専門に、それでより早く仕事がまわる!」
俺は若干この返答に頭が痛くなった。
「その空いた時間で俺らの得意分野をこなすんだよ!
」
「椚先輩、昨今寝技と言うのは……」
「友隆、お前が飴玉配ってんのも寝技の一つだからな」
「……まぁ」
「他の課と連携して、ひとつのことが出来上がってんだ。快く引き受けて貰えるよう配慮は必要だぞ」
「そんなん賄賂……」
「金使って何かして貰うってのは良いことじゃない。ただそれを賄賂と取るか心遣いと取るかで、間違いなくトモのは心遣いなんだよ」
「……それは富海の容姿が」
「お前な、容姿容姿ってしょーもないぞ?あそこの課は応対が多くて喉を痛めてるって話を聞いての飴玉なんだよ」
「……」
「これを汲んで心遣いじゃなくてなんなんだよ」
「……」
「どこまで想って相手とコミュニケーション取るかって事だ」
「……」
「お前や緑ちゃんが仕事が遅いのはそのせいもあるんだぞ」
「……それは」
緑町さんが出て来て押し黙っていた三枝が言葉を発するが椚先輩は止まらない。
「お前ら変な気の遣い方するし、相手の事を汲みきれてないから無駄なやり取りも増えるって事だ」
「ま、あの課の処理に関しては、うちの会社のシステムが悪いとも思いますよ」
俺は思わず三枝に援護射撃をしてしまう。
俺も随分苦労した……というか、無駄な時間をどうにか出来ないかと考え抜いた結果の飴玉戦法だった訳で。
あそこのお姉様方に手早く仕事をして貰ってる人達は何かしらそう言う手法を取っていた。
専門的な分野なのに途中までは俺らがやらなきゃならない。不備があれば差し戻されて最悪一日潰れる。
餅は餅屋でお願い出来ればその方がいい。
何度も差し戻しの確認をするよりお互いにとって時短で効率が良いんだよな。
「元は俺らのせいで、あの課の人たちが残業させられてた時期があってさ……そん時は無賃だったとか……なんとかで」
「……うちの会社ブラックですか?」
「今は違うって!残業代が出るなら残業したいってその報復に意地悪されてるんだぞ」
「……なんでそんな事」
「色々歴史があって、遺恨があったりするな。そりゃ会社の問題だけど」
「……」
「寝……裏技ばっか使ったら不正に鈍感になるからな。やりすぎはよくねぇけど、お前はもうちょっと周りの実情を汲んだ方がいい」
「……よくわかんないです」
「うん、そうだな…………やっぱお前はそのまんまでいいかもな」
「いや、わかったっす」
「なんだよ、お前天邪鬼か?」
「……正しけりゃ良い訳じゃないって」
「ん?」
「いや、緑町さんがそんな事……言ってた気がする」
「おーそうか、緑ちゃんはイイ先輩だな」
「……」
「……」
「……なんか、何の話してましたっけ?」
「なんだよ、友隆酔ったのか?」
「いや、」
俺は椚先輩でなく三枝の方を見た。
三枝はどうやら力尽きたらしい。
さっきまでさ、目を見開いて椚先輩の話聞いてたくせに。
チェイサーを入れても酔いには勝てず。
三枝の知らない世界、知らなかった世界が目まぐるしく訪れてそれを知って。
きっと明日には忘れてるんだろーな。




